第55話 フォモール南侵7 ジェスタの戦い
ガードナー私設狩猟団所属のSFパイロット、ジェスタ=ハロウィンは鋼色の獣の屯する巷を自身の繰るスカウト・フレーム、テスタメントの脚部機動装輪が出せる最高速で突き抜ける。
愛用する片刃の高周波振動騎剣を銃剣として装着した突撃銃を横薙ぎに振るい、その刃の切れ味を以て自機の進路を遮るフォモール数匹を纏めて斬り捨て、左手の散弾銃から放つ散弾でそこから数歩先のフォモール達を吹き飛ばした。
「……よっと、……甘いぜ?」
背後から音も無く忍び寄り襲い掛かって来たナイト種を、ジェスタはその場で機体を回転させ突撃銃の銃剣で胴体を上下に両断、そのままもう一周させて鋼色の獣人種に向き直り、蠢く上半身で奇声を発する頭部に銃弾を叩き込んだ。溶け崩れ始めたナイト種をそのままに、ジェスタは更に機体を走らせる。そして、更に進んだその先で、風を纏って飛ぶ巨大な斧槍がジェスタの周囲のフォモールを纏めて引き裂き、彼の機体に襲い掛かった。
ジェスタは機体を跳び退かせながら散弾銃を連射、散弾の衝撃が飛翔体の軌道を僅かに変え、ジェスタ機の胸部装甲表面に爪痕を刻むも地面に突き立ち、青年は生き残った。
斧槍の飛んできた方向では 幾多のフォモールがなぎ倒され、真っ直ぐな道が拓かれていた。そちらへ青年が視線を向けた先から、地響きを伴って何か巨大な影が地を駆け走り寄って来る。
「……なんだ!?」
警戒し注視する青年の目の前を通り越し、それは地面に刺さった巨大な斧槍の柄に手を伸ばし、深く地面に噛み付いた斧刃を軽々と抜き放ち、ソレはジェスタ機に向き直り、青年に斧槍を突き付けて名乗りを上げた。
『我、環境保全分子機械群体、中位戦闘個体ベン・ブルベン也!!』
「あらー、酷いのが来たわね……。しかも、本当に喋ってやがる」
ジェスタはそれが姿を表し斧槍を自身に向けた瞬間に、周囲のフォモール達の様子が変化したのを実感していた。
ベン・ブルベンと名乗ったルーク種以外、ポーン種をはじめとする全てのフォモール達がジェスタ機を無視し始めたのだった。
ジェスタ機とベン・ブルベンを中心に残し、フォモール達が走り去り広大な円形の空間が生まれた。
『我、求決闘!!』
「いやいや、決闘なんてワタシじゃ力不足だって! けど、ガードナーの子達の為には気張らないとかな!」
ベン・ブルベンはジェスタの返答などに構わず、斧槍を構えジェスタのテスタメントを目掛けて駆け出した。
「問答無用なのね! ──神殿騎士団の副団長って、こんなのとどうやり合ったのよ!!」
ベン・ブルベンの下半身を担う巨猪の猛進に、ジェスタは展開したままの自機のランドローラーを急速で駆動させ、巨大な斧槍の斧刃から自機を逃れさせた。猪型故か、猛進中の方向転換が苦手なのか、ジェスタ機の位置から大きく通り越して地面を滑り制動を掛けて停止、ゆっくりと向き直った。
『逃避、非推奨!』
「避けるなって!? 馬鹿な事言わないでよ! こっちはそんなの当たったら、一撃で終わりなのよ?」
理不尽なベン・ブルベンの言葉に青年は肩を竦めて軽口を叩くように返した。距離が稼げたことでジェスタは対峙するベン・ブルベンの姿を改めてじっくりと眺めた。ルーク種の身体には、下半身の猪型、上半身の鎧を纏った人型に拘わらず幾つもの傷痕が刻まれていた。
中でも一番目を引くのは、猪を模した兜を被る人型の頭部に突き立てられた二振りの剣だろうか、顎から脳天向かって刺さる一振り、それに交差する様に頬覆いの上から目の下を貫くもう一振り、他にもベン・ブルベンの人型の背中に生える無数の触手状の副腕はその内の数本が中途から断たれ、完全なそれには生える鋭い爪が無くなっている。
ジェスタはそれを見て、目の前のルーク種を相手に初見でそれをなした神殿騎士団副団長に心から感心した。
「すっげえな、アーネストって副団長! ──って、いやいや、感心してる場合じゃないわね。今はワタシの番な訳だし」
動きを止めたジェスタ機目掛けてベン・ブルベンは再度、その手の巨大な斧槍を投擲した。ベン・ブルベンは投擲した斧槍を追い掛け、青年は慌てて回避、斧槍の射線上から大きく飛び退いた。
「打ち合わせられれば、まだどうにか出来そうなんだけどね?」
ベン・ブルベンは飛翔する斧槍に追い付き、空中に回転する長柄を危険を省みずに掴みその勢いのまま振り抜いた。青年は自機を敵に向けたまま、最高速で後退させ散弾銃を放つ。
「あんなのと打ち合ったら、折れるわね! この高周波振動騎剣お気に入りなんだから!」
青年が言う間に、翻り戻って来たベン・ブルベンの斧槍の斧刃の反対側に生える鶴嘴が後退するジェスタ機が構えたままの散弾銃を引っ掛けて砕いた。
咄嗟に腕を引いていた為、ジェスタ機自体に被害は無かったが、近距離での打撃力に優れる散弾銃を失った事は酷い痛手だった。
「マズッ、まあ、生き残るのを優先ね。無理しててもワタシは死ぬ気は無いし」
ジェスタはテスタメントに突撃銃を両手に構え直させた。積極的な攻撃にも移らず、避けてばかりのジェスタにベン・ブルベンは激昂し斧槍で地面を砕いて叫んだ。
『我、貴様撃滅!」
「いやん、本気は出しちゃダメェ!! ──っと、馬鹿にすんのはここまでだな!」
ベン・ブルベンの声にジェスタは引きつった笑みを浮かべ、それまで以上に戦闘に集中した。ベン・ブルベンは何とかの一つ覚えか斧槍を前方に突き出して構え、ジェスタ機に吶喊を始めた。対するジェスタは吶喊して来る巨体を前に機体を静止、両手で掴んだ銃剣付突撃銃を剣の様に正眼に構え迎え撃った。
「──まだ、死ねねぇんだよ!! ……彼奴等を、ダンから任されてんだからな!!」
吶喊の勢いで突き込まれる斧槍の穂先を滑る様な動きで回避、脇を抜けて行く巨緒の脚を狙って銃剣を振り抜き、ジェスタは機体を前方に疾走させた。
機体から感じた僅かな手応えに、ジェスタは顔をしかめ、背後のルーク種に向き直り、手の中の突撃銃を構えなおした。そして、ジェスタは始めて自分からベン・ブルベンへ機体を疾走らせた。
『汝、闘志、我、歓喜也!!』
ベン・ブルベンは嬉しげに咆哮し、自らに向かい疾走して来るSFに巨体を走らせた。走り始めたベン・ブルベンは己が前肢に微かな違和を憶え、だがそれを無視しジェスタに斧槍を叩き込んだ。
闘争に本能を刺激されたベン・ブルベンは縦横無尽に決闘場を駆け回り、自らより小さな機械人形を滅ぼす為に時に副腕の刺突を織り交ぜ、斧槍を振り回した。
ジェスタは自機を疾走させ、跳躍させ、時には停止し、恐るべきルーク種の巻き起こす滅びの轟風をやり過ごし、躱し、去なした。
至近距離での刃の応酬にジェスタの機体は無傷とは行かず。致命傷を避ける為に幾つもの小さな傷痕が機体装甲に刻みつけられていた。
ジェスタは仕切り直しの為、ベン・ブルベンと距離を取り、教国側に機体の背を向けた。その時、無数のフォモールの身体が作る壁を突き抜けて、レナの機体が決闘場に飛び込んで来た。
ルーク種を視界に納め呆然としているレナに向かい、ジェスタは思わず叫んだ。
「──来るなっ! さっさと戻れっ!!」
『──え、ジェス姉!?」
戸惑いを見せるレナをその場に残し、ジェスタは機体を前方に疾走させた。
ベン・ブルベンはジェスタの機体のみしか視界に入っていないのか、ただ彼のSFを討つために巨体を躍らせた。
次回更新、8/1予定