第60話 撤退戦4 去り行く者、戻り来る者
彼の団長騎が倒れた時、神殿騎士団員達に激震が走ったのはどうしようもない事だった。しかし、地に貼り付けにされたセルティクロス・ディムナに留めを刺されたのを目にしても、動揺に動きを止めず、撤退戦を開始できたのは日々のたゆまぬ調練と団規の徹底の賜物だろうか。
そして、その場に一機のSFが粒子状物質の靄を纏い地上を浮揚し高速で接近、左腕に何かを抱えた為か、右腕のみで掲げた対SF用高周波振動大鎌を一閃、ルーク種ベン・ブルベンの人型の上半身、その背に生えた二門の砲の基部を切り裂き、その基部に貯えられていたビショップ種由来の液化爆薬が引火し、ルーク種の背に巨大な爆炎を上げた。
『偽王、再臨?』
「──私には、お前のようなモノに偽者扱いされる筋合いはありません。……切り刻みますよ?」
07、自称ジェーン=ドゥはルーク種に振り返り、手にした大鎌を突き付ける。腰背部の姿勢制御翼状装甲を本体に接続する可動伸縮肢から左右に分割展開、機体両側に広がり、格闘用機甲鉤爪へと変形させた。そのままルーク種に立ち向かうかと思われたが、07のCONFLICTは全身に靄を纏った機体を翻した。その背にベン・ブルベンの左腕の弩から放たれた短矢が襲い掛かるも、姿勢制御翼状装甲が被弾予想箇所を遮り、機体の纏う靄が装甲表面に集束、ルーク種の短矢を受け止め、無力化して地面に落とした。
「──所で貴方、流石に邪魔ですわ。要望の場所に届けたのです。さっさとお行きなさい。丁度良いです。──其処の神殿騎士騎、この者を連れて行きなさい」
啖呵を切った事を忘れた様に07は退避を始めた神殿騎士団騎の一体に追い縋り、左手の中に匿っていた人物を押し付け、ルーク種の下に舞い戻った。
「これで邪魔者はいなくなりました。さあ、私と踊って頂きましょうか? 幸いにもこの場にリソースは潤沢、私のコンフリクトは少々手強いですわよ?」
07は鎌刃に靄を纏わせベン・ブルベンに向かって振るい、粒子状物質の刃を飛ばした。
『我唖唖唖唖唖ァ』
それを物ともせずにルーク種は吼えながら突進、右腕の巨剣を真っ直ぐに突き、弩と融合した左腕を伸長させ、有り得ない角度からコンフリクトに短矢を撃ち込んだ。
上位存在に統率されたフォモール達は、指令塔であるルーク種の攻撃により自らが傷を負う事に構わずベン・ブルベンと争うコンフリクトに殺到した。
縋り付いてくる様々な姿のポーン種には、ベン・ブルベンの巨剣と打ち合わせながら、機体全身を回転させた大鎌で周囲を丸ごと、時折ナイト種も纏めて凪払い一掃する。フォモール達を屠る度、コンフリクトを包む靄状の膜が厚みを増し、高周波振動大鎌の刃が熱を伴い鋭さを増してゆく。とうとう、ビショップ種の特攻攻撃さえ、コンフリクトの装甲表面に一筋の疵を残す事さえ出来なくなっていた。“NAMELESS No.07”の機体は、ジョン=ドゥ、08の機体と同じく環境保全分子機械群体の最小構成体、分子機械群を、機能停止に陥った個体に限り、その支配権を簒奪し、一時的にであれSFの性能拡張と出力増幅に利用する機能を有している。それが救世者に存在した“魔王断章”であり、07の操る“対峙者”に搭載された──
「“Lot’s Spinel”私のSF、コンフリクトの姿勢制御翼状装甲の秘匿兵装を開放なさい」
──“Lot’s Spinel”だった。少女の命じるままに、SFコンフリクトの左右に分割展開された姿勢制御翼状装甲の機殻が更に展開、開放型砲身を有する二門の分子機械粒子集束砲が露わになった。コンフリクトが全身に纏った“Lot’s veil”というセイヴァーの魔王骸布と同様の粒子防御膜が二つの砲身に集束、膨大なエネルギーの息吹が吐き出され──ず、唐突にコンフリクトは機能を停止、戦女神薄絹の機能をそのままに、高密度分子機械粒子の反発効果で浮揚し、電磁加速された超高速で南西方向に射出された。
「いったい、何です!? 私のコンフリクトが、私のいう事を利かない!? そんな事!?」
いきなりの超加速の高Gに曝されるコンフリクトのコクピット内で混乱する07に突如、通信が開かれた。
『──07、我はお前が其処に向かう事を許した覚えはないぞ? 貴様の機体の制御は我が簒奪した。此方に戻るまでの間、その機体は障害物に構わず進む。勿論、この拠点が判らぬようにだがな。しばし、反省しろ……』
01による通信は始まりと同じく唐突に終わり、狭い空間に少女の苦しげな喘ぎのみが響いた。
†
『──な、何だお前は!? 待てっ!! なっ……これは、貴方は!?』
撤退戦の最中、背後から追って来た見知らぬSFに無理矢理に誰かを押し付けられ、その人物に視線を落とした神殿騎士団員は驚愕に息を呑んだ。その人物はパイロットスーツの団章に擬装された小型通信機にこれまた飾り紐に擬装されたケーブルを繋ぎ、セルティクロスの掌部の整備用ハッチを開放し端子の片方を整備基板に接続し直接回線でコクピット内に通信を繋げた。
「──私は神殿騎士団副団長のアーネスト=マイヤーだ。私には機体を操る君が誰かわからないが、先ほどのあの機体のパイロットに助けられてね。なんとか戻って来たんだが、……今は撤退中かな? 団長殿は御無事だろうか? SFの掌の中では何も見えなくてね」
『……副団長殿、団長閣下はもう……我等が手を出す間も無く……」
「──そうか、済まなかった。私があのルーク種に敗れた為でもあろうな」
アーネストは沈んだ表情を見せ、自身の頬を張ると意を決した様にコクピットの神殿騎士団員に告げた。
「君、済まないが神殿騎士団の全騎に私の通信を繋げたい。君の所属する隊長に連絡してくれ」
『はっ! 承知いたしました!』
神殿騎士団員はコクピット内に敬礼し、自らの所属する隊の隊長に通信を繋いだ。
『副団長殿、我が隊の隊長がお話ししたいと言っております』
「では繋げてくれ──私はトゥアハ・ディ・ダナーン主教国神殿騎士団副団長、アーネスト=マイヤーだ。貴方が此方の隊長か? 済まんが我が愛騎セルティクロス・オディナは大破、騎士団伝来の古代遺物武装、連結変形式双剣はあの猪ルークの顔面に置き去りにしてしまってな私の手元にはないぞ。──そのような疑念を抱くのは当然だ。では、私を本人と認めて貰えるだろうか? 私の師匠だと? 従騎士ハリス=ハリスンの他にはいない! そうか判って貰えたか、では貴方の権限でこのまま神殿騎士団の全騎に通信を繋いでくれ」
アーネストは、名も知れぬ隊長と繋げた通信機に敬礼していた。
『……どうだったでしょうか? 隊長はなんと?」
「ああ、判って貰えたよ」
アーネストはコクピットの団員に感謝を込めて頷き敬礼する。そして、隊長騎から全神殿騎士団騎への通信の準備が完了したと伝達された。
「──これより戦域に存在する全ての神殿騎士団員に通達する。私の名はアーネスト=マイヤー。諸君の知る通り、トゥアハ・ディ・ダナーン主教国、神殿騎士団副団長を任ぜられた者だ。……私の真贋を私が語る事は出来ない。私は自分が自分である事を疑った事など無いのでな。今、私は撤退中の僚機の掌の上からこの通信を送っている。私の敗北により、ルーク種ベン・ブルベンを始めとするフォモールの南侵を許してしまった。そして、団長さえも……だが、私はけして、このままにはしない! 我が親愛なる神殿騎士団の団員諸君! 今は耐え、撤退戦に注力せよ! だが、私は必ずやあのルーク種に、そして、フォモール共に報いを受けさせる。私一人では成し得ないだろう! だが、神殿騎士団団員の諸君! 貴方がたがいるならば、きっと成し得ると信じている。その為に諸君、今は教国に向かって前進せよ」
その声が響いた瞬間に、副団長を失い更には団長をも失ったと落胆し、失意の底力に居たその場の全ての神殿騎士団員の瞳に光が戻った。
次回、8/11更新予定




