第62話 撤退戦6 脅威、走る
南西に向け光り輝く流星の様な物体が地上を駆けていった。間を空けて轟音が轟き、アーネストはセルティクロスの掌の上、よろけながら耳を塞いだ。身を伏せる寸前、よろけながら見渡したアーネストの視線に写ったそれの内にはSFの姿が見えた。
縦に伸びた戦域からの撤退中、神殿騎士団はここまで進路を遮るフォモール達との戦闘はあれど、後方から追撃される事なく進んで来ていた。しかし、現状フォモール側の奥深くに残る教国側の部隊としてはアーネストのいる神殿騎士団の部隊は最大、遮るフォモールの数も必然的に多くなるのだった。
それまではアーネストをこの場まで連れて来た少女とルーク種ベン・ブルベンとの戦闘により抑えられていたが、先程の轟音により動きの鈍ったフォモール達が暫くして復帰し、後方のフォモール達がルーク種を先頭に、彼らを追跡を始めた。
アーネストはパイロットスーツに繋がったカラビナで整備用ハッチに身体を固定、団章型の通信機を使用した。
「こちらアーネスト=マイヤーだ。隊長騎各騎は私に情報をくれ、まだ付近に生き残った味方部隊は居ないか?」
回線を繋いだままにしていた隊長騎から返答が返った。
『副団長、御報告致します! 前方、フォモールの小規模集団の向こうに我らの神殿騎士団の分隊とガードナー私設狩猟団の混成部隊が存在するようです! 進行速度はそれなりですが孤立中の模様、味方騎が少ない為、我らより状況は悪いかと』
「そうか、では少しでも速度を上げ、その隊との合流を目指すぞ! 私を乗せているセルティクロスも出来るならば、私に構わず攻撃に加わってくれ」
アーネストの号令に全ての神殿騎士騎は現状適う限りに速度を上げ、アーネストは機体の左掌に移され、胸元に副団長を庇った神殿騎士騎は左腰から高周波振動騎剣を抜剣、立ち塞がるフォモール達へと斬り掛かった。文字通りにフォモールの群れを斬り分け、アーネストを載せたセルティクロスを中心に神殿騎士団が歩を進める。
両翼に分かれ索敵に専念する二騎の隊長騎、後方索敵を優先する一騎からアーネストに通信が入った。
『──ッ!? 副団長! 後方よりフォモールの大集団が接近! 先頭はあのルーク種と推測されます!』
「後方には構うな! 今は前へ、ひたすら前進を優先せよ! 前方の部隊との相対距離や状況に変化は?」
アーネストは自身に寄せられる情報に端的な指示を出す。更にもう一方の前方索敵を優先する隊長騎か通信が来た。
『副団長殿、失礼します! 前方の部隊に状況変化を確認! 彼らの前方を塞ぐフォモール群が短時間の内に消滅していきます! 先程、教国側から友軍SFの反応有り、どうした方法かは判りませんがフォモールの消滅はこの友軍機による物と推測されます! ……件の友軍機、前方の部隊との合流を果たした模様、こちらに向かい、方向転換しました!』
無数の弾丸がアーネスト達の進路を遮るフォモール達に雨霰と襲い掛かり、それに遅れて放たれた一発の砲弾が鋼色の獣の群れに炸裂し爆炎が広がり、神殿騎士団の前に道を拓いた。アーネストは通信機を握り締め驚きを隠して叫んだ。
「皆、駆け抜けろ! 神殿騎士団の諸君、繰り返す、友軍機の拓いた活路を真っ直ぐに駆けよ!」
神殿騎士団副団長の声に背を推され、神殿騎士騎は整然と隊列を保ち、フォモール達の溶け崩れる地面の上を通り抜け、異形の両腕をしたテスタメントの脇を駆け抜けて行った。
†
『ミック!! 擲弾弾倉の交換、急いで!!』
駆け抜けて行く神殿騎士団を横目に、レナは自機の後方でヴァンガードに乗る少年傭兵に“複合型銃砲発射装置”の後部弾倉の交換を急かした。その最中、神殿騎士騎の殿の左手から静かに人影が飛び移っていた。人影は更に近寄って来たDSFに飛び移る。
『ちったぁ、待てよ! 今、交換中……あいよ、完了した! って、アーニー!? おま、何やってんだ!?』
ミックの驚声が聞こえるか早いか、レナは“複合型銃砲発射装置”の三基が束ねられた箱型銃身を、急速で接近して来る巨鳥型フォモール達の鼻先を狙い適当に掃射、その間に近寄って来たフォモールの地上種に擲弾発射砲形態に変形させた砲口を向け擲弾を発射、一群を纏めて吹き飛ばした。先に撤退した筈のエリステラのテスタメントがレナ機の傍に戻って来る。
「ミックさん、予備弾倉の輸送をありがとうございます。助かりました。レナ、ミックさん二人共、わたし達も撤退ですよ!」
エリステラは声を掛けたミックから返事がなく首を傾げた。レナは“複合型銃砲発射装置”による射撃の手を止めず、視線も向けずにエリステラへと返答する。
『でも、エリス。……少しでも減らさないと』
「ですが、レナ、それは後退しながら撃つ事も出来るでしょう? このままでは、わたし達が孤立してしまいます。さあ、急いで撤退です」
『私もエリス君に賛成かな?『……何で勝手に答えてんだ、アーニー!?』』
ミック機の回線から聞き覚えのない声が聞こえ、ミックの呆れ声が響いた。
「あら、どちら様でしょうか? わたしはエリステラ・ミランダ=ガードナーと申します。非才ながらガードナー私設狩猟団SF部隊の隊長をさせていただいています」
『これはご丁寧に、私はアーネスト=マイヤー。トゥアハ・ディ・ダナーン主教国所属、神殿騎士団副団長の職を任ぜられています。こちらのミックの兄でもあります』
『神殿騎士団副団長って……え、亡くなったんじゃ無いの?』
射撃を続けるレナが漏らした声に、ミック機に同乗しているアーネストは苦笑を浮かべ言い訳した。
『まあ、私自身、死んだと思ったんだが、大鎌を装備したジョン君のセイヴァーに似たSFのパイロットに助けられてね。それから神殿騎士団と一緒に行動していたんだけど。先の神殿騎士騎とのすれ違い様に飛び移ったんだ」
「ほら、レナ! 色々気になる事をおっしゃる副団長さんも巻き込んでしまいますよ! 落ち着いて聞いた方が良いでしょう。行きましょう」
エリステラは副団長の言葉に、彼女自身とても気になる物を覚えながら、レナへ撤退を促す事に利用した。
『もう、分かったわよ! ミック、あんたの機体が先行しなさい。あたしとエリスの機体と違って何も武器無いんでしょ。あ、給弾装置の箱型弾倉とか全部の交換してからね』
言うが早いか、レナは“複合型銃砲発射装置”の銃口を未だ尽きないフォモールの群れに向け、銃身を回転式機関砲形態から擲弾発射砲形態に変形、長方形の断面をした三つの箱型銃身が外側に広がりつつ、それぞれが時計回りに九〇°回転し、銃身のシルエットが描く六角形の中心に大口径の砲口を形作った。次いで弾倉内に残る擲弾二発を連射した。
『アーニーそこ邪魔、急ぐぜ?』
「私もお手伝いしますね?」
エリステラはレナ機が攻撃出来ない隙を庇い、サンダーボルトで牽制射撃を行う。ミックはアーネストを押しどけると、ヴァンガードをレナ機に再度寄せ、後部の擲弾弾倉から交換、“複合型銃砲発射装置”の弾倉交換を終えると、撤退を開始した。レナ機、エリステラ機も機体をフォモールに向けたまま、脚部機動装輪の全速力で後ろ向きに疾走を始めた。
『……ちょっと、遅かったかも知れない』
ミック機のコクピットから、思わず溢れた様なアーネストの声が聞こえ、ルーク種、ベン・ブルベンが姿を現した。
次回、8/15更新予定




