第51話 フォモール南侵3 防衛戦
フォモールの第一波、大多数を占めるポーン種とそれを指揮するナイト種に構成された部隊が教国からの視認距離に到達した。
幾重もの隊列を組むフォモールに、教国北側に広がる平原に展開した神殿騎士団を中核として組織された部隊から迎撃の火線が無数に伸びた。
フォモール側は最前列のポーン種を弾除けとして速度を上げ、教国への接近を優先し、数多の獣の姿をした鋼色の軍勢が人型の機械の軍勢へと牙を突き立てた。
トゥアハ・ディ・ダナーン主教国神殿騎士団団長アレックス・グラン=レグナーは自騎、神殿騎士団団長騎セルティクロス・ディムナに搭載された指揮管制支援システム“フィンタン”を起動、大盾“フィン・マックール”が展開され、下部から伸びたアンカーで地面に固定、内蔵されたブレードアンテナが放射状に広がり、自軍のSF、DSFへの指揮統制を強固にする。
「連邦への援軍の打診は教国上層部を通じて要請済。現状第一波にはそれほどの驚異度はない。……む、穿て!」
アレックスは戦場の状況を俯瞰しつつ、可変式機械弓の射撃で追い込まれ掛けた自軍を援護、自動装填される鋼矢を横目で確認し、再度戦場全体を俯瞰する。
自軍左翼、狩猟団を始めとする志願兵により構成されるその部隊では、ガードナー私設狩猟団の部隊が目覚ましく戦果を挙げている。
今も華奢な機体から放たれた長射程の狙撃弾が、ポーン種の後方で危機感無く周囲を煽るナイト種の頭部を一撃で撃ち抜き倒している。
「なかなか、減りませんね。レナ、ジェスタさん、わたしの周囲に近付けさせないようお願いしますね!」
『はーい、何時も通りね。エリスには近寄らせないよ!』
『じゃ、アタシ前衛遊撃、レナはお嬢の直掩お願いね?』
高周波振動騎剣を右手に、珍しく散弾銃を左手に武装したジェスタ機はガードナーの他の二機より数歩前に出た。何時もの突撃銃は腰背部の接続端子に懸架している。
駆け寄るポーン種の群れにジェスタ機の放った散弾が数匹を纏めて吹き飛ばし、散弾の有効範囲から外れたポーン種は高周波振動騎剣の刃に切り裂かれている。それすらも交い潜りエリステラに迫ったポーン種はレナの機体が両手に装備した回転式機械鞭という幾つもの回転する鋼片を連ねた乗馬鞭状の新装備に抉り裂かれ、“サンダーボルト”を構えるエリステラに辿り着けず果てている。
『ちょっと、オレはどうすりゃ良いのさ? いや、部外者だけどもさ』
「ああ、ミックさんはジェスタさんの援護をお願いします。討ち漏らしの処理を」
雑務傭兵は団体と個人で分けられ、団体は右翼へと優先的に割り振られ、個人の傭兵は人数割りで戦闘要員の少ない狩猟団や傭兵団のサポートに付けられ、ミックはガードナー私設狩猟団のサポーターとして配置されていた。
『ポーン種なら、オレのヴァンガードでも対処出来るわな。あいよ、了解だ』
ミックはレナ機の半歩後ろに自身のDSFヴァンガードを移動させ、その位置からレナの討ち漏らしへと手にした突撃銃での攻撃を開始した。
『正直さ、オレ要らなくね? あ、そこな!』
ミックは軽口を叩きつつ、一定範囲を抜けようとするポーン種に両手で構えた突撃銃で攻撃を加える。ジェスタは自機の攻撃の手を止めず、ミックに慰めの言葉を贈り、次いでにミックを狙ったポーン種を散弾銃の一撃で沈めた。
『まあ、年期が違うもの、仕方無いわ。頑張りなさい』
『あ、ジェスタの姐さん、フォローあざっす! ガンバルっす』
『ミック、あんたまたお嬢にちょっかい掛けようとしたら、生身に回転式機械鞭で調教するから……覚えて置きなさいね?』
顔合わせの時にミックがエリステラを口説きだした事を思い出したのか、通信越しにも凍えるような凄惨な笑顔でレナはミックに釘を差し、憤りをポーン種に叩き込んでいる。
『いやいや、そんなので殴られたら、ミンチよりひでぇよ。──じょ、冗談だよな?』
『あんたの行い次第よ? 冗談で済むかどうかなんて?』
冷たく返すレナに、狙撃の手も止めず、エリステラが口を挟んだ。
「レナ、味方の方を脅しすぎですよ。ですが、良かったです。いえ、ジョンさんがどうなったのか分からない以上良くはないのですが。ミックさんがジョンさんのお知り合いの方であった事は幸運でした』
エリステラはジョンが教国に訪れてから行ってきた事をミックから間接的に聞いた内容を思い出し、朗らかだった笑顔が張り付いた様なそれへと変わって行き、それと同時に狙撃の精度が際限なく向上して行く。
「それにしても、うふふ、わたしがやきもきしている間に、あはは、ジョンさんは可愛い娘さんと、ふふふ、逢い引きをしていただなんて、もう、ジョンさん、今度逢ったらどうしてくれようかしら? うふふ」
エリステラが楽しそうに笑い声を上げると同時にポーン種の群の後方でナイト種の頭が幾つも弾けた。ミックは顔色を青褪めさせ、ジェスタに助けを求めるように通信した。
『ジェスタの姐さん……このチームの女性陣超怖ええ!』
『ミック君、沈黙は金、なのよ?』
にっこり笑って答えるジェスタにミックは乾いた笑顔で言葉なく頷いた。
†
少女は自らの機体の創る影の中、静かに混乱していた。
「──あの子の場所……分からない。何故……? ずっと繋がっていたのに……何故?」
傍らで呻き声が聞こえた。先程まで、意識を失っていたパイロットスーツに身を包んだ青年が静かに半身を起こしていた。
「……ぐ、俺は……、……生きて……!?」
「目覚めましたか? なら、何処なりと消えなさい」
自らの生存を信じられないように漏らした青年に、少女は興味なさそうに街へと続く道を指差した。
「君……は? 君が、俺を助けたのか?」
「そんな事、どうでも良いですわ。私は言いましたわね。……消えなさい、と」
「待てよ……ああ、分かった。行くさ。助かった、その事には礼を言っておく」
男は少女に礼を告げ立ち上がり、覚束ない足取りでゆっくりと影の外へのそのそと歩いていった。青年はふと振り返り今まで影に入っていたSFを見上げた。
「──これは……セイヴァーかっ!? ……いや、違う? 左腕も有るしな。……だが、似ている」
青年の漏らした言葉に少女は弾かれたように青年を追い掛け、ふらふらと歩く青年を背後から押し倒した。
「何故、あの子の機体を、お前如きが知っているのですか!?」
少女は先程までとは打って変わって、必死な様子で青年に縋り付いた。
「痛えな、何しやがる! ……っ、はあ、ジョンの事か? 知り合いだよ。まあ顔見知り程度だがな」
少女に悪態を吐いた青年だが、少女の潤んだ瞳を見て、仕方無いと頭を振って答えていた。
「ジョンは、あの子は何処に居るのです!? 私に教えなさい!!」
「分かった。分かったから、俺に分かる事なら話す! だから一旦、離れろ!」
青年は身体に走る痛みに耐えかね、そう少女に約束し解放を願った。
「約束ですよ? もし、私を謀れば殺します。良いですね?」
「ふう……、ああ構わんさ。むしろ死んでいても可笑しくなかったからな。だが、俺は大した事は知らんぞ」
青年の上から退いてあっさりと死を告げる少女に、起き上がった青年もまたそれをあっさりと受け入れた。
「あの子の事が多少なりとも分かるならば、それで良いのですわ」
「──そうか、すまんが何処かに座らせてくれ。流石にしんどいんだ」
「此方においでなさい、私の“CONFLICT”からティーテーブルを出します」
そう言って少女はSFの脚に格納された折り畳み式のティーテーブルセットを取り出し、逆の脚から折り畳み式椅子を二脚用意した。
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