第54話 フォモール南侵6 その先に待つモノ
憂国志士団を名乗るフィル・ボルグ部隊の登場で、最初に被害にあったのは位置関係からガードナー私設狩猟団を含む、左翼陣を構成する部隊だった。ガードナーの担当区域にはまだ距離はあるが、最外辺に配置された他の狩猟団には被害が出始めていた。
中央の神殿騎士団団長騎から爆薬の封入された飛翔体が飛び、憂国志士団の展開する鼻先に炸裂し、大層な御題目を掲げた割には練度が低いのか爆発を前に動けずにいる。
『ちょっと何よ! 空気読みなさい! 馬鹿じゃないの!!』
エリステラの耳にレナの叫び声が飛び込んで来た。正直な所、人員の少ないガードナー私設狩猟団にはフォモール相手で手一杯、憂国志士団の相手をする余裕などなかった。
『皆さん、フォモールを優先して下さい! あのお馬鹿さん達は私が警戒します。蝶型相手に狙撃出来なくなりますが、気を付けて下さい! わたしが退避を勧告した時は速やかに行動を!』
エリステラは隊長仕様に電子戦装備を換装されている自機のレーダーを最大レンジで稼働させ、フィル・ボルグの走狗をフォモールの序でに観測を始めた。
「お嬢、無理はなしよ? ──所で、ミック君、君はお嬢のカバーに行って!」
群がり跳び掛かってくる数匹のポーン種を左手の散弾銃の射撃で纏めて吹き飛ばし、生き残った物には高周波振動騎剣で留めを差し、ジェスタはミックに叫んだ。
『はあっ、ジェスタの姐さん、あんたなに考えてやがる! フォモールだってこんなにいるんだぜ。無理だって』
ジェスタは散弾銃をフォモール相手に発砲、フォモールとの距離を空け、高周波振動騎剣を地面に突き立てると腰背部から突撃銃を手に取り、散弾銃を腰の接続端子に一旦留め、地面に突き立てた騎剣の柄を折り畳み、突撃銃の銃身下部に接続、銃剣として、腰に留めた散弾銃を残る手に構えた。
「──餓鬼がウダウダ言ってんじゃねえ! さっさと行け!」
ジェスタは銃剣付突撃銃から銃弾をミックのヴァンガードの至近に放ち恫喝した。
『ひゃっ、ジェスタの姐さん、いきなりなにすんだよ。……分かった、分かったから、お嬢さんの方に行くよ!』
ミックは退きエリステラの所へ向かう。ジェスタはそれを後目にテスタメントの脚部機動装輪を起動、最高速でフォモールへ突撃した。
「あんな子がいたら無理できないじゃないの! はい、そこっ。俺を抜けると思うなよ?」
ジェスタはコクピットに一人呟き、脇を抜けようとしたポーン種を切り捨て、周囲を埋め尽くすフォモールへ、手にした武装で散弾を、斬撃と同時の射撃を当たるに任せ、一切足を止める事なく撒き散らした。その最中ジェスタの行動に気付いたエリステラから通信が飛び込む。
『ジェスタさん! 何をしているのです!?』
「無理してるわよ? ……やらないとどうにも出来ないもの!!」
周囲への攻撃の手を止めず、エリステラに返したジェスタはスッと機体を後方に跳ばせて、ビショップ種の突撃を避け、地面で起きた爆炎を隠れ蓑に散弾銃の弾倉を交換し、早々に目隠しにした爆炎に弾丸を放ち、炎を飛び越えたポーン種を銃剣で切り裂いた。
†
エリステラはジェスタの返答に、そして、そうせざるを得ない現状に歯噛みする。ジェスタは通信機を停止させたか応答がなくなり、自らの下した指示に従う親友と、ジェスタに追いやられた雑務傭兵の少年にエリステラは改めて指示を出した。
「レナ、ミックさん、隊を分けます! レナ、危険ですがジェスタさんの援護を! ミックさんはわたしと共に来てください! あのお馬鹿さん達を先に潰します!」
言うが速いかエリステラは南西に向き直り、機体のランドローラーを起動、疾走を始めた。
ワタワタとミックが後を付いて来るのをレーダーで確認、エリステラは疾走状態のまま、長距離狙撃銃サンダーボルトを照準、憂国志士団の先頭に立つSFを狙い、最早、相手の生死に何ら頓着せずエリステラは狙撃した。
通常、走行中の狙撃など命中する筈も無い、筈だった。
エリステラの覗く照星の向こうでフィル・ボルグのSFが吹き飛んで後方の機体を巻き込み爆砕した。それはパイロットの生存が絶望的な爆発だった。エリステラのテスタメントはサンダーボルトのコッキングレバーを操作、次弾を装填する。
「ジェスタさんが生き残れなかったら、わたしを許しません……。
──ですが、あなた方の事はもっと赦しはしません!」
エリステラは誰に聞かせるでなく呟き、唐突な味方機の爆砕に右往左往している憂国志士団の機体群、その複数が射線上に重なる様に左翼の味方機の陰に紛れて位置取りし、機体を制止、少女は自が放つ、無慈悲な弾丸で愚か者を纏めて断罪した。
サンダーボルトのマズルブレーキがV字の炎を噴く度に、憂国志士団の機体の二機から三機が同じ弾丸に貫かれ、サンダーボルトの弾倉が空になる六発目が撃たれると、その時には憂国志士団はほぼ壊滅していた。
後に残った少数の憂国志士団は恐怖に駆られ、千々に分かれ、戦場に背を向けて逃げ出した。
エリステラは逃げる機体に銃口を向けたまま弾倉を交換、コッキングレバーを引き、銃爪に指を添えた。
『其処までだ、お嬢さん!! 逃げるなら逃がせよ! あっちの方が先だろ!?』
ミックの声に制止されたエリステラは銃口を逸らし、ミックの機体に視線を向けた。
ミックの機体の周囲には、空の薬莢がばら撒かれ、何体もの溶け崩れるポーン種の骸が有った。
ミックのDSFはエリステラに示す様に、ある方角を指差していた。ヴァンガードの指差す方角に視線を向けたエリステラは、そこに新たに現れていたフォモールと思われるモノの姿にただただ、息を呑んだ。
†
「あー、エリス怒ってるなあ。よし、ジェス姉を追っ掛けよう!」
親友と臨時雇いに取り残されたレナは散歩に出掛ける様な気安さで、自機の脚部機動装輪を展開し左翼最前線の更に先で暴れているジェスタを目指して駆け出した。
走行しながら、左手の短機関銃を腰に戻し、改めて両手に回転式機械鞭を装備する。
空からのビショップ種の特攻を無視し、レナは地上に蔓延るフォモールを薙ぎ倒して駆ける。
跳び掛かって来るチーター型のポーン種に擦れ違い様の回転式機械鞭の一撃で首を刈り、空から落ちるビショップ種から横っ飛びに跳び退く。着地点のバビルサ型の牙を踏み折りその先端を脳に届けた。
猪に似た身体が崩折れて倒れ、駆け寄る後続のポーン種を足留めする。
回転式機械鞭の用途は、使用感も含めて剣を扱うのとそう替わりはない。刃で断ち切るか、連なる鋼片が高速回転して抉り削るか、違うとしたらその程度しかない。
「ベル兄、これなかなか使えるよ!」
レナは急接近する蜻蛉型を視認、機体を回転させながら両手の回転式機械鞭で去なし、その場を飛び退いた。爆発に備え空中に投げ出されたレナの機体を爆圧が押し飛ばす。その序でに味方機の識別信号をレナ機のレーダーが拾った。
「よし、ジェス姉発見! 今、行くよ!」
レナはテスタメントをその方角に走らせた。
敵陣にぽっかり空いたフォモールの存在しない空間にレナは機体を躍らせる。
そして、そこに“ソレ”がいた。
見慣れた自身の操るSFと同じ機体が、開けた空間でソレと渡り合っていた。それは巨大な猪であり、その背中から甲冑を纏った騎士の上半身が生えていた。体型に見合った巨大な斧槍を高速で振り回し、ジェスタのテスタメントと戦っていた。
ジェスタ機の手から短機関銃は既に失われ、高周波振動騎剣を銃剣に接続した突撃銃を剣の様に構えていた。その機体装甲には幾つもの亀裂が走り、刃を掠めた痕が残っていた。
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