第50話 フォモール南侵2 後に立つ者
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アーネストは自身すら知らぬ間にオディナのコクピットの中、口角を上げ常には見せぬ狂暴な笑みを浮かべていた。
オディナ操り手の意志を写して双剣を構え、脚部機動装輪で猪のルーク種へと疾走する。対するベン・ブルベンは斧槍を槍のように構え猪の四肢で駆け、人型の機体へ吶喊する。
人機と人獣の交差の寸前、アーネストの操るオディナは自身の加速の勢いを載せた左手の剣でベン・ブルベンの斧槍を斧刃の腹へ叩き付けて去なし、更には相手の吶喊の勢いをも利用して機体を宙に飛ばし、高みに位置するベン・ブルベンへと右手の剣を斬りつける。ベン・ブルベンの背部から繰り出された副腕による幾つもの刺突を、オディナは空中にいながら両の剣で迎撃する。
ベン・ブルベンはて弾かれ泳いだ斧槍を両腕の膂力のみで引き寄せて構え直し、宙に留まるオディナ目掛けて振り抜いた。
一撃で全てが終わるベン・ブルベンの斧刃を、オディナは機体に据えられた推進器を全開で噴かし、打撃の瞬間に機体の位置を微かに変化させ、丸まる様に機体の四肢を縮め振り抜かれる巨大な半月に飛び乗った。
SFが乗ろうと構わず振り抜かれる斧槍の上からオディナはベン・ブルベンの人型に向かって跳び、迎撃する副腕を再度両手の双剣で抑え、不整地走行にも使われる機動装輪を全開で回転させ、ルーク種の頭を目掛けて蹴りつけた。アーネストは反動で後ろに飛ぶ機体に蜻蛉を切らせ、関節全部を駆使して衝撃を吸収し地面に着地、後方に飛び退いて距離を取った。
『我、強敵邂逅、歓喜!!』
ベン・ブルベンは猪の頭を模した兜から折れ飛んだ牙の根元を左手で押さえ、アーネストの操る副団長騎を睨み歓喜の声を上げた。
「参ったな、連結変形式双剣が高強度の古代遺物でなかったらもう終わってるぞ。これは」
自身の不利を悟りながら手の中の得物を連結槍とし、アーネストは強敵に向かい軋みを上げる機体を再度駆けさせた。駆け寄って来るアーネストのSFにベン・ブルベンは、その剛力で斧槍を回転させ投擲した。
回転し空を切って飛ぶ死の刃に、直進していたオディナは斧槍の飛来予想範囲から大きく横合いに飛んで回避した。しかし、ベン・ブルベンは自ら投げた斧槍を追って走り、空中で回転する斧槍の柄を躊躇なく掴み取ると回避中のオディナへと巨大な斧刃を叩き込んだ。
「──くっ、まだ、まだまだぁ!!」
紙一重でオディナの上半身をスウェイバックさせ斧刃の一撃をなんとか避けるも、ベン・ブルベンの返した鶴嘴の一撃にオディナの右前腕と胸部のケルト十字の飾りが打ち砕かれていた。
「主母神ダーナ様の御印を! 貴様!!」
『我、求決着!!』
何を思ったかベン・ブルベンは自身の斧槍を脇に放り、正に猪らしく猛烈な勢いでオディナへと吶喊を始めた。
オディナは左手で連結槍を握り締め、殆ど機体骨格のみとなった右手を添えて、吶喊するベン・ブルベンに立ち向かった。
「──俺は、トゥアハ・ディ・ダナーン主教国、神殿騎士団副団長、アーネスト=マイヤーだっ! 祖国に住まう民草が為、貴様等魔獣にこの先へは進ませんっ!!」
それから一日と半時間後、フォモールの南侵が再開され、後には原形を留めない、かつて人型だった残骸が残された。
フォモールの先頭を行く猪のルーク種にはそれまでなかった傷痕を周囲に見せ付けるように胸を張り、更には剣の形の角が刺されたように歪に額から生えていた。
†
フォモールの南侵が再開された。
その知らせが入った時、アレックスは都市外壁の外側に神殿騎士団を始めとする部隊を展開させていた最中だった。
北面の難民キャンプはいつしかあちこちから火の手が上がり、既に、その地はただの廃墟と化していた。その黒く焼き焦げた建材を踏み潰し、神殿騎士団を中心に何台ものSF搬送車やDSF、SFが整然と幾筋もの列をなしていく。
整列した軍勢の前に、アレックスは自騎、セルティクロス・ディムナを進ませた。
神殿騎士団団長騎は教母により地下から回収された大盾を手に、可変式機械弓を大剣形態で掲げ、アレックスは居並ぶ者達に演説を始めた。
「先ずは、強制とはいえこの場に立つ雑務傭兵の皆に感謝を。
それから奇特にも自ら教国防衛に志願された狩猟団の方々、あなた方にも感謝を。
先程、フォモール南侵の再開が確認された。
知っての通り、今まであの場に唯一人残り、未だ誰も詳細を知れぬ新たなフォモール、ルーク種と戦いその場に大群を押し留めた勇者がいた。
我が麾下にして、トゥアハ・ディ・ダナーン主教国神殿騎士団副団長、アーネスト=マイヤー卿である! 恐るべき事に知性を備えたルーク種は、彼マイヤー卿に対し決闘を申し込み、その対価として私の指示の下、彼と共にフォモールの軍勢の足止めとして送った神殿騎士団の部隊はこの地に帰還を許され、見逃された。
この地からではマイヤーの戦闘の詳細は判らない。だが、彼が死力を尽くし戦っただろう事に私には疑う余地はない! ──南侵が再開された以上、彼はルーク種に負け、かの地にて果てたのだろう』
アレックスは言葉を区切り周囲を見回す。アーネスト殉死の報は神殿騎士団員のみならず、雑務傭兵の一部からも嗚咽が聞こえてきていた。アレックスは威を込めて言葉を繋げた。
『だが、先人の知によりSCOUT=FRAMEという明確な力を与えられた我等はフォモールにむざむざと滅ぼされる事を黙って是とするのかっ!? 否っ、断じて否っ! マイヤーはたかだか一体の機械人形で、総数をも知れぬ無数のフォモールの足止めをやって見せたのだ! ましてや、此処に居並ぶ諸君の総数は何名か!? SFにして百を越え、DSFも含めれば三百を越えるのだ! 君達一人一人にマイヤーのような当千の武勇は望まない。生き残るために味方を使え、盾ではなく、戦友として。隣の者に自らの背を預けよ! 我等の内、誰一人として欠けることなく最期まで立っていられたならば、それこそが我等の完全勝利なのだと知れ!! 予想では一両日中にフォモールの軍勢が目視距離に入る。それでは諸君、事前通達した各配置に分かれ、戦端の開かれるその時まで皆ゆっくりと休み、英気を養いたまえ」
アレックスは可変式機械弓を腰に戻し、ディムナに一礼させその場から退いた。アレックスの言葉を受けた軍勢は各々の配置場所へと分かれ散らばっていった。緑色を基調にした揃いのSF、テスタメントを扱う一団が何故かパイロット達も機体を降りてその場に残っており、気になったアレックスは集団の手前でディムナをその場に停止させ、機体を降りて彼等へと近付いていった。
「私は神殿騎士団のアレックス・グラン=レグナーだ。どうかされたのか、あなた方は……確か、ガードナー私設狩猟団の方々だったな?」
「あら、アル坊じゃない! さっきのスピーチ良かったわよ」
気安く掛けられた声に知らず顔を向け、アレックスはその人物を認識した瞬間に顔をしかめた。
「ホープハイム女史、貴女が何故?」
カルディナは自身によく似た困惑顔の少女を背後から抱え、アレックスを指差した。小柄な黒髪の少女や長身の美男子はカルディナの勢いに押された困惑している。
「エリス、あれが神殿騎士団の団長様よ! アル坊、こちらの娘はエリス、エリステラ・ミランダ=ガードナー。ガードナー私設狩猟団SF部隊の隊長さんでわたしの孫娘なの! こっちの小さな娘がレナちゃんで、こっちの綺麗な顔のカッコイイ子がジェスタくんよ!」
「仲介役をかって出て頂いて助かった。私はそちらのホープハイム女史の言う通り、神殿騎士団団長を任ぜられた者だ。何か困り事だろうか? 戦闘開始前の今の内ならば融通は利かせられる。良ければ、教えて貰えるだろうか?」
エリステラは真剣な顔をして、意を決したように、アレックスに話し掛けた。
「はじめまして、エリステラ・ミランダ=ガードナーと申します。いきなり、不躾なお願いなのですが、雑務傭兵として参戦されている方をお教え頂くことは出来ますでしょうか?」
「それは、どういう目的の為なのかによるな。まあ、人物検索程度であれば構わないだろう。その人物の名はなんというのだ?」
アレックスの答えに、エリステラが答えるのを遮ってカルディナはふざけた様子で口を挟んだ。
「あ、あのジ「ジョン=ドゥ君よ。エリスちゃんの意中の男の子なの!」
「お婆様っ!!」
アレックスはその名を聞き、一瞬固まった。
「──済まないが、彼については公言できない。教団の秘事に纏わる事に連なるのでな。最後に見たのは2日ほど前だが、その時は元気ではあったぞ」
先程までの気安い雰囲気がなくなり、壁を感じさせる声で答えるアレックスにガードナー私設狩猟団の面々の顔に困惑が広がる。そんな中、カルディナは訳知り顔でアレックスに微笑みかけた。
「つまり、トゥアハ・ディ・ダナーンの教母様に関わるのね?」
「……ホープハイム女史、済まないが察してくれ。教母様があの少年を傷付ける事はない。申し訳ないが、私はこれで失礼する」
困惑するガードナー私設狩猟団の者達に振り返る事無く、アレックスはディムナに搭乗し、神殿騎士団の本陣へと走り去った。




