第70話 教国防衛戦2 陽動
門を越えて侵攻するフォモールの数が目に見えて減り始めた。
門前に展開したSF部隊からの十字砲火に晒され倒れたフォモールが溶け崩れ門前に空隙が出来るも、その背後にいるルーク種の意思によるものか、ポーン種の突出が止み、それを受けて教国内からの銃撃もまた次第に止み始める。視認出来る範囲にフォモールの姿は消え、都市外壁に阻まれるのか、レーダー波が阻害されていた。ジョンは短機関銃を保持したまま、折り畳み式高周波振動騎剣を左腕に抜剣すると機体を前進、ガードナーの面々に通信する。そうしながら短機関銃の弾倉を排出し予備弾倉と交換するのも忘れない。
「──門まで行ってみる! 何か起きたら援護を!」
周囲からの返事を待たずに脚部機動装輪を展開し、“救世者”は門に向かい高速で駆け出した。
『……ジョンさん……お一人では!? レナ、ジョンさんに続いて下さい! ジェスタさん、わたし達も!』
『もう、しょうがない。承知したわ。お嬢! レナ、周囲には気を付けて!』
『はぁい、行ってくるね、エリス!』
ガードナーのSF部隊が己の後を追って来たのをよそに、ジョンはその頃には門を抜け都市外壁の外に飛び出している。
そうして飛び出した少年を待っていたものは、誰もいない草原の風景だけだった。ジョンはセイヴァーの機体毎振り返り、都市外壁に視線を這わせる。
「エリス、此方のフォモールは陽動だったみたいだ。西方門の外に出てみたら、最初に襲って来たフォモール以外はその姿が一切無い、南や北から何か報告は!?」
僅かに遅れてレナ機がセイヴァーに追い付き、少年の機体と肩を並べる。見渡す限りの草原の風景にレナは思わず声を上げた。
『うわぁ、本当に何もないわね……』
エリステラとジェスタの機体が少し遅れてレナ機に続き、それぞれにジョンへと声を掛けた。
『先程、ジョンさんからの通信でお聞きしてはいましたが、これほどとは?』
『まあ、キミに危険が無くて良かったわ』
背後に並んだ彼らに、少年は機体の手を上げ答える。
「みんな来たのか。エリス、さっきの通信の件だけど、他の方角に詰めている人達から、何か連絡は無いかな?」
少女はは困った様に声を漏らし少年に答えた。
『うーん、それが何も無いのです。此方に向かう途中に大神殿へ報告は上げたのですが』
ジョンは周辺を見回して、レーダーを起動、再度フォモールの存在の有無を確認する。真っ先に壁外へ飛び出したガードナー私設狩猟団の後を追い、他の狩猟団や傭兵団が幾つか壁外に姿を見せ始めた。
「取り敢えず、一度、門の内側に戻ろうか? 何か動きがあるかも知れない。この付近一帯にはフォモールの姿も無いしさ、どうかな?」
少年の提案に少女は僚機を見回す。
『そうですね、これ以上この場にいても何も起こりそうにありません。レナ、ジェスタさんもよろしいですか? 彼等も居ります。何かあっても直ぐにどうこうとはいかないでしょう』
『そうねえ、ワタシは異論は無いわ。レナ、アナタは?』
『あたしも別に無いよ。──あ、北方門と南方門の前での戦闘は継続中みたいだね』
他の狩猟団のSFを見やって言う少女に、レナもジェスタも特に反対意見も無く賛成する。隊員達の意見を確認したエリステラは教国の都市管制へ連絡を入れた。
『では、少々お待ち下さいね? ──西方門壁外のガードナー私設狩猟団SF部隊隊長エリステラ・ミランダ=ガードナーです。……西方門壁外にフォモールの存在を確認出来ません。一度、門の内側へ戻り、態勢を建て直そうと考えます。西方門の現場からの一時離脱の許可を』
都市管制とのやり取りを終え、エリステラは隊員達の機体に視線を巡らせる。
『都市管制に確認した所、すんなり許可が下りました。……どうやら、他の狩猟団からも同様の要請が多数送られた様ですね。では、壁内へ戻ります。西方門はわたし達が退いた後、再度閉ざされるらしいです。教国内に戻ったら私たちは再度、北か南に割り振られるそうですよ。では、行きましょう』
少女の号令の下、ガードナー私設狩猟団SF部隊は揃って来た道を戻り始めた。
†
少年の目の前で教国西方門がゆっくりと閉ざされていく。背後に並んだ三機のSFの真ん中の機体に乗るエリステラから声が掛けられた。
『ジョンさん、今度はわたし達。南側になるそうです! 行きますよ!』
「あ……うん、ヌァザ!」
『──大声など出さないでも聞こえている。所でジョン、この都市の東側は、警戒しなくても良いのだろうか?』
制御システムの問いに、ジョンは首を傾げて、今まで相手をしたフォモールの姿を思い浮かべ、頭を横に振った。
「教国の東側って、コリブ湖だよ? 水棲動物のフォモールは少ないみたいだし、大丈夫じゃないかな?」
『いや、気になるぞ! お嬢さんに東方門への割り振りがどうなっているのか至急、確認要請を!』
神王機構が言葉を発するとほぼ同時に、教国全体に警報音が鳴り響いた。都市管制から教国第三区東部方面からの避難が勧告される。
「これって!?」
『……うむ、そういう事だろう』
少年が驚愕に思わず漏らした声に、神王機構の落ち着いた声が返される。
「なら、エリスっ!」
『は、はいっ! わたしは都市管制に連絡して向かいます! ジョンさん、お気をつけて……。ジェスタさん、ジョンさんを!』
ジョンは第三区の環状道路を脚部機動装輪を展開し全速力で走り始めた。現在、緊急事態の為、出陣式後に教国の第一聖壁から第三街壁までの全ての都市内壁の扉は閉ざされ、教国を十字に走る大路は大きな扉で寸断されている。教国東側へ向かう為には環状道路を大回りして行くしか術はなかった。南周りで走るセイヴァーに少し遅れてジェスタの駆るテスタメントが続く。
『隊長命令よ! ワタシも付いて行くわね!』
「うん、ありがとう。ジェスタ」
ジョンは笑みを浮かべてジェスタへ返し、二機のSFは機体各部の推進器を噴かし、無人の道路を疾走して行く。
教国第三区東方門側に居を構えている者達の多くは、コリブ湖での漁を生業とする漁民達だ。気の強い者も多く、現状、教国において最も避難の進んでいない地域でもあった。
『……ジョン。これはあのルーク種だ』
「 っ! ジェスタ、急ぐよ!」
『いや結構、限界よ、これでもさ?』
少年は推進器の推力を全開に東方門を目指す。ジェスタはその機体の背を追い、限界まで推進器を稼働させた。
†
ルーク種ベン・ブルベンは配下の全てのフォモール達を捨て駒に、コリブ湖を泳いで東方門の外に広がる港に潜み寄った。
ルーク種はその巨体をコリブ湖の湖底に潜め、教国全体を覆う忌々しい光の幕が消えるその時を待つ。
配下を通して伝わる声が俄かに騒がしくなり、そして待ちに待ったその時の到来を知った。
ゆっくりと湖面に浮上、その際に小舟を巻き込んだようだったが、フォモールたるルーク種ベン・ブルベンは気にしない。
港の桟橋を踏み砕き、ルーク種は教国の東方門にいつの間にかその手に現れた斧槍の斧刃を叩き付けた。流石に頑強でルーク種の強大な力ですら一撃ではその扉を打ち壊せなかった。
二撃、三撃と斧槍の斧刃を叩き付ける。未だに門扉の破壊は叶わず、ベン・ブルベンは破壊の意思の下、無心に斧槍を叩き付け続けた。不意に手に返る衝撃が消え、抵抗無く斧刃が刺さり門扉が呆気なく唐突に割り砕かれた。
こじ開けた空隙に手指を突き入れ、ベン・ブルベンは壊れた門扉を押し開く。
東方門の内側、そして足下に認めた人々を、ルーク種は下半身の巨猪の蹄で踏み潰し、或いは咬み殺しながら無造作に歩を進めた。
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