第48話 その地に眠る3 メザメルモノ
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ジョンはセイヴァーを隔壁の内側へと進ませる。SFの歩幅ですら数歩分の隔壁を通り過ぎると、セイヴァーの背後で隔壁が口を閉じた。
隔壁から延びる暗く長い通路のその先には一切の照明も無く、ただ目印のように遥か先に輝く何かが存在している。
ジョンは隔壁を開いて以来、痛みの引かない頭に片手を当て、闇の奥を目指した。
どれ程の距離を進んだのだろうか、既にジョンは時間の感覚も距離感も失って、ただ愚直にSFを進ませた。
(──頭痛、ひかないや)
そう思ったジョンが視線を上げた瞬間、暗い通路を歩いていた筈のセイヴァーは、中央に透明なガラス状物質で作られた調整槽の置かれた部屋の中にいた。
調整槽の中には、SFとほぼ同サイズの、金属のような銀色の幾条もの帯で編まれた蛹か繭のような物体が浮かんでいる。繭の中にはルビーのような、紅い球状の結晶が帯の間から幾つも覗いていた。
『初めまして、私は神王機構、世界を崩壊させる量子機械兵器として、この“鎮波号”に封印されたモノ。この姿は仮初めなので気にしないでくれ。本来、量子機械群である私は人間の目には認識出来る大きさでは無い。これは私を構成する量子機械群をまとめ、君に分かりやすい様、構成した姿だ。ちなみに、こんな姿も取れるぞ』
何処から声を出しているかも解らないその物体から、ジョンは話し掛けられていた。言い終えると調整槽の中で物体が蛹から変形し、SFと同サイズの紅い目の赤ん坊に、蛸の頭をした蝙蝠の羽を持つ巨人、蜷局を巻いた多頭の大蛇へと次々に変わった。
「──頭痛がひかないんだ。僕は何をすればいい? さっさとしてくれ」
頭痛に気を取られるジョンはそれがどんな姿に変わろうと大した反応を見せず、投げ遣りに言った。ジョンの詰まらない反応に、それは詰まらなそうに銀色の繭の姿に戻った。
『むう、今回の素体は詰まらんな。では、君の要望通りさっさとしよう』
調整槽が上下に分割され、天井と床に引き込まれ、空中に浮かんだままのそれから、幾条もの帯が触手のようにセイヴァーへと伸ばされ巻き付いていく。SFの装甲などの構成材を透過した銀色の帯はセイヴァーのコクピットに搭乗するジョンの身体にまで巻き付き、SFのみならず少年の体内まで弄くり回し出した。
『君、何だか弄られすぎだね? どうせだから、色々と治しておこう。
宿主になる君への私からのサービスだから気にしなくて良いよ。おおう、頭の中に分子機械群を埋め込まれているのか? 酷い事をするな、君おかしな頭痛に襲われていたんじゃないかい? 代わりに私が入るから要らないよね? 調整するから痛みはなくなるよ。入っていた分子機械群は量子機械の素材として分解して取り出したよ! 君の機体には私が入り込める隙間が随分と多いね? この隠蔽化装置は改良しておこうか、今までの分子機械群操作の機能に加えて、量子機械兵器を効率的に制御出来るようにね。機体構成材にも私が浸透したよ、機体制御は私がバイパスするから今までよりも高効率化する。装甲材は今は知られていない軽く強靭な“ヒヒイロカネ”と呼ばれた材質と、ただどこまでも硬さを目指して生み出された“アダマンティン”と呼ばれる材質、それから外装を今までの物で擬装した積層装甲に、機体骨格も構成材質を“ヒヒイロカネ”と“アダマンティン”の合金“オリハルコン”に変更しておくよ。あれ……返事がないね? 何だ、眠ってしまったのか、まあ、無理もない。ジェネレータの“リア・ファル”、この分子機械群の成れの果ても、量子機械が成り変わろう。ジェネレータの構成材も色々と変更だ。目が覚めた頃には全部終わっている君はゆっくり眠るといい』
体表面に一切の傷を付けず体内を弄られる状況に、それの話し声を子守歌替わりに少年は意識を手放していた。
『そうそう、私の大部分は君の機体の左腕として残るよ。操作自体は変わらない事を約束しよう。──所で、何時まで覗いているのかな? そこのなり損ないの人』
セイヴァーとジョンの改造を続けながら、それは静かに経過を観察していた02、教母アドラスティアに問い掛けた。
「その子は私の弟なので。見守ろうと思いまして」
『分子機械群体に人格を転写しただけの存在が、人間の彼の姉弟だって? おかしなことを言うね。例え瞬時に、無数に生成出来ようが、自身の肉体を無造作に使い捨てられるなんてモノは既に人間では無いのにね』
「手厳しいことですわね。私は、それでもその子の姉です。その子の目覚めを待ち続ける為に、私は人間としての在り方を捨てたのです。今の世界に満ちる人を模した人々のいう古代人、その最後の子供たち、かつて人であった私の弟を」
無感動な瞳でセイヴァーを包む銀色の繭を見詰め、02は自身の人として最期の願いを淡々と告げた。
『良かったのかい? 私を目覚めさせた以上、彼はただの人間とは言えなくなる。本当に彼の姉だというなら、この結果は望むものでは無いだろう?』
「もはや私に人の心など残ってはいません。そしてこの先、その子が生き残るには、あなたの力を与えるしかないのです」
『フォモール、あの環境保全分子機械群はまだ暴れているんだね。君は、魔王とも呼ばれるフォモールの最上位戦闘体と、この彼を戦わせる気か』
「ええ、最終的には……ですが。ナンバーズの内紛はその過程で解決されるでしょう」
02はふと、地上へ視線を送る。地上に残る彼女の欠片が映像を送って来ていた。
†
その日教国の北方にて、南侵するフォモールの都市脱出限界点の突破が確認された。アーネストは神殿騎士団本部作戦指令室にて団長代理として采配をふるっていた。
アーネストの前に走って来た通信手が入電した哨戒部隊からの報告を読み上げた。
「副団長! フォモールの都市脱出限界点の到達が確認されました!」
「先の指示通り、教団からの公示前だろうと構わない、教国内の全ての通信網でフォモールの大規模侵攻を知らせろ。市民には最寄りのシェルターへの避難経路の確認を促せ。教国から逃げ出そうとする者も居るだろう。強制任務の雑務傭兵で戦闘力の低いものにはそういった市民誘導を補助させろ。では、直ちに行動を!」
アーネストの指示に団員たちは与えられた役割を果たすため駆け出し、一人その場に残った団員から訊ねられた。
「副団長、北の難民キャンプはどうされるのです。あの場に住む人々はどうにか助ける事は出来ませんか?」
「それ……は……、無理だ。騎士団の人員に、雑務傭兵を全て振り向けても、手が足りない。私達は神殿騎士団だ、何より教国を守らなければならない! ──フォモール南侵の知らせはしよう。だが、それ以上は出来ない」
アーネストは苦い物を噛んだ様な顔をして言いにくそうに難民キャンプを見捨てる判断を下した。
「そんな、……副団長!」
悲痛な顔をする団員にアーネストが出来たのは首を横に振ることのみだった。その後ろから、もう一人の声が響いた。
「──そう、責めて遣るな。私でもマイヤーと同様の指示しか出せん。マイヤー、今戻った。指揮権を戻せ」
「レグナー団長!? ……いえ、団長不在の為、一時指揮権をお預かりしました。只今、返還致します」
アーネストの言葉にアレックスは頷きを返し、早速とばかりに、指示を飛ばした。
「マイヤー、それからそこのお前、神殿騎士団のSF部隊を率いて南侵するフォモールの足留めをして来い! 期限は都市脱出限界点から我が国までの半ばの距離まで、壊滅できるならばしてかまわない。どうした、お前の要望通りだろう? 序でに難民キャンプからの脱出も促せよう? では、行け!!」
アレックスの指示にアーネストは隊員と共に走り出そうとし,その背中に団長の声が掛けられた。
「マイヤー、あの小僧は教母様と謁見されている。程なく戻ろうよ。憂い無く駆けろ」
「──ハッ!! トゥアハ・ディ・ダナーン主教国神殿騎士団副団長アーネスト=マイヤーいって参ります」
アーネストはアレックスに敬礼し、愛機へと駆け出した。
 




