第58話 撤退戦2 一助となる為に
レナは両腕を失った自身のテスタメントを転倒に気を付けつつ、教国の都市街壁と神殿騎士団本陣の中間点で待機している筈のガードナー私設狩猟団のSF搬送車と、その内部に詰めている整備班の連中を目指して、神殿騎士団の確保する退路を全速力で疾走している。しかし、全てのフォモールが抑えられる訳もなく、横合いからカナヘビ型の小さなポーン種一体がレナ機に襲いかかって来た。
「どいて……、邪魔だよ!」
レナは短く息を吐き出し、機体の疾走の勢いを殺さずに脚部を用いて回し蹴りを喰らわせて弾き飛ばし、ポーン種の末路も見ずにその場を駆け抜けて行く。
「──ベル兄が改修したアレをこっそり載せてた! アレが使えれば……待ってて、エリス!」
レナは決意を胸に秘め機体を走らせ、やがて、レナのテスタメントはフォモールの囲いを抜けた。
本陣を防衛する味方が見えた安堵に、少女が気を緩めた瞬間、飛来したカラス型のビショップ種が、少女の背後から体内で精製した液化爆薬を吹きかけた。
緊急接近警報に慌ててレナは機体を前方に投げ出して巨鳥の攻撃を避け、少女の機体が地面に転がる間に、ビショップ種を遮るようにレナ機の前に割り入った神殿騎士騎の一騎が、続けて放たれた液化爆薬を左手の丸盾を翳して防御、右腕の振るう鎖分銅に撃ち落とされ、カラス型は空中で爆砕した。鎖分銅ののた打つ鎖を小さな動作で完全に制御した神殿騎士騎はレナ機に振り返り、足元に倒れたSFを抱え起こした。
『貴殿はどちらの者か? 私は神殿騎士団所属、従騎士ハリス=ハリスン。失礼、その機体、テスタメントということはガードナー私設狩猟団の方か? ジョン君の所属している?』
セルティクロスから接触回線で直接送られた通信に、レナは驚きながら感謝を伝えた。
「あ、ありがとうございます。……え、ジョンの事、知っているんですか? あ、あたしはレナ=カヤハワ、ガードナー私設狩猟団のパイロットです」
『うん、あの子は私の家に泊まって居たからね。ほらどうぞ。行っていいよ。私の立つ此処より後ろには通さないさ』
ハリスンはレナ機の背を押し、フォモール達が時折姿を表す神殿騎士団の拓いた空間へ向き直った。
『何か有るならば手早く頼むよ。それまで、私はこの場を確保しておくからね』
言葉を交わす間も、従騎士の駆るセルティクロスの右手に掴む鎖分銅が縦横に宙を走り、飛び込んで来るフォモール達を撃破し続けている。
セルティクロスに背を押された勢いで、レナ機は数分で狩猟団のSF搬送車の元にたどり着いた。SF搬送車の扉が開き、ガードナー私設狩猟団の整備班の面々が飛び出して、レナのテスタメントに群がり、各自が馴れた動作でレナ機の割れた装甲に応急処置を施し始めた。数人は搬送車に戻り、レナ機に荷台の回転式懸架整備台を横付けする。
SF搬送車からの通信が繋がり、ベルティンの声がレナ機のコクピットに響いた。
『レナ、お嬢やジェスタはどうした!? それにお前、こりゃあ!?』
「ベル兄、説明してる暇無いの。応急処置お願い! 終わったら、あたしの機体にアレ付けて! ジョンが使ってたアレだよ。対人には威力が強すぎるって、親方に持ってくのを止められてた“複合型銃砲発射装置”!! 団本拠の出発前にベル兄が整備班の人達も使ってこっそり載せてたでしょ? 知ってるんだから! エリスとジェス姉、助けに行かなきゃ!』
レナの言葉に何も知らなかった整備班の班員達の視線がベルティンに集中する。
『かあ、何で知ってるんだ、オメエはよ! そんなの聞いちゃあ仕方ねえ! よし、お前等、あん時オレに一枚噛んだ奴らはレナの望み通り、“複合型銃砲発射装置”の取り付けだ! それ以外の奴らは装甲の応急処置を最優先な! 取付組、今回のレナ機は右腕に取り付ける。壊れた右腕は付け根からパージするぞ。レナ、お前は一旦機体から降りろ。序でに少しでも休んどけ! こっちの作業が終わるまでは、お前の仕事はねえ』
懸架整備台のクレーンアームがレナ機に伸び、機体を整備台に引き上げ、固定した。次いで、コクピットハッチが外部信号で強制開放され、コクピットを出たレナは下で待っていたベルティンの前に足を止めた。
「お言葉に甘えて、ちょっと休むね」
「おう、そう待たさねえよ。誰かが呼びに行かせる。それまでゆっくりしてろ。──二号車! そっちの荷台に“複合型銃砲発射装置”がパーツ分割して載ってる。砲身部と機関部、それから給弾装置の三つな。急いで搬送車回せ!」
ベルティンの声を背後に聞き流し、レナは搬送車の待機室に入ると備え付けのソファに身体を預けた。
†
エリステラはジェスタ機を回収した神殿騎士団の部隊への合流を目指していた。長距離狙撃銃サンダーボルトの銃身は折り畳み、杭状の二脚銃架も衝角形態として展開済だ。
「──こちらの方向の筈ですが、ジェスタさん、御無事だと良いのですけれど……」
エリステラはテスタメントの腰背部装甲となっていた折り畳み式騎剣を右手で抜き放ち、神殿騎士団と僚機の反応のある方向にランドローラーで疾走して行く。
既にサンダーボルトの残弾は装填済みの弾倉分しか残ってはいない故だった。
「──来ました?」
ヤマアラシ頭のナイト種がエリステラ機の右後方から躍り掛かって来た。少女は機体を右回転させ折り畳み式騎剣を一閃してナイト種を牽制、出会い頭の剣閃にバランスを崩し、地面に倒れたナイト種の肩に騎剣を地面まで突き通して固定し、その頭部を地面に向けた衝角で杭打ちした。程なくヤマアラシ頭のナイト種はその場に溶け崩れだした。
「強くない個体で助かりました。あら……あちらですか?」
エリステラの視界の先に銃火器のものと覚しき火線が走るのが映った。少女はそちらへ向けテスタメントを全速力で進ませる。
開けた空間に出たエリステラ機の視線上にフォモール達に牽制射撃を行う三騎のセルティクロスに囲まれたボロボロのテスタメントを見つけ、エリステラは急いで通信を繋げた。
「ジェスタさん、ご無事ですか!?」
『……あら、お嬢。さっき振り』
神殿騎士騎の一騎からエリステラ機に通信が繋がれた。
『ガードナー私設狩猟団の方ですか? 申し訳ないが、離脱の援護を要請します!』
「わたしはガードナー私設狩猟団SF部隊隊長、エリステラ・ミランダ=ガードナーです。了解しました。これよりそちらを援護します!」
間髪入れぬエリステラの返答に神殿騎士騎のパイロットは喜色に満ちた声を出した。
『おお、感謝します。ガードナー隊長殿!』
「ガードナーの隊の人員の救援の為です。こちらこそ感謝いたします」
『取り込み中悪いけど、お嬢、あっちが手薄みたい。この座標に射撃をお願いね?』
ジェスタ機から転送された地形データを自機に反映、狙撃座標を入力した。
「はい、ではただ今より退路を開きますね。神殿騎士の皆さんはわたしの狙撃後に退路の保持をお願いしますね!」
エリステラは折り畳み式騎剣を腰背部に戻し、サンダーボルトの銃身を展開、弾倉に残る全ての弾丸でフォモール達の作る壁を撃ち貫き、教国への退路を拓く。撃ち終えた少女は自身の機体でジェスタ機を抱え起こし、エリステラ機は自ら拓いた退路へと飛び込んで行く。去り際に神殿騎士団員へとエリステラは激を入れた。
「皆さん急いで行動を! 退避しますよ!」
余りにあっさりと退路を拓いたエリステラの行動に驚きの余りに動きを止めてしまっていた神殿騎士団員達は少女の声に促され、弾かれる様に動き始めた。
次回、8/7更新予定




