第67話 不穏な出来事
都市外壁に向かい、ポーン種が特攻を続けている。しかし、教国の全周を上空まで覆い尽くした半球状の光の天幕に阻まれ、その都市外壁にさえ、触れることも叶っていない。神殿騎士団北方外門守備隊に所属する騎士数人が、都市外門上部の観測室から都市外のフォモール達の様子を観測、情報収集に励んでいた観測班班長は眼下に屯し、教国を取り囲むフォモールを眺め呟いた。
「依然として、フォモールは、愚直にも此方へとひたすら突進を繰り返すのみ……か。仮定の話だが……教母様によりこの防護幕の使用がされていなかったらと、そう思うとぞっとしないな」
隣でフォモールの奥を重点的に観測していた部下が観測班班長に顔を向けた。
「──班長、フォモールの最奥にて、ルーク種がまた配下のナイト種及びポーン種を多数呼び出し、増やしたようです。……今まで、ナイト種がポーン種を呼び出すという報告が少数上がって来ては眉唾物とされておりましたが、上位種であるルーク種がこうして行う以上、ナイト種にもそうした能力を備えていると思った方が良いのかも知れません」
班員の言葉に神妙に頷いた班長はやるせなさそうに頭を振った。
「そうだな、ここ数日でフォモールの数はまた急速に増えている。いくらこの都市が障壁で護られていても、なるべく早く討って出ないと教国は詰むぞ。──大神殿と騎士団本部への定時連絡は済んでいるか?」
班長に問われ、後ろの席に着いていた別の班員が口を開いた。
「先程、完了しています。フォモールが従来考えられていなかった方法で増殖している点も含めて報告済みです」
「結構、本部や大神殿からそれに対して返答はあったか?」
班員は手元の端末に出力させ、空中にホロディスプレイを展開、定時連絡への返答を表示させた。
「大神殿から一件、ですね。教国内の食料及び燃料、弾薬の備蓄は教国内の人員が現状のままでも向こう十年は賄える量だそうで、我が騎士団本部と連携して反攻作戦を準備中との事です。教母様の命により、場合によっては地下秘神殿を一般市民の保護の為に開放すると。現在、その作戦の為に教国内の騎士団騎の修繕と、物によっては改修を急いでいるようで、作戦実行までは我々には観測の続行を命じるそうです」
班長は感慨深く頷いた。班員達も同意して頷いている。
「……地下秘神殿か、そんなもの本当にあったんだな……」
「私も生まれてこの方、この国で過ごして来ましたが、ただの噂だとばかり思っていましたよ」
「……本当、同感。でも、地下秘神殿までってどうやって降りて行くんでしょうね? 俺、子供の頃は教国中を駆け回ってましたけど、入り口らしいものって見た事無いですよ。班長はどうです?」
班員に水を向けられるが、班長はただ頭を振った。そして、班員達を見回すと脅かすような口調で言った。
「知らんよ。教団の、特に教母様の周辺にしか明かされない類の秘事だったんだろうさ。──こうして上からお達しがないとそれこそ、下手に触れると物理的に首が飛ぶような、な」
「……ハハハ、やだなあ、脅かさないで下さいよ、班長」
「もう、非道いですよ、班長。ま、まあ、こうして明かされた以上は、そんな事はおきないでしょうよ」
「……ちょっと、待て」
班長の言葉を冗談と受け取って班員達は笑い飛ばしている。そこへ神殿騎士団本部からの返答がきた。班長は笑い続ける班員を手を掲げて制し、騎士団本部からの返答を読み上げた。
「ええと、なんだ。大神殿教団本部から通達有り、先程の大神殿の返答において地下秘神殿の開示について補足、本件は作戦実行時に於ける飽くまでも緊急性の高い場合に限っての物であり、これに因らない場合に於いての地下秘神殿の教国民、他一般市民への情報開示は原則行わない事とする。また仮に上記、秘神殿の情報を他者に開示した場合、それを為した者には厳罰を以てこれに応えるものとする、だと。……よし各自、秘神殿とやらについては忘れたな!」
詠み上げるにつれ、顔色を青褪めさせる班長、班員達を見回すと口々に言われる。
「……班長、寝ぼけました? 秘神殿? はッ、何の事ですそれ?」
「知らない、知らない、大神殿しか知らない」
班長は観測室から外を見渡した。今日は天気が良いようで、鋼色の獣が蠢いている地面を無視すれば深く吸い込まれそうな大空が世界に蒼を添えていた。
「諸君、今は我々に与えられた職務を全うしよう。その方が余計な事は考えなくて済むからな」
トゥアハ・ディ・ダナーン主教国北方門対獣観測班の面々はかつて無い団結力を見せ、職務に邁進し始めた。
†
『随分とお疲れのようだ。休めなかったのかい?』
神王機構の労しげな声に、ジョンはセイヴァ-の搭載された整備台に背中を預ける。深夜の整備場に人影はまばらだ。
「──女の子とそのお祖母さんとのお茶会が、なんでこんなに疲れるんだ……」
その場にセイヴァ-しか居ないのを好いことに、ジョンは一人ぼやいた。
『ふむ、休める内にしっかりと休むべきだよ。直ぐに戦闘は再開されるだろうからね』
穏やかな声で少年に休息を促す神王機構、しかし、ジョンはぼやくのを止めない。
「それは分かってるんだけどね。何故かエリスは直ぐにくっ付いてくるし、カルディナさんは煽るは茶化すは、話に出たダナさんなんて友達になっただけなのに、エリスは凄い気にしてるし。だけど、僕とエリスの関係ってなんなのだろう?」
『ジョン、君はその娘とどうなりたい? 大切なのはそこじゃないのかな。君は私のせいで終わる。そればかりは確定事項だ。どうなるにせよ、早めに答えを出すと良い』
ジョンは整備台から背を離し、振り返ってセイヴァ-を見上げた。少年はいだいていた疑問を神王機構にぶつけていた。
「僕が君の為に終わるのは解った。それは判ったけれど、具体的には僕はどうなるんだ? それは訊いてなかったよね?」
神王機構はその問い掛けに、一呼吸程静まり、意を決した様子で閉ざした口を開いた。
『まだ、終わるまでに時間はある。君が嫌なら、この機体毎、再度私を封印すべきだ』
ジョンは神王機構の気に入らない答えに頭を振った。
「それは僕の訊ねた事の答えじゃないよ。それに終わるのは、僕はそれ自体は別に構わないんだ。……別に自己犠牲がしたい訳じゃないけどさ」
諦めたように、神王機構はジョンの問いの答えを告げた。
「……人ならこんな時に溜め息を吐くのかな。──ジョン、君の体内の神王機構量子機械が君を改造していく。こうして機体に搭乗していない間や通常機動はまだ良い、ただの生体代謝と速度も機能も変わらないからね。だが、戦闘機動となると神王機構は活性化する。君の体内の量子機械も含めて、そして、君を神王機構は作り替えて行くんだ。行き着く果てには、君は量子機械群体へと変わり、私と君の精神のどちらかが遺される。私が遺れば君は消え、君が遺れば人としての君は終わる……誰か来たようだ。ここまでにしよう。大体は話したけれど、訊きたい事があったらまた後で、ジョン」
神王機構はそう言って押し黙った。誰かが歩いて来る。灯りを背にしているのか長く人影が伸びていた。
「……誰か居んのか? おーい」
ジョンはその人の姿に首を傾げた。何故なら此処に居るはずの無い人物だったからだ。
「……アンディさん? なんでガードナーに?」
アンディはジョンの姿を認め、少年に近寄って来た。
「よう、ジョン! こんな夜更けにどうしたんだ?」
「それ、僕の台詞だよ。なんでガードナーに? アンディさんに用がある所じゃ無いでしょ?」
アンディは、自身の姿に不審を覚える少年の肩を抱いた。
「お前にちょっとな? ま、直ぐ終わるさ」
少年の耳元に囁くと、ジョンの肩を抱く手と逆の掌に隠していた小型銃を少年の鳩尾に押し付け、心臓目掛けて発砲した。
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