第71話 教国防衛戦3 止まらぬ刃
ジョンとジェスタが疾走し辿り着いたその場は、まるで地獄絵図のようだった。建ち並んでいた家屋は悉く打ち壊され、崩れた家々からは火の手が上がり幾筋もの煙がたなびいている。それを為した原因は、周囲の様子に目もくれず、第三外壁の門扉に取り付き、少年達の目前で巨大な斧刃を何度となく第三街壁を閉ざす門扉に叩き付けていた。
「──ッ!」
ジョンは“銀色の左腕”に改造された折り畳み式高周波振動騎剣を抜き放ち、巨体に向かって疾走、猪型フォモール・ルークの背に高速振動する刃を叩き付けんとする。
『……無駄、我は隙など見せておらぬ。──偽王よ、去ね!』
しかし、ルーク種ベン・ブルベンの、それまでより更に知性を感じさせる囁き声と共に伸ばされたその背に備える触手状の副腕の爪に少年の刃は迎撃されて宙に止められ、次いでルーク種が振り返り際に振るった斧槍にセイヴァーは後ろに飛び退く事を余儀なくされる。それにより体勢を崩しかけたセイヴァーへ追撃を仕掛けようと斧槍を振り上げたベン・ブルベンに、ジョンの機体の後ろ脇から、ジェスタ機がルーク種へとその手の突撃銃で銃撃を見舞った。
下半身の巨緒の目元を狙い撃ち込まれた弾丸を嫌がり、振り上げた斧槍をそのままに巨体の身を捩ったが為に、ルーク種の攻撃はセイヴァーに当たる事無く空を切る。崩れかけた体勢のままセイヴァーは脚部機動装輪を用いてジェスタ機の隣まで後退、少年は視線を敵に固定したまま姿勢を正し、僚機に礼を投げた。
「助かったよ、ジェスタ。ありがとう」
『礼なんていいわよ。それより、今は無駄口叩いてる暇は無いわ。ほら、来たっ!』
ジェスタが叫ぶと同時にベン・ブルベンは斧槍を投擲した。ジョンとジェスタは散開し、彼等の機体の間を斧槍は回転して飛んで行った。
無手となったルーク種にセイヴァーは接近し跳躍、手にした騎剣を横に薙いだ。少年の切っ先は呆気ない手応えと共に副団長騎の双剣を生やす猪を模した兜を斬り飛ばした。地面に落ち双剣毎溶け崩れゆく頭部。それが溶けきった後にルーク種の頭部は音も無く再生していた。
『無駄と告げたぞ? 種明かしはせん。消え失せろ!』
ベン・ブルベンの下半身の巨猪が首をしゃくりあげて大きく顎を開き、セイヴァーに鼻先を向け咆哮と共に帯電した分子機械粒子を吐き出した。
『ジョン!?』
ジェスタが悲鳴のような声を上げる中、少年は落ち着いた声音で制御システムに叫ぶ。
「ヌァザ!」
『了解、短距離量子空間転移』
光芒一閃、巨大な猪の吐き出した光線は教国の舗装された道路を溶解させ、家屋を吹き飛ばし、都市外壁に突き刺さった。一瞬、表面が溶解した都市外壁は一瞬で溶解した表面を剥落させ元通りに復元された。
その攻撃を真っ先に受けた筈のセイヴァーは、ベン・ブルベンの砲撃が収まると同時に、攻撃を受ける前のそのままの姿でその場に立っていた。
『ちょっと、ジョン。キミ、無事なの?』
「ああ、大丈夫だよ。ジェスタ」
『通常空間復帰成功、今回は距離を跳躍していないから量子機械侵食率も、まだまだ許容範囲内だ、ジョン』
「了解だよ。ヌァザ、さっきの短距離空間転移っての、攻撃には組み込めないの?」
思い付きで少年は提案するが、神王機構は言い渋る。
『……可能だが、勧めはしない。繰り返せばあっという間に君は終わるぞ』
「可能ならやってやるさ! それから言っておくよ、神王機構、僕は君を信用しない。SFの制御システムとして以外はね。……ヌァザ、神王晃剣展開準備! 照射範囲は5mに限定、合図と共に展開。並行して連続短距離空間転移、座標測定開始!」
『……承知した。照射範囲を5mに限定、神王晃剣展開準備。並行し連続短距離空間転移、座標測定開始』
セイヴァーは脚部機動装輪でダッシュしてベン・ブルベンとの距離を詰める。
「神王晃剣展開! 一撃毎に空間転移開始!」
“銀色の左腕”を展開変形、神王晃剣を作動、右手の高周波振動騎剣とのは二刀流で斬り掛かった。ルーク種は何処からか斧槍を生み出し、斬り掛かるセイヴァーを両断した。
『我に、ぬう!?』
ベン・ブルベンの斧槍をすり抜けたセイヴァーの光の剣がルーク種の上半身を薙ぎ、フォモールが嫌がって振るった左腕が当たると同時にセイヴァーの機体が霧散し、今度はベン・ブルベンの背後に出現、フォモールの副腕が動くより早くその背を深く両手の刃が斬り裂き、ベン・ブルベンが振り向き様に振るった斧槍に再度両断された機体がまた霧散し、上空に転移出現、振りかぶった両手を勢い良く振り下ろした。
高周波振動する刃と、熱量を伴う光の刃がベン・ブルベンの上半身に平行に縦に斬り裂き、刃が地面に届くと同時に空間転移、ベン・ブルベンの巨猪、その右脇に出現する。
「ヌァザ、神王晃剣の照射範囲を8mに、更に全力解放! 斬り裂け“神王晃剣”!」
左腕の先から伸びる光刃が圧力を増し、極太の刃となってルーク種を地上から消滅させた。
「“銀色の左腕”通常形態へ移行、と。ふう、これでどうなるかな?」
銀色の金属帯縒り合わさり左腕の形態に戻る。ジェスタ機がセイヴァーに近寄って来た。
『スッゴいじゃないの! どうなってんのかは全然解らなかったけど。……そういえば、お嬢にレナ、遅いわね?』
「そういやそうだね。もう合流していても可笑しくないのに」
二人、機体の肩を並べて首を傾げる。
『いいわ、ワタシから通信してみる。ジョン、キミは一応、門の外からフォモールが来ないか見張っていて。回線はこのままにしてくれればキミにも聞こえるでしょ?』
「うん、任せるよ。……ヌァザ索敵お願い」
青年に頷いて返した少年の声に、神王機構はレーダーを起動した。
『では、索敵開始。ああ、これは……ジョン、大変だ』
「開始早々にどうしたのさ? ヌァザ、報告を」
『教国の都市壁に遮られてレーダーがまともに働かないのを忘れていた』
「……いや、ヌァザ。きみ本当に機械なの? 東側に絞ってじゃ駄目かい?」
『おお、そうだね、東側を重点に索敵開始』
神王機構は今度こそレーダーを起動、東側を重点に索敵を開始した。
†
(何やってるのかしらね)
ジェスタはエリステラへの回線を繋げながら、通信機から聞こえる少年とその乗機の制御システムのやり取りに苦笑を浮かべた。
「あ、お嬢? ジョン君のお陰でこっちは片付いたわ。後続が無いか確認してそちらに合流しようと思うけど、何処に行けばいいのかしら?」
『──ジェスタさんですか? 至急、此方に合流して下さい! わたし達は現在、南方門にて交戦中、此方にもルーク種が!』
ジェスタはエリステラの切羽詰まった様子にセイヴァーへの回線に勢い良く声を飛ばした。
「ジョン! 今の聞こえたわね? 行くわよ」
『うん、聞こえてたよ。ヌァザ、脚部機動装輪起動、行くよ!』
ジョンの駆るセイヴァーがジェスタのテスタメントを置き去りに南方門へ駆け出した。
「お嬢、なんとか持ちこたえて、今、アナタの騎士が向かったわ」
『……へ、あの……ジョンさん、ジョンですか?』
「そうよ、じゃ……ワタシも続くわね。後はそっちでね? 気を付けて」
ジェスタは通信を終え、自機の脚部機動装輪を起動、先を行くセイヴァーの背を追った。
次回、9/2更新予定
 




