第56話 フォモール南侵8 少女、意志を込めて
機体の各部が軋み悲鳴をあげる音が遮音されたコクピット内のジェスタの耳に届いた。
『ちいっ!』
赤く警告表示の示す機体の状況にジェスタは眉をしかめ、レーダーに映る後方のレナの動きを注視する。ベン・ブルベンは己から意識を逸らしたジェスタに急速接近し、両手で握る斧槍を掬い上げる様に叩き込んだ。
『汝、散意致死』
ベン・ブルベンの言葉を意識の外に置いて無視、ジェスタは回避に専念する。意を決して掬い上げの斧刃を飛び越え、しかし、斧刃はジェスタ機の胸部を掠め、先に受けていた傷痕と交差して機体前面に大きな×の字を刻み込む。
ジェスタは冷静に返す鶴嘴に備え、バックステップして距離を取り、その回避行動に併せて、ルーク種の持つ斧槍の長柄に突撃銃の銃剣を振り下ろした。
冗談のように、高周波振動する刃はいとも容易く巨大な斧刃を斬り飛ばした。余りに呆気なく手応えすらも無くルーク種の斧槍が断ち折れた事にジェスタは気を取られ、その場で一瞬機体を停止させてしまう。
ベン・ブルベンはその機を逃さず中途で断たれた斧槍の柄を、ジェスタ機を狙い真っ直ぐに突き込んだ。
『我、勝利!! ──ッ!?』
『……戻れって言ったじゃないの。馬鹿な娘ね』
ジェスタ機を背部まで貫通させる筈の柄は、割り込んだレナ機の振るった二本の回転式機械鞭に弾かれて、更にその長さを減じていた。
「──やらせない! ダン隊長の時みたいに何も出来ないのは、あたし、もうやだよ!」
レナは回転式機械鞭を猪の頭に突き入れる。ベン・ブルベンの猪頭はそれを嫌がり、跳び退いてレナとジェスタから距離を取った。
『敵手増援、我歓喜!!』
ベン・ブルベンは歓声を上げ、広大な円上の決闘場を覆う壁となっているフォモール達から一体、ハイエナ頭のナイト種が猪型のルーク種に駆け寄って来て。ベン・ブルベンはナイト種の頭部に短くなった柄を叩き込みハイエナ頭は息絶え、その途端、脱力したハイエナ頭の身体がベン・ブルベンの柄を軸に棒状に捻れ、歪な螺旋状の突撃槍へと変化した。
レナは傷だらけのジェスタ機を心配し、青年に粗い口調で退避を勧めた。
「もう、ジェス姉! 速く退避して!」
『いやいや、レナ、二人でやらないと各個撃破されるだけよ? 元気なレナの機体に牽制して貰いたいけど、今までアイツの相手してきたのワタシだからね。ワタシが牽制するから、レナはアイツが隙を見せたら攻撃しなさい! アイツの背中から生えてる触手には気を付けるのよ!』
「ええっ! なんで、触手なんて生えてるのよ! あ、こら、ジェス姉!」
ジェスタは通信機を通して、レナにそれまでのベン・ブルベンとの戦闘での警戒すべき点を告げ、ルーク種目掛け機体を疾走させた。脇を通り抜けたジェスタ機を追い、レナは自身の機体を走らせた。
ベン・ブルベンは新たな得物を構え、下半身の猪の頭は牙の伸びた顎をしゃくり、その姿の表すままにジェスタとレナを狙い猛進を始めた。
ジェスタは一つ覚えに突っ込んで来るベン・ブルベンと同じ様に突っ込んだ。それを追うレナは視覚情報とジェスタ機の出した合図に従い、機体を横に跳ばせてルーク種の槍撃を回避させた。
『もう一撃来る! 避けろ、レナ!』
視界の先で更に外に跳ぶジェスタ機からの通信に、レナは機体の足が地に着くとそのまま無意識に跳び退き。少女の機体の鼻先を歪な穂先が横薙ぎに一閃し空を走った。レナは眼前に走るルーク種の穂先に回転式機械鞭の一撃を打ち下ろし弾き飛ばして、ぼろぼろな僚機へと視線を走らせたこと
「ジェス姉、無事!」
『大丈夫よ、レナ。アナタも無事よね?』
「あたしも無事だよ、ジェス姉のお陰!」
『だけど、レナ。ワタシの後を付いて来ないのよ? 同じ攻撃線上に並ばないでね』
ぼろぼろなテスタメントは脚部機動装輪で地を駆け出し、ルーク種に接近し始めた。レナは自身の機体をジェスタ機から離し、ほぼ正反対の方向からルーク種に走らせた。
ルーク種、ベン・ブルベンはほぼ無傷のレナ機を無視し、傷だらけのジェスタ機に注意を払っている。不意に猪型のルーク種は左手を空に伸ばす。一羽の隼型のビショップ種が、その掌を目掛けて飛来し、ベン・ブルベンに握り殺された。突撃槍に変化したナイト種と同じ様にベン・ブルベンの掌の中でビショップ種の死骸が折れ曲がり捻れて弓部に隼の尾羽根の生えた原始的な弩に変わり、弓に付いた尾羽根の一本が短矢に変形し独りでに番られた。
ベン・ブルベンはジェスタ機に吶喊、レナ機はルーク種を追い、不意に振り返ったベン・ブルベンの上半身がレナ機に向かって弩を放ち、飛来した短矢をレナ機は冷静に避けるが、テスタメントの脇を過ぎる前に短矢は炸裂した。
至近で発生した爆発にレナはコクピットに悲鳴を上げ、機体を傷付けられ吹き飛ばされた。
「嘘っ、きゃあああっ!」
『レナッ!? ──ぐうっ!!』
ジェスタが爆発を受けたレナ機にまたも気を取られた瞬間、ベン・ブルベンは突撃槍を前方に構え、馬上騎士のように突撃する。ジェスタは咄嗟に回避を試みるが、ルーク種に放たれた短矢に回避方向を限定され、ベン・ブルベンの突撃を突撃銃を装備した右腕を犠牲にして回避した。そこへ遅れて短矢の爆発が襲い掛かり、ジェスタ機は爆発の撒き散らした衝撃波に地面を転がされ、傷付きぼろぼろの装甲の破片を辺りに散らばらす。軋む音を上げ、機体を起き上がらせたレナはジェスタ機の惨状に悲鳴を上げた。
「ジェス姉!? ……やだ、やだよ……ジェス姉っ!!」
しばらくして、最早見る影もないジェスタ機からレナ機に通信が返った。
『……ってぇ!! ──うるさいよ……レナ』
「無事なの、ジェス姉っ!!」
『無事……では無いな? ……死んで無いだけだ、こりゃ。──レナっ、呆けるなっ! 奴がそっちに向かった!』
「っ!!」
ベン・ブルベンは死に体のジェスタ機を無視すると、突撃槍を構えレナ機へ向かい駆け出した。
レナは左手の回転式機械鞭を腰の接続端子に懸架、腰背部から短機関銃を取り、ルーク種に向け銃爪を弾いた。しかし、構えた短機関銃から弾丸が放たれる事無く、レナ機の手の中で爆発する。その間に迫ったベン・ブルベンの突撃槍がレナ機に残る右腕を抉り、斬り飛ばした。
「嘘っ、なんでよ!? ──こんな所で……ごめんエリス、ごめんジェス姉……」
『レナっ、早く逃げろっ!!』
ジェスタが叫ぶ間にも、ベン・ブルベンは弩をレナ機の胸部中心に向ける。
短矢がレナ機に放たれ様とした瞬間、彼方から撃ち込まれた弾丸がベン・ブルベンの左手の弩を貫き、ルーク種の手の中でビショップ種の弩は爆発し、続けて撃ち込まれた弾丸がベン・ブルベン右腕を引き千切り、レナの窮地を救ってのけた。
『わたしの大切な狩猟団の仲間を、失わせはしません!!』
猪型のルーク種が弾丸の飛来した方向に 視線を送ると、そこにはガードナー私設狩猟団SF部隊隊長、エリステラ・ミランダ=ガードナーが硝煙を上げる専用長距離狙撃銃、“雷霆”を構え、少女の機体の後方には神殿騎士団団長騎セルティクロス・ディムナが大盾と変型式機械弓を構えて立ち、十数騎のセルティクロスと数騎の神殿騎士団隊長騎セルティクロス・フィアナがそれぞれの武装を巨体の猪型ルーク種へ向けていた。
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