第63話 撤退戦7 意志のままに
「皆さん、急いで! さあ!」
その異形のフォモールを目にしながら、エリステラは気丈にも味方機に撤退を促した。自機の手にする長距離狙撃銃サンダーボルトを敵ルーク種、ベン・ブルベンの上下の人型と猪の頭を狙い機体を後退させつつ牽制の為、着弾の可否に構わず少女は狙撃を敢行する。しかし、ベン・ブルベンの無造作な腕の一振りに人型を狙った弾丸は弾かれ、猪の頭部を狙った弾丸はその頭部に食い込むも、いつの間にか装着されていた面覆いと鋼色の獣毛に阻まれ大した傷とはならなかった。
『我、飽人騎、勅屍鬼令殲滅』
ベン・ブルベンの人型の頭部がそう呟くと猪型の頭部が咆哮を上げ、今まさに地に倒れ、溶け崩れていた無数のフォモール達が欠損部位をそのまま、溶け崩れるままに、屍鬼の様に起き上がり始めた。顔の半分が砕けたポーン種が、右半身を喪失したナイト種が欠損部位の為か、のそのそと蠢きエリステラ達へ近付いてくる。
「レナっ! 胴体への攻撃は効果が薄そうです! 動きを止める様、四肢への攻撃を! ミックさん、わたし達の後ろに退路はまだ拓いていますか!?」
『はいっ! このっ、気持ち悪いのよ、あんた達ッ!』
エリステラから飛んだ指示にレナは咄嗟に従い、屍鬼となったフォモール達の蠢く四肢を大雑把に狙い回転する箱型銃身から無数の弾丸をばら撒いた。
『お嬢さん、やべえ! こっちでも死んだフォモール達が起き上がって来やがった! おいレナ、お前も後退しろ!! 『──ミック、操縦替わるよ、君の操縦じゃ逃げ切れない』ってえ、いきなり何しやがるアーニー!? 『お前は索敵してろ!』』
そうしたやり取りの後、アーネストに操られるミックのDSF、ヴァンガードの挙動が見違える程に良くなる。ヴァンガードの固定式脚部機動装輪が土煙を上げ、SFをディフォルメした意匠の機体が、背部排気口を展開、通常時は利用しないガスタービンの排気ジェットを噴射して猛スピードで駆ける。突然の急加速にミックは押し黙り、降り懸かる高Gに意識が遠くなっていき、夢現の中、少年はアーネストの声を聞いた気がした。
『──ミック、お前、ヴァンガードにこういう機能が在ったの知らなかっただろう? 覚えとけよ? 緊急脱出用にヴァンガードはガスタービンの排気ジェットでこうやって加速出来る……って、気絶しやがった。──ほら、ガードナーの嬢ちゃん達、今まではDSFに遠慮して、全開で走ってなかったんだろうが、燃料切れるまではこのまま行けるぜ? 遠慮は無用ださっさと逃げるぞ!』
突然のアーネストの剣幕にエリステラは首を傾げる。
「……あの、アーネストさん?」
『……誰よ、あんた? 変わりすぎでしょ!』
『──あ、この口調か? いつもは猫被ってんだよ、俺。んな事より、さっさと行くぞ!』
豹変したアーネストの口調に唖然としながら、エリステラとレナは彼の操るDSFを追い攻撃を停止、対峙したフォモールに背を向け機体背部の推進器を全開に、脚部機動装輪で疾走を始めた。フォモール達は蠢きながらエリステラ達の機体を追う。ルーク種は追う事さえせず、足を止めてエリステラ達を睨み付けている。エリステラ機は振り返り、フォモール達の奥を観測、ルーク種の様子に疑問を抱いた。
「何故でしょうか? ルーク種が追って来ませんね……」
『なら僥倖だろ! ほら、教国に急げ!』
『エリス、あんなの一匹くらいいなくても、他に気持ち悪いのが山ほど追って来ているじゃないの!』
ルーク種の行動に抱いた疑問にアーネストやレナの機体から通信が返り、エリステラは気を取り直し撤退に専念する。機体を前方に向き直したエリステラ機の隣では、レナ機がもう何度目かになるが、フォモールに向き直り鋼色の屍獣の四肢目掛け、複合型銃砲発射装置の回転式機関砲形態の高速で回転する銃口から弾丸を掃射した。けして少なくない数のフォモールが地を進む為の前肢を、脚を、腕を砕かれて地に倒れ込み、後続のフォモール達に踏み潰され消えていった。
屍鬼となったフォモール達に混じり、健常なフォモール達も多数存在している。それらがフォモール全体の速度を底上げし、更には屍鬼の中に頭部で喪失しつつも四肢を損なっていないモノも在り、全速力で進むエリステラ達の機体に追い縋ってくるのだった。どれだけ疾走して来ただろうか、少女達の視界に教国の高い都市外壁が写り始めた。
「見えました! 教国の都市外壁です!」
『よっしゃ、後一息だ! 最後まで気い抜くなよ!』
『あんた五月蝿い! 分かってんのよ、そんな事は!』
レナとアーネストの言い争う声を背に、エリステラは背後のフォモールに振り向いた。
直後、轟音の尾を引き巨大な矢が、エリステラ機の直ぐ右脇を疾り抜けた。
矢羽根に触れ、砕け散る自機の右腕に驚きながら、エリステラは矢が疾って来た方向に視線を投げた。遙か彼方に巨大な弓を構え残心する猪型のルーク種、ベン・ブルベンの姿を確かに捉えた。
『エリスっ!? ……それ!?』
「……わたし、気を緩めた覚えなんて、無いんですけれど……ね? レナッ!?」
それに気付いた瞬間、エリステラは咄嗟に機体を疾らせ、レナ機を突き飛ばした。次いで襲い来るであろう衝撃にエリステラはぎゅっと堅く瞳を閉じた。
(ごめんなさい、わたし……これが最期、ジョンさん……)
エリステラはただその時を待った。
……けれど、何時まで経っても機体を衝撃が襲うことなく、不思議に思ったエリステラはゆっくりと堅く閉じていた瞳を開いた。
それから最初に少女の目に入ったのは、幾条もの金属の帯で編まれた騎士甲冑を思わせる形状のSFサイズの銀色の腕、間接部や肩鎧には紅いクリスタル状の珠が嵌まっている。その左腕の繋がる先には、少女の見知るSFが在った。
『無事かい、エリス? ……無事だよね?』
聞き覚えのある少年の声が、少女の機体を通して聞こえた。エリステラは涙を溢れさせ、泣き声混じりに少年、ジョン=ドゥに応えた。
「……はい、無事です。ジョンさんの……お陰で……」
『──そうか、良かった! じゃあ早く行って、エリス。後で話そう。落ち着いた所でさ?』
救世者はその名の通り、その日、一人の少女の救世者となった。
初めて両腕の揃った姿を見せ、そのSFはフォモールの群に立ち塞がる。その背後、エリステラは狙撃銃を杖代わりにのそのそと機体を起き上がらせた。その間にもルーク種からは巨矢が打ち込まれ、フォモール達が包囲を狭めていく。その全てをセイヴァーはただの一機で防いでいた。
『早く行け、エリステラ・ミランダ=ガードナー!! 君はなんだ! 仮にもガードナー私設狩猟団SF部隊隊長だろう! 隊員を生かすのは隊長の義務だ! 早く行け!!』
少年の激に背を押され、エリステラは倒れたレナ機をアーネストの操るDSFと共に助け起こし、後わずかな教国へと続く道を走り始めた。
『お前も早く来いよ?』
「ジョンさん、ご無事で!!」
『無事に帰ってきなさいよ! このバカぁっ』
少女達はは少年の機体の背に言葉を残し、返事を待たずに走り去っていった。
振り返らずに進む、三機の背後では、凡そSFの戦闘音とは思えない轟音が鳴り響き、衝撃を伴って機体の背を打った。
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