第66話 束の間の平穏
全部隊を都市外壁内に撤退させて二日、教国はコリブ湖に面した東方街門以外の三方全てを、その軍勢に厚みに差はあれど屯するフォモール達により封じられる事になった。
ジョンは神殿騎士団施設に間借りしたガ-ドナー私設狩猟団の臨時整備場で、彼等と合流していた。
「この場でこういうのは可笑しい気もしますが。お帰りなさい、ジョンさん……、良かった……ご無事で……」
「あ、えーと、エリステラさん?」
自らのSFセイヴァ-整備台に預け、コクピットを降りたジョンは、たまたまその場に居合わせたエリステラと顔を見合わせた。直後、少女は自身に抱き付き、エリステラの柔らかさにどぎまぎしながらジョンは少女に声を掛けるが、エリステラにはわざとらしい聞こえていない振りで無視された。
「……あれ? もしもし、エリステラさん? おーい、エリステラさん?」
ジョンに抱き付いたまま、少年の声が掛かる度、目に見えてエリステラの機嫌が悪くなり、少女は子供っぽく頬を膨らませていく。
「あの……あ、そうだ、──ただいま、エリステラさん」
「……違います。……ふんだ」
機嫌を悪くさせながら、それでも少女は少年から離れようとしなかった。整備場の至る所から少年少女に忙しそうに働く整備班員達の生暖かい視線が集まっている。ジョンは顔から火が出る思いで、とてもではないが恥ずかしさに居たたまれない。珍しく焦った様子で少年は少女に話し掛けた。
「エリステラさん? エリステラ? えと……エリス?」
何度か呼び方を替え、少女を愛称で呼び掛けると華が咲いたような笑顔を浮かべ、嬉しそうにジョンに応えた。
「エヘヘ、改めましてお帰りなさい、ジョンさん!」
「──あ、はい……ただいま、エリス」
そのまま少女に腕を引かれ、ジョンは臨時整備場に併設された狩猟団に割り当てられた宿舎を案内される。エリステラはジョンの腕に抱き付いたまま離れようとしない。並んで歩く少年少女の背後から、少女のそれとよく似た声が掛けられた。
「あらあら、エリス? 私に紹介してはくれないの? その男の子のこと」
掛けられた声に揃って振り返るジョンとエリステラ。二人の視線の先には、嬉しそうな、だが、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた少女によく似た女性が廊下に並んだ部屋の扉の一つを開いて立っている。フォーディジェネレーションコープ代表取締役であり、エリステラの母方の祖母でもある女傑、カルディナ=ホープハイムその人だ。実年齢を疑う若々しさを保ったその人が二人に手招きしている。
「エリス、それから、そちらの男の子も私の部屋にいらっしゃい! 良かったら、一緒にお茶にしましょう?」
誘われたジョンは少女に視線でどうするか問い掛け、珍しく不満そうに口を尖らせたエリステラは、渋々と頷いた。
「……もう、お婆様ったら……。お邪魔しますわ、お婆様」
「あ、はい、お邪魔します。って……えええッ! お婆様ぁ!?」
少年はエリステラの台詞に見合わぬ、その女性の見た目の若々しさに思わず驚きの声を上げていた。少女に腕を引かれ、何故かカルディナにまで用意された部屋に入室した。見事に殺風景なその部屋の中には備え付けの寝台と、部屋に見合わぬ高級そうなティーテーブルセットと数脚の椅子が置いてあるだけだった。
「うふふ、驚いて貰って嬉しいわ。さあ、どうぞ」
少年少女が席が着くと、テーブルの上に並べられたティーカップにカルディナ手ずからポットを傾けた。人数分のカップに紅茶を注ぎ、ソーサーに載せたカルディナは孫娘と初対面の少年の前に差し出した。
「どうぞ。私の好みの茶葉ではないのだけれど、ね。結構手頃なはずよ」
ジョンは勧められるまま、紅い液体に満たされたカップを手に取り、香りを楽しみ液体で喉を鳴らした。
「……美味しいです」
「ジョンさん、あんなこと言ってますけど、これかなり高級な葉です」
隣に座った少女が肩をつつき、少年の耳元に小声でそう囁いた。
†
その頃、整備場に残されたセイヴァ-にガードナーガードナー私設狩猟団副技師長ベルティン=オコナーが近付き、機体状態を確認しようと整備用ハッチを開こうとすると、何者かから声を掛けられた。
『そこの君、私を整備する必要は無いよ。それより、並んでいる彼等を先に直して上げてくれないか?』
ベルティンは頭を振り、周囲の整備班員達を見やる。ガードナーの機体はどれも中破、悪くて大破状態の為、修理を急いでいて黙々と作業を進めている。先程のエリステラとジョンの微笑ましいやり取りは、ごく一部には妬む者もいたが、大半の整備班員には良い息抜きになった。
「……可笑しいな? 誰も何も言ってねえとなぁ?」
『君の目の前にいるだろう? 私はその機体に宿った者だ』
再度声を掛けられ、ベルティンは整備台上のセイヴァ-から離れ、整備台の周囲を巡り、また首を捻った。
「何の冗談だ、おい? よう、どいつだ! 悪戯なんざしてやがんのは!」
『悪戯などでは無いのだが、そんな場所には誰も居ないよ? 私はこのSF、セイヴァ-に宿った人工知能のようなモノだ』
何者かの声が語る内容にベルティンは唖然として、口を開きっ放しになる。
「……マジか? いったい何が起きたらそんな事になる? ……って、セイヴァ-は起動すらしてねえんだぞ!? 人工知能だとしても不自然だろうが!?」
『動く事も出来ないし、戦闘なんてもっての他だよ? 起動していなくても内蔵電源は活きているからね。それで私のシステムだけ稼働していると思って貰えないか?』
何処か釈然としない物を感じながら、ベルティンは渋々自分を納得させた。
「ああもう、しゃあねえ。そういう物だってのは、一応は納得してやる! だが、俺はSF技師なんだ。何故、整備を断るんだ? 理由を言え、理由をよ!?」
若干、切れ気味に問い掛けたベルティンに冷静な声が返る。
『私の機構の一部を用いて、待機時においては機体の自己修復が可能だ。それ故、君達の手をわずらわせずに済む。それに機体の状態は私より、君達のテスタメントの方が酷い状態だろう? これからも戦闘は続く、この場がどれほど穏やかであろうとフォモールとの戦闘はまだ終わっていないのだ。使える戦力は多い方が良い』
腕を組み謎の声を聞くベルティンは何度か頷いて再度問い掛けた。
「そうか、で、お前の存在の事はジョンの奴は知ってるのか?」
『私はこのセイヴァ-・アガ-トラムの全制御システムを兼ねている。当然、搭乗者たるジョン=ドゥも既知の事だ。加えて、私は彼以外のパイロットでは起動すら出来ない事を告げておく』
「ん、ああ、構わねえ、そりゃ前からだからな」
あっさりとベルティンは頷いて、セイヴァ-に指を突き付ける。
「まあ、今のところはお前の言ったとおりガードナーのテスタメントを優先して作業させる。だがよ、俺は機械をそんなに信用してねえ。特に俺の手が掛かった物以外はな。この騒動が終わったらで良い、一度、弄らせろよ?」
セイヴァ-から呆れた声がベルティンに届いた。
『仕方ない、私はやがて弄りようがなくなる。それまでに間に合えば、一度は任せよう』
「またまた、どういうこった? 弄れなくなるたあよ?」
『自己修復の際に、私は私をより良い状態へと改造していく。その果てには、整備の為に人手を必要としないスタンドアローンの完成されたSFとなっていくだろう。だが、パイロットとしてのジョンのみは必要なくなる事は無いだろうがね』
「じゃ、そうなるまでには、弄ってやるからな! 親父と一緒によ!」
ベルティンはセイヴァ-の装甲を叩き、狩猟団のSFの方へ歩き去った。
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