第64話 神王機構、その力の一端を
トゥアハ・ディ・ダナーン地下秘神殿、隔壁に閉ざされた玄室の奥にジョンはセイヴァーと共に目覚める。
「──結局、どれくらい眠っていたんだ。僕は?」
覚醒したのはコクピットの内、少年ジョン=ドゥは狭苦しい空間に身を縮めて眠っていながら、身体の何処にも強張った感覚を覚えず、むしろ逆にその事に違和感を覚えていた。少年の覚醒に神王機構が声を出した。
『──時間通り、一日くらいさ。君も救世者も全て処置は完了した! まだ完成ではないけどね? ジョン、君の居るコクピット内の変化にも気付いたかい?」
ジョンは神王機構の声に促され、コクピット内に視線を巡らせ、愕然とした声を漏らした。
「……え、え、ええっ!? なんだこれ、コントロールグリップとフットペダル以外何もない!? どうやって動かせっていうんだ!」
元々、簡素だったセイヴァーのコクピットが輪を掛けて簡略化され、アームレストに存在したタッチパネルさえ無くなっている。
『ジョン、君の体内には、私という神王機構を構成する量子機械群の一部が入っている。見た目には完全に細胞組織に擬装しているから、例え君の肉体を切開しても肉眼では判らないけどね? その量子機械群が機体内部の神王機構と接触する事で今、君の搭乗するSF“救世者”を起動させるのさ。つまり、君自身がこのSFの起動キーとなった訳だね。今は停止状態だけど、君が起動を意識さえすれば、動き出すよ。──そう、こんな風にね』
神王機構は冷静にジョンに説明を始め、少年は言われるままに自身の搭乗するSFを起動させようと意識する。静かにセイヴァーのシステムが起動、ジェネレータが出力を上げ、のし係る慣性に機体が起き上がる感覚を少年は感じた。
『操作に関しても同様、思考操作が基本になっているよ。君の脳内信号を抽出し解析、君が必要と思った機能を作動させるんだ。ディスプレイに関しては、脳内に直接機体のカメラやセンサーが捉えた情報を投影する事も出来る。けれど、それはおいおい変えていこうか』
ジョンは何とも言えず、ふと外が気になった。神王機構はそれを察し、情報取得に機能を割き、それを少年に告げた。
『外が気になるのかい? ふむ、ちょっと調べてみよう。環境保全分子機械群のネットワークに介入、“鎮波号”周辺に絞って情報を取得、人に理解可能な情報に変換、では……映像化して出力するよ。時差はコンマ七桁以下、ほぼ現状の映像だ』
コクピットの網膜投射型ディスプレイと壁面のディスプレイが並列起動、神王機構が収拾した映像が映し出された。
「──みんなっ!?」
フォモール達に囲まれ、ボロボロとなったガードナー私設狩猟団のテスタメントの姿が視界に入り、ジョンは思わず叫んでいた。
『彼らを助けたいのかい? ならば、往こうか! 映像が取得出来る今ならば可能だ。──君は思え、神王機構はそれを叶えよう!』
「……何を言って……エリスッ!?」
その時、映像の向こうでエリステラのテスタメントが巨大な矢に右腕を砕かれた。少女の機体は次いで狙われた味方機を庇い、自機を身代わりとして突き飛ばした。少女の機体に再度、巨矢が疾った。
「……死なせないッ!!」
『──搭乗者の意志を確定、ネットワークを介して目標地点周辺の環境保全分子機械群を分解、それを材料に神王機構量子機械群を入れ替わりに構築、緯度経度取得、時間軸空間軸座標確定、搭乗者及び機体の量子化を確認、量子空間転移機構作動、目標地点へ転移します』
映された映像に思わずジョンは手を伸ばし、一瞬で遮る距離と空間を跳躍、少年の機体が新たに得た銀色の左腕が、エリステラ機を打ち抜かんとした巨矢を握り締め砕き。少年は右腕を失った少女の機体に振り返った。
『ジョン、たった今の量子空間転移の影響で、ジェネレータ出力が低下中、継戦能力が激減している。全力戦闘可能時間は精々、五分程だよ』
神王機構の言葉を無視し、ジョンはエリステラへ声を掛けた。
「無事かい、エリス? ……無事だよね?」
少年はエリステラから返事が無いのを不安に思い、その身を案じ繰り返し問い掛け、エリステラの泣き声混じりの返事がジョンの耳に入って来た。
『……はい、無事です。ジョンさんの……お陰で……』
「──そうか、良かった! じゃあ早く行って、エリス。後で話そう。落ち着いた所でさ?」
ジョンの搭乗するセイヴァーへとフォモール達が歩を狭める。ルーク種からは巨矢が射られ続け、セイヴァーは走り回り、ガードナーの機体を狙う矢を銀色の腕で打ち払う。
『ジョン、判っているね? 君もセイヴァーもまだ完全ではない、無理は出来ないよ。それと、腰背部に私が構築しておいた騎剣を使うと良い』
(ああ、判ってる。うん、使わせて貰うよ)
迫って来た崩れかけのフォモールを蹴り飛ばし、少年は声に出さぬまま神王機構に答える。長銃を杖代わりにゆっくり起き上がるテスタメントを背に、セイヴァーは寄ってくるフォモール達を迎撃する。
セイヴァーの腰背部装甲の一部が浮き上がり、浮き上がった装甲全体が時計回りに回転、折り畳まれていたグリップが展開し右腰に伸び短剣状となる。その柄を右手で握り構えた腕の先で縦に三分割された剣身の中央部が切っ先側にスライド、柄元から剣身の中程までが鍔に沿って中央に動いて剣身が固定され一振りの騎剣となった。
『一撃離脱、最大威力の攻撃の後、即座に離脱するならば出来なくはないよ。どうする?』
(まだだ。あの娘達が逃げ切れてない)
ジョンは襲い来るフォモールを騎剣で切り払いながら、背後のエリステラへと叫んだ。
「早く行け、エリステラ・ミランダ=ガードナー!! 君はなんだ! 仮にもガードナー私設狩猟団SF部隊隊長だろう! 隊員を生かすのは隊長の義務だ! 早く行け!!」
口々に少年へと言葉を残し、撤退して行くエリステラ達を背に、ジョンはフォモール達に立ち向かう。ビショップ種が再生されない事だけは、ジョンにとっての好材料だった。既にセイヴァーの戦闘可能時間は極僅かとなっている。
「奥にいる奴、覚えておけ! 僕はジョン=ドゥ! この“SAVIOR・AGATERAM”を用いてフォモールを滅ぼすモノだ!!」
ジョンはベン・ブルベンを指差し、戦域全てに聞こえる音量で宣言した。
(神王機構、銀色の左腕を展開、やるぞ!!)
『離脱を考慮すると、最大威力は発揮出来ないけど、良いのかい? まず、ルーク種は生き残ると思うよ?』
(全体を薙ぎ払えるなら、それだけで良い)
フォモール達の直中で騎剣を手に舞い踊っていたセイヴァーが動きを止め、幾条もの金属帯で編まれていた銀色の左腕、その前腕が指先まで解けだした。間接部に嵌まっていた紅いクリスタル状の球体が直列に並び、解けた金属帯がその周囲に螺旋を描いた。
「斬り裂け、神王晃剣!!!」
ジョンは叫び声を上げ、セイヴァーの銀色の左腕から閃光が疾り、全長数十kmの光の刃を形成、戦場を薙ぎ払いフォモール達を一掃した。
ジョンは機体を教国へと向き直らせ、己が為した結果を見ずに真っ直ぐに走り去った。
その背後には、荒れ果てた荒野に蒸発した無数のフォモール達の残骸と、それでも傷だらけとなりながら、尚も唯一体生き残ったルーク種、ベン・ブルベンの姿が残されていた。身に纏っていたフォモール達を作り替えた武器や鎧は砕け、吹き飛び、一欠片すら残ってはいない。
『──王、否、偽王!! 嗚於嗚於嗚於ッ!』
ベン・ブルベンは荒野に咆哮し、数十体のナイト種を散らばった環境保全分子機械群から再構築、更にナイト種達が無数のポーン種を再構築しフォモールの軍勢が一瞬で再生された。
次回、8/19更新予定




