第74話 教国防衛戦6 聖三角形
教母の機体から飛び立った無数の自律機動攻撃端末群“TORIKETORA”、三角形のパーツが機体から分離、変形して機体の周囲を浮揚、鋭角の先端からブレードを延伸、更には機体に荷電粒子を纏い、ベン・ブルベンに刃を向け渦巻く様にフォモールの周囲に螺旋を描いて浮揚し襲い掛かった。
襲われるルーク種は斧槍を、装甲に覆われた左腕を、背の副腕を振り回し、教母専用SF“殉教者”の自律機動攻撃端末を破壊せんとする。しかし、無数の“聖三角形”は機敏にフォモールの攻撃を交い潜り、ベン・ブルベンに隙を見付ると機体を回転させて斬りつけて抜けて行き、またルーク種の周囲を飛び回るその繰り返しだ。数分後、ベン・ブルベンをなぶり続けていた“聖三角形”が唐突に“殉教者”の周囲に戻り機体に再接続されていく。ブレードを延伸したまま接続されている為、元の姿とは機影が変わっている。
「相性というものも有るのでしょうが、そのまま終わるのですか? 少しはまともに遣り合ってあげましょう。余り意味はありませんが、偶には駆体の動作を見て置きませんとね」
肩の上の教母はそう言って、“殉教者”に再装着された“聖三角形”を腕部に付いている物以外を再分離させた。腕部のブレードに荷電粒子を纏わせ“殉教者”はベン・ブルベンに駆け出し、躍り掛かる。
ベン・ブルベンは“聖三角形”に切り刻まれて、副腕は寸断され、巨猪の四肢さえ既に揃っておらず、甲冑には幾筋もの溝を刻まれている。斧槍を頼りに立ったまま、咆哮と共に全身から白煙を上げ、傷ついた身体を急速に再生させ、白煙はそのままルーク種を薄く覆って行った。
「今更、本気ですか? それでは、試して差し上げます」
教母はベン・ブルベンに肉薄し、肩上の自らに遠慮せず“殉教者”に両腕を翻させた。教母の身体は宙に投げ出され、“殉教者”のブレードとベン・ブルベンの白煙に包まれた斧槍に挟まれ轢断され血煙と舞う。何もなかったように“殉教者”は斥力場を纏った“聖三角形”をルーク種の斧槍の斬線上に並べ、膂力に任せた攻撃を防御、その間に機体を逃れさせ、三機の“聖三角形”を連結し大きな回転刃を数機その場に形成、ルーク種へ連続発射した。
ベン・ブルベンは赤色の滲んだ白煙を纏った斧槍を体の前で手を触れずに地面と垂直に回転させ、“聖三角形”の大回転刃に備えた。高速に回転する物体同士がぶつかり合い、耳障りな騒音を立てる。連続した回転刃に斧槍の回転は鈍らされ、双方はあらぬ方向へと弾き飛ばされた。止まった回転を再度始めた回転刃は“殉教者”の元に飛んで戻り、その周囲に浮揚する。そして、連結を解き、フォモールの周囲を飛び回り始めた。
「「「あらあら、お勉強したのですね? 私、あなたに勝つわけにはいきませんの。ですから、死なない程度に軽くして艦の外に放り棄てて差し上げますわ」」」
“殉教者”と全ての“聖三角形”から、血煙と消えた筈の教母の声が聞こえ、ルーク種は猪を模した兜の奥、連結式双剣によって縦横に貫かれた顔面を歪ませた。
教母は“殉教者”のコクピット内に意識を移す。その空間に納まっているのは、脳と脊椎のみに構築した自分自身の複製体、脳と脊椎から延びる神経は機体の制御系と直結され、衝撃吸収剤を兼ねたゼリー状の培養液に満たされた培養槽に浮かんでいる。自律機動攻撃端末群“聖三角形”には、教母の精神をコピーした制御プログラムにより操作されている。スカウト・フレーム“殉教者”とは、道徳的にどうかと思われる技術を用いられた人型兵器だった。
“殉教者”に率いられた“聖三角形”は別個の意識を持ちながら一つの意思の下、完全に同期して、ベン・ブルベンへと連携攻撃を開始する。
ルーク種の斧槍は弾き飛ばされたまま、白煙を纏ったベン・ブルベンは五指を伸ばし、白煙を背の副腕の先の爪まで覆い固体化、自ら両手に握り締め引き千切ると両手に歪な短槍を手に入れる。残る副腕に背後を任せ、ルーク種は“殉教者”と“聖三角形”を向かえ撃った。
“殉教者”は脚部機動装輪を展開して踵が上がりハイヒール状の姿勢で腕部に残した“聖三角形”から伸ばした刃で猪のルーク種へと斬撃を見舞う。本体に続いて“聖三角形”が次々とベン・ブルベンを斬り裂いていく。ベン・ブルベンも両の短槍と副腕で迎撃し致命傷を避けてた。
「あら、何故、私には門に向けて放った攻撃をしないのかしらね? ……まあ、この辺りで一旦は終わりとしましょう。さあ、私達!」
“聖三角形”がルーク種の脇を走り抜けた“殉教者”の後を追い機体を取り巻き、強母は振り返えらせると両腕を真っ直ぐにルーク種へ向けて伸ばした。旋回する“聖三角形”がその腕の先に円筒状に展開、斥力場を円筒内に発生させて回転、両腕に装着されていた“聖三角形”が円筒内へと続けて撃ち出された。
強斥力場に質量を圧縮され回転、二本の螺旋状の矢となってベン・ブルベンの巨猪へと突き刺さる。
ルーク種の身を覆う白煙が僅かばかりの抵抗を見せるが螺旋状の二矢は難なく突破、ベン・ブルベンの巨躯を東方門の外へと無理矢理に追い出した。
せめてもの抵抗か、ルーク種は下肢の猪の顎を開き、“殉教者”へと分子機械粒子砲を吐き出した。
「私達! この艦をこれ以上はやらせません!」
円筒を形成していた“聖三角形”が円筒の内側に向けていた斥力場の方向を自身毎変更して多重展開し、フォモールの粒子砲を迎え撃つ。一層目で衝撃を吸収、二層目で粒子の流れを偏向、三層目で粒子を乱散させ、四層目で完全に無効化、“殉教者”の周囲に力尽きた“聖三角形”が機能停止し地面に落ちた。
「早速、艦の補修を始めなければ、私達、お疲れさまでした。 安らかにお眠りなさい……」
“鎮波号”の緊急隔壁を作動させ東方門を閉鎖させた教母の背後で、白煙を纏った斧槍が独りでに起き上がる。
「お生憎様です。あなたはこの戦闘では真っ先に対処済み、残念でしたね?」
白煙に所々、染みのように浮かんだ血煙の赤色がフォモールとしての姿を取り戻そうとする斧槍を包む白煙を一瞬で侵食、斧槍はその場に立ったまま霧散して消えた。
「血煙となった人型の私は、対環境保全分子機械ウィルスの塊を余剰情報で私としたもの。環境保全分子機械群たるあなた方にはもちろん劇毒でしたね。──この街の人々にとっても同じではありますが……今の内に退散しましょう。久し振りにいい運動でした」
そう言うと“殉教者”は先程の斧槍のように一瞬で霧散、後には長衣を纏った教母が地面の上に一人残された。何時もは喧騒に包まれる破壊された無人の街並みを傷ましげに眺め、彼女はその場を後にした。
†
「……あれは、……教母様? どういう事なの……?」
ダナは今、正に目の当たりにした光景に現実感を憶えることが出来なかった。
少女は教団の手伝いとして避難率の悪い東方門側の住人達に避難を促して回っていた。戦場になるのは西側が中心になるだろうと、少女の話にまともに取り合おうとする者は少なく、彼女が自身に任された地区の人々を避難所に押し込み終えて、自身もあてがわれた避難所を目指そうとした所へ、東方門を大きな怪物が打ち壊して入って来た為、ダナはとっさに父親から教えられた緊急コードで第三街壁内のパニックルームに退避していた。
静かになって外に出て見れば、外部画像に映っていたSFが消えて後に教母様の姿がある。これで混乱しない者も居ないだろう。
少女は誰もいない街に呆然と立ち尽くした。
次回、9/8更新予定




