第68話 出陣式
『──そろそろ、起き上がれるだろう、ジョン?』
少年、ジョンの身体は崩れ落ちたその場に置き去りにされ、アンディがその場を去って数分後、セイヴァ-から神王機構の声がした。心臓を撃たれ倒れたとは思えない明瞭な声が少年の喉から零れた。
「……アンディさんは、……居なくなったのか?」
くず折れた姿勢のまま、少年は小声で話し始めた。神王機構もジョンにのみ聞こえるように音量を絞って応える。
『ああ、仕事が早いな、彼は』
感心したように言う神王機構をよそに、ジョンは徐に起き上がった。胸に手を当てると身体には既に傷痕すら残っていない。着ていた服に焦げたような穴とその周りに血の跡が残っている位だった。
「……で、なんで僕は生きているのさ? どうせ君のお陰なんだろ?」
既に痛みさえなくなって、ジョンは理由を知る筈の存在に問う。
『一応、ついさっきまでの君は仮死状態にはなっていたのだよ? 先程の話の続きになるな。──以前にも告げたが神王機構量子機械は君の全身に隈無く配されている。そして、過去、神王機構量子機械群が創造された際に与えられた大目標を果たすまで、基本機能として量子機械群は君に死を齎さない。……強制的にね。傷病による死因には限られるが。因みに、君の胸部にめり込んだ弾丸は量子機械が分解して無毒化か、或いは排出をしている筈だ』
呆然として、少年は整備台に横たわる自らのSFを見上げた。
「君の量子機械侵食率は今回の蘇生で……そうだな、凡そ、一,〇六%程に上がってしまった。数字で聞くと少なく思えるだろうけれど、それまでの君の侵食率が〇,〇三%程だった。それを考えると脅威的な伸びだろう? たった一度の蘇生で約三十五倍侵食された訳だ。それから……君の全てが量子機械群に置換された際、君か私の意識のどちらかが遺されるとは言ったが……私ではなく君の意識が残る事は先ず無いと思って置いてくれ。君の意識が遺される事も確率としては零では無いというだけでね。神王機構の機能として私の意識が遺される事が優先される。君の意識が遺されたとしても、量子機械群体に置き換わったその身体で、果たして君はその姿さえ、人のまま在れるのかすら解らないよ。人のそれとは在り方が決定的に変わってしまうから、他に……何か訊きたい事はあるかい?』
ジョンは溜め息を吐き、自身が既に生命体として破綻している事を知った。死ぬことの出来ない者は、即ち生きているとさえ言えない筈だ。
「はあ、ただ死ぬことが随分と僕には贅沢な事になったんだなあ。話は少し戻るけどさ、あれだろう? 僕はもう自殺も出来ないって事だよね? それでも僕が死んだり消滅することは有り得るの?」
『物理的な消滅はそれは勿論有り得る。量子機械による君の不死性は、あくまでも生体としてのものだからね』
「ふうん、例えばどんな?」
『──そうだな、量子機械群の塊といえるこのセイヴァ-の左腕毎、君の肉体を焼き尽くされるような事があれば、或いは。……だがこれはなかなか難しい。私の意識とは別に、君と機体を護る為に神王機構は防御に全力を尽くす。機体に搭載された粒子防御幕のような防衛機構で足りなければ、その場の状況に応じて対応可能な機能を改造取得するくらいやってのけるからね』
少年と会話を交わしながら神王機構は集音装置の感度を上げ、ジョンの声以外の情報に注意する。先程去っていったアンディ以外、誰か来る様子はなかった。
『ジョン、そろそろ部屋に戻るといい。今は誰も来ないようだよ』
「そう、じゃ部屋に戻るよ。じゃあ、また明日って、もう今日かな?」
『……ジョン……君は、僕のようにならないようにね。──やがて至るその時に悔いのない選択を』
セイヴァ-に言い残し、少年は撃たれたとは思えないしっかりした足取りで狩猟団宿舎へと戻って行った。去って行くその背中へ神王機構は祈るように小さく囁いた。
†
それから数日後、ジョンはセイヴァ-のコクピットに納まっていた。少年がシートに納まると同時に制御システムとして神王機構が起ち上がる。
『調子はどうかな、我が主? あんな事が起きたばかりだけど、気楽にいこう。まだ戦闘機動は要らないしね』
「気楽って……まあ、普通に行くけどさ」
あっけらかんとした神王機構の物言いに、ジョンは苦笑を漏らした。セイヴァ-の載る整備台が起き上がって、機体が直立姿勢となり、ジョンは機体を歩かせ、狩猟団に割り当てられたSF整備場を出て行く。先を行く、ほんのつい先程まで改修作業がされていたガードナー私設狩猟団のSFテスタメント三機の後に続いて行く。
先頭を行くのはエリステラの搭乗する隊長機、砕かれた腕は新たに付け直され、銃身の折り畳まれた長大な長距離狙撃銃“雷霆”を抱えている。機体腰部左右の接続端子には幾つもの予備弾倉が連結されスカート状に連なっている。
続いて行くのはジェスタ機だ。砕かれた全身の装甲は交換され、腕部も再生されている。片刃の高周波振動騎剣を既に銃剣として取り付けた突撃銃を両手で抱え、更にもう一振りの高周波振動騎剣を左腰に下げ、更にもう一丁の突撃銃を腰背部に付けている。
更に続くのはレナの機体。彼女の機体は前の二機と違い大幅に改造されている。突貫で右肩に取り付けられた複合型銃砲発射装置はそのままに、銃身部下側には新たに右腰部の接続端子に付けられた簡易保持腕が支えている。左腕は正規の物に取り替えられ、新たに腕を振るだけで交換用弾倉を取り出せる機構の予備弾倉を内に納めた方盾をつけている。腰背部に着けた給弾装置から伸びた給弾帯が複合型銃砲発射装置の機関部と繋がっていた。
『しかし、こんな時に出陣式とは。そんな余裕があるとは思えないがねえ』
「むしろ、こんな時だからこそ、かもね? 02、教母もSFに乗るって話しだしさ」
神王機構の皮肉気な言葉に、少年は道の先を見詰めて返した。
教国に残っていた全てのSFが、第三区のそれぞれに割り振られた整備場から中央の大神殿を目指し、大路を進んでいく。神殿騎士騎を主として様々なSFが整然と歩いていく。
『教国に、まだこんなに機体があるとは。これはなかなかの光景だ』
「神王機構は今はSFのシステムなのに、まるで人間みたいだよね?」
少年は感動したように声を上げる神王機構を微笑ましく思った。
『私が創造されたのは現代から見れば古代だ。現在より技術も進んではいたが、完全な無から人格を創ることはその時代でさえ出来なかった。私には勿論、素となった人格が存在する。人間じみた事を言っているとしたら、原因はそれだろうな』
少年は独り言る神王機構に一言、「そうか……」と告げ黙って機体を進ませた。
新生した救世者、“銀腕の救世者”もまた、居並ぶ他のSFと同じく武装している。腰背部には基本装備の折り畳み式騎剣側着いており、左腰には高周波振動騎剣、右前腕部に腕を一回りするように投針ホルダーがついている。右腰部には短機関銃の予備弾倉が幾つも連なって下げられ、腰背部の折り畳み式騎剣の接続端子に短機関銃が着いていた。
そうこうするうちに、大神殿前の広場に辿り着いた。先に着いていたSFが整然と並び、その中に、ジョンの見覚えのある機体が澄ました様子で周囲に溶け込んでいた。ガードナー私設狩猟団のSF部隊に少年は機体を並べる。
『ジョン、どうする? ……事を起こすかい?』
「まだ駄目だよ。だけど──ヌァザ、注意は怠らないで」
ジョンは視線の先、周りの雑務傭兵達と機体を並べたBLAZERにその乗り手に気取られぬ様、その一挙手一投足を観察し始めた。
「──アンディさん、あなたは一体、何者です?」
次回、8/27更新予定




