第5話 勇戦、或いは、自棄
“おうさまきた”
“おうさまきたね”
声にならない声で“彼等”は語り合う。
“ほんもの?”
“にせもの?”
“にせものおうさまきらい”
“ほんもの?”
“ほんものはおうさま”
“ためそうよ”
“ためそうか”
“おうさまつよい”
“しんじゃうのにせもの”
“でもおうさまいきものちがう”
“めがみさまおうさまうまれる?”
“おうさまうまれためがみさま?”
“おうさまみつけた”
“いたねおうさま”
“いたよおうさま”
“あそんでおうさま”
“ころしておうさま”
“こわしておうさま”
“おうさまみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたおうさま”
“おうさまあそぼ”
“あそぼおうさま”
“おうさまであそぼ”
†
出来るだけ彼等から離れよう、少年の頭にあったのは、ただ、それだけだった。
きっと自分はあの少女に大分感化されている、少年は機体を駆り立てながら、笑う。
1体以上の敵とやり合うのは初めて、か、少年は心ににじみ出る不安を無視した。
レーダーの反応が示していたもの、巨木の森、木々の間を視線の先を埋め尽くして、一〇〇では利かない数のフォモール・ポーン種が蠢いていた。二〇どころの話ではなかった。
少年は剣を手に、大群へと突撃。
敵は片腕の機体、左側の死角を狙い殺到する獣達。
少年は機体を回し躍らせる。
木々を盾にフォモールに多対一をさせず、少年は闘う。
当たるに任せて剣が振るわれ、木々の間を機体が跳ぶ。
地面は直ぐに溶け崩れたフォモールでドロドロになった。
森の中を跳弾のように機体が跳ね回り、跳ねるごとに魔獣が砕けた。
しかし、数えるのも馬鹿らしい数のフォモールを叩いたとき、ついに少年の剣が折れた。
すでに機体自体、損傷パラメータは赤だらけになっている。
そこへ虎型のフォモールが飛びかかって来た。
剣先の飛んだ折り畳み式騎剣を額に叩きつけられ虎型が沈むと、砕け散った剣はその役目を終えた。
ついに、機体に武装は何もなくなり、それでも格闘で数体のフォモールを沈めると、唐突にマニュピレータが動かなくなった。
ウサギ型フォモールが自機の右肩にかじりついていた。
それを真似するように、小動物型フォモールが何頭も、一斉に少年の機体にまとわりついた。
少年は終わりを悟る。
「……あの子、逃げられたかな」
妙に晴れ晴れしさを感じながら、少年は呟いた。
クマ型フォモールが彼の機体の眼前でその腕を振りかぶり、それが振り下ろされた瞬間、彼方から撃ち込まれた弾丸がクマ型フォモールを腕ごと砕き飛ばした。
『──大丈夫ですか!? 今すぐ、助けます!』
少女の声が通信機から飛び出し、同時に少年の機体にまとわりついていた小動物型のフォモールに銃弾が次々と撃ち込まれ、地面へと剥がれ落ちて行った。
少女の駆る緑色の機体が、硝煙を揚げる突撃銃を構え、脚部機動装輪で飛び出して来た。
他の3機もそれぞれの装備を手に、エリステラの後から続いて、フォモールの群へ攻撃を仕掛けている。
「──どうせなら、逃げて欲しかったかな。……カッコ悪いね、僕は」
少年は機体の中、エリステラへ呟いた。
『あなたが生きている方が、わたしは嬉しいですよ』
優しく笑い、少女は答える。
「そういや君、射撃が上手いんだね。驚いたよ」
死を覚悟していたとは思えない態度で、少年はエリステラへ称賛を送った。
『──おまえ馬鹿だな? 馬鹿だろう』
通信機から続いて感心したようなダンの声が流れ、ジェスタの、レナの声が続いた。
『今時、自己犠牲は無いわね。……そういう馬鹿は死んじゃダメよ』
『あんた、馬鹿じゃないの!! 何考えてんのよ!』
概ね罵倒だが、何故か少年は嬉しかった。
4機のSFの登場により、瞬く間に残りのフォモール達が駆逐された。
「皆さん、申し訳ないね。序でにもう一仕事お願いするよ。僕の機体、動かなくなったみたい、運んでおくれ」
『はいっ、分かりました』
何故か嬉しげにエリステラは答え。
『『『アホかっ』』』
他3人の声は綺麗に揃った。
†
“ざんねんおうさま”
“おうさまざんねん”
“ばいばいおうさま”
“おうさまばいばい”
“おうさままたね”
“またねおうさま”
“またあそぼ”
†
結局、あの後も現状の出来うる限りを試してみたが、少年の機体は動くことなく、狩猟団の四機のSFに代わる代わる牽引されていた。
「こうして通信機は生きてるから、ジェネレータも死んでないよね。ダメージの受け過ぎかな? 大破判定されてもおかしくないし。一体、何なのだろう?」
少年は、今、牽引役の機体を操っているパイロットへと接触回線により声を掛けた。
『あんたねぇ、少しは黙ってられないの? 結構、こういう作業は気を使うんだから、黙ってなさいよ。あんたの機体でしょ!』
今の時間の牽引役、レナ=カヤハワは慣れないSFによる牽引作業の最中に少年の能天気な声を聞かされて、爆発した。
ガードナー私設狩猟団の面々は、三十分交代で少年の機体を牽引していた。
そうしないと、何処ぞのお嬢が一人でやってしまいそうだったのだ。
専用車も機材も無く、片腕の機体をもう一機のSFが背負うような形での牽引作業は、見た目や字面と違いクッションが有るわけでは無く、機体同士が当たれば大事故なので、途方もなく神経を使い、また、間道もない森の奥が出発点だった事もあり、ただ機体を走らせるのとは比べられないほどの時間がかかった。
あれから数時間が経ち、一行は既に大陸樹幹街道に入り、樹林都市方面へと進んでいる。
ダンが整備班と連絡を取り、SF搬送車を一台、こちらへ回す様に手配していた。
巨木の森を途切れさせ拓かれた片側六車線はある、夕陽に照らされる大きな街道と、そこを行き交う車両やSFの群を見た少年のはしゃぎようは、まるで幼い子供のそれで、誰彼と構わず通信し、五月蠅いほどだった。
一応、少年も気を配ったのか、その時々の牽引役のパイロットが犠牲者だったが。
空には、既に星が瞬いていた。
薄暗くなった今頃は、街道を行く車両やSFの姿はまばらで、森林警備の部隊以外はフォモールに暗がりで襲われるのを避け、すっかり捌けて居なくなっている。
連絡ではそろそろ、SF搬送車との合流点になる地点だ。
レナの剣幕など少年は気にもせず、少女へ話しかけ続ける。
「そう言われても、僕にとっては見るもの聞くもの、全てが新鮮なんだ。少しは容赦してよ。
それに今、言っていたのは、僕の機体の事じゃないか。そんなにおかしなことは言っていないよね?」
『おかしいとか、おかしくないとかじゃないの! 今、あたしに話しかけるなってのよ! あんたの機体、残った腕に関節一つ増やされたいの?』
少年が声を掛ける事自体が気に食わないのか、レナががなる様に少年へ返す。
「それは勘弁してよ。エリステラちゃん、ちょっと良いかな?」
レナへと繋げたまま、少年は現状、唯一自分の味方であろう少女への回線を開いた。
『どうかしましたか、その子と少しは仲良くなれました?』
画面の中、殿を勤めるエリステラが首を傾げている。
彼女の射撃能力から、大抵、基本的にそこが隊でのエリステラの定位置らしい。
「僕の方は歩み寄っているつもりけれど、彼女の方がね……。君からも何とか言ってくれないかな? 冗談言うと怒るし、というか、声掛けるだけで怒るよ。どうなってるの彼女?」
『あらま、しようがないですね。レナ、お疲れですか? わたしと役割を交代しますか? キャンプからの迎えのSF搬送車も見えてきましたし』
少年の言葉に促され、エリステラはレナへの回線を開き、訊ねた。
薄闇越しの少女の機体が指差した方向から、ライトを点灯した大型の車両が一台こちらへやってきている。
『なんで、お嬢にまで通信入れてんのよ。エリス、あそこまでは、あたしがやるわよ。あんたも、いちいちお嬢を巻き込むな』
『変ですね。いつもレナは、わたしとよく、こうしておしゃべりしてるじゃないですか? 何か作業をしていてもですよ。本当にどうしたのです?』
画面の向こうで、頬に手を当て首を傾げたエリステラが不思議そうにレナへ訊ねた。
『……だって、エリス今日はこいつの相手ばっかりで、あたしとあまりおしゃべりしてくれなかった。──今日はそういう気分だったの。ゴメンね』
前半は蚊の囁くような小声で、レナはエリステラへ答え、謝った。
『わたしに謝る事ではないですよ、レナ。でも、彼には謝るべきではないかしら? おかしな子ですけど、怒鳴らなくても彼は聞いてくれますよ、きっと』
『うん……、あんたにも謝るわ。ごめんなさい』
「別に謝られることでもないよ。もう少し、態度を軟化してくれれば、それでいいさ」
少年は笑顔で言い、レナだけに聞こえるように通信を絞り続けた。
「……焼き餅か」
少年に図星を刺され、真っ赤な顔でレナは怒鳴った。
『悪かったわね! 友達のエリスが大好きで!』
エリステラは突然そんなことを怒鳴ったレナへ、不思議そうに微笑んで返した。
『わたしもレナが大好きですよ!』