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第4話 巨木の合間を抜けて

 巨木の森の中、道無き道を5体のSFが連なり脚部機動装輪(ランドローラー)で疾走し進んでいた。

 樹林都市とネミディア中央部を繋ぎ、大樹林を貫いて大陸西海岸へと通じる大陸樹幹街道と呼ばれる道を目指し、SFは巨木の合間を縫っていく。

 緑色の3機が先行し、後続の2機は、もう1機の緑色の機体とアッシュグレイに塗られた片腕の機体が並んで走っていた。


「この先に、本当に君達の言う。団本拠ハウスが在るのかい?」


 少年は唯一知る少女の回線へと通信を飛ばした。

 彼等が今いる場所は、人類領域大陸を四分割する四大国家、その内のネミディア連邦の北西部から東は中央部連邦首都近郊、南端は隣国フィル・ボルグ帝政国との国境線を越えて広がる大樹林、“ケルヌンノス・ヘルシニア”だ。

 ここが、そう呼ばれる大森林である事を少年が知ったのは、偏に通信機の向こう側の少女のお陰であった。当の少女、エリステラは小さな子供に教授するような口調で片腕のSFを操る少年へと話し続けている。


団本拠ハウスは、まだまだ先ですよ。この大樹林の中央に樹林都市はありまして、今、わたしたちが向かっているひとまずの目的地は、その街道の中継地である樹林都市の衛星都市“キャンプ”です』


「えっ、野営地(キャンプ)?」


 少年は聞き違えたのかと、少女の言葉をオウム返しに繰り返す。


『そう、その衛星都市は野営地(キャンプ)というのです』


 その衛星都市は元々は、確かに森を拓いた野営地(キャンプ)として出来たのだが森林警備隊(フォレストガード)の部隊が基地を置き、交代で街道の往復警備をするようになったので、街道よりフォモールに襲われるおそれが減り、方々から住人が集まった今では、小さな街になっていた。可笑しな街の名は出来た経緯と慣習から、キャンプのままなのだと少女は言う。少年はわざわざその都市に寄らねばならない理由が分からず、声に出していた。


「で、そのキャンプには何で立ち寄るの? そのまま、えっと、樹林都市だっけ? そこに直接、行けばいいんじゃあ?」


『そこに、わたしたち“ガードナー私設狩猟団”の大型SF搬送車(キャリア)と整備班が待っているのです。(スカウト・)(フレーム)は稼働時間の長い兵器ですけれど、連続稼働はジェネレータにダメージを蓄積させますからね。長距離移動には基本的にSF搬送車を使用するのです。わたしたち、狩猟団の機体“TESTAMENT(テスタメント)”は特に、年代物ですから』


 少女は通信機越しに、少年へ人類領域大陸の四大国、なかでもネミディア連邦についての解説を始めた。



 †



 人類領域大陸は東西南北に十字に切って大まかに四つの国に分かれている。

 北東にパーソラン公国、

 南東にクェーサル連合王国、

 北西にネミディア連邦、

 南西にフィル・ボルグ帝政国。

 その内、ネミディアはこの大陸に於いて最も若い国だ。

 連邦首都近郊には、共に大樹林東端を接する平原に人類領域の主流宗教トゥアハ・ディ・ダナーン主母神教、通称ダーナ主教の総本山、トゥアハ・ディ・ダナーン主教国という、楽園ティル・ナ・ノグへの入り口が在るとされ、聖地として認定された宗教都市国家を包含する。

 連邦首都はこの宗教都市国家の近郊に後から築かれた。

 人類領域大陸を半分に区切る中央北方山脈から大樹林、西方山脈を挟みその先の西海岸までの大陸西方域北部の凡そ八割、そこから南に下り大陸西海岸の六割ほどから東北東に線を引き、中央山脈の南端に広がる南方平原を掠めた台形の広大な領土を持つ。 元々は、人類領域大陸の(およ)そ半分を領有していたフィル・ボルグ帝政国の前身、フィル・ボルグ神聖帝国の時代、ネミディアは、北方の一辺境領でしかなかった。

 現在のネミディアの国土の大部分を締める樹林地帯は、帝国上層部からは北部辺境とされ、森林由来の木材等により富を産む地方として搾取される上、そこに暮らす者達は、貴族、平民を問わず中央貴族より田舎者、森猿と馬鹿にされ貶められていた。

 今から五十数年前、搾取される日々に嫌気を指した農夫が外遊中の中央貴族に抗議し、その際に一族毎皆殺しにされる事件が起きる。

 その事件が初という事ではなかったが、それまでの歴史の積み重ねと、そうした数々の事件が併さり、樹林地帯を治める辺境伯を動かした。

 彼は当時の北部辺境の地方領主達に援助物資を送りがてら檄文を忍ばせて、北部地方領を纏めあげ秘密裏に一大勢力を作り上げると、じわじわと神聖帝国に対し静かに反旗を翻した。

 辺境伯は帝国中央にも手を伸ばし、帝都内部にくすぶっていた継承問題に油を注ぎ、燠火を猛火へと育て上げ、帝都にて皇族を捨て駒にしたクーデターを起こさせ、それを隠れ蓑に、クーデターに連動して帝国より北部辺境全域を一斉に離叛させ、同時に取り込んだトゥアハ・ディ・ダナーン主教国の権威を利用し、ネミディアを連邦として独立させた経緯を持つ。

 その際、地方領毎に州として分割し、都市ごとに自治権を与え、立役者たる辺境伯は一線を退いた。

 その為、隣国ながらフィル・ボルグ帝政国とネミディア連邦は国家間感情が劣悪であり、ネミディア建国以来の五十年、国家間の仲は冷え切っている。

 フィル・ボルグ帝政国はネミディア連邦は未だに全土が自国の領土であると言ってはばからず、ネミディアの南方国境線へと侵犯を繰り返す為、ネミディア南方州の国民から、フィル・ボルグ帝政国の印象は悪化の一途をたどっていた。 





『ふぅん、あ、ストレージに残っていた資料で読んだけど、その辺境伯、ガードナーって姓だったよね、もしかして?』


 少年が通信機越しに感心した声をあげ、引っ掛かった名に少女へと疑問符を投げた。


「ええ、ご察しの通りそのお話しの辺境伯はわたしの曾祖父にあたります。曾祖父がその時の活動により得た多額の資金を祖父が投じ、領民の安寧の為、わたしたちの狩猟団を興したのです。残念ながら、わたしの父には、そうした才覚は遺伝しなかったようですが」


 少女は言葉尻を濁して答え、少年が訝しげに通信を返す。


『どういうことかな? 君のお父さんのことは訊かないほうが良い?』


 その声音に気遣いを感じ、エリステラは笑みを浮かべ、少年へ返した。


「いいえ、訊いていただいて構いません。団の皆も知っていますから、出来れば貴方も聞いてください」


『僕が、訊かせて貰っても、いいのかな? 言いたくないなら、もちろん話さなくていいから』


 真剣な口調で少年は遠慮がちにエリステラを促した。


「わたし、両親に捨てられたのです。

 十年くらい前のこと、わたしがお爺さまの所へ預けられていた間に、両親が失踪しました。或いはそれが、わたしの両親の精一杯の親心だったのかもしれませんが……。

 わたしはそのまま、お爺さまの庇護の下、狩猟団の団員の方々を家族として育ちました。

 後からお爺さまに伺った所、お父さまは賭事で多額の借金を背負い、身代をつぶしていたそうです。お爺さまもその時のお父さまの借金返済には苦労されたと仰っていました。

 団の運営費とお爺さまの私財は別ですが、兵器であるSFの運用にはお金がかかりますから、お爺さまは狩猟団設立後にも大分私財を投じられ、狩猟団運営の為に改装した団本拠(ハウス)の他に、お爺さまは家屋敷を持っておられませんの。

 わたしたちのSF“TESTAMENTテスタメント”は狩猟団設立時にお爺さまが用意された機体なのですよ。もちろん、システム関連はなるべく新しいものに更新されていますが。

 団本拠(ハウス)は元々ガードナー家所有の城の一つですけれど、わたしにとっても団本拠(ハウス)は、文字通りお家(ハウス)なのです。あなたにも団本拠(ハウス)帰る場所(ハウス)になってくれると嬉しいですね。

 あらあら、お父さまのことから大分と脱線してしまいました。薄情な事ですが、わたしは両親について、ほとんど覚えてはいません。

 お爺さまや団員のみなさんのお陰で、わたしは幸せに育てていただきましたから、両親のことは特に恨んでもおりませんし」


 少女の独白を聴き終えて、少年が何か告げようとした、その時、少年の機体のレーダーに彼ら以外の反応が表れた。

 顔色を変えた少年は少女に自機の機体の回線の帯域バンドを添付した通信を飛ばした。


『お嬢さん、君のお仲間に僕の機体の回線を回してくれ、僕の機体のレーダーが何か反応を捉えたって!』


 今までにない少年の通信の真剣な様子に驚きながら、エリステラは少年に問い返した。


「どういうことです? こちらのレーダーには、なにも映ってはいないのですが? ダン隊長には、お伝えしますけれど」


『此方も意味がわからない、少なくとも、20は反応があるんだ! いきなり現れたんだよ、反応が! ……もし、気付いてないのなら、死ぬぞ、君の仲間が』


 強い口調で響く少年の声に、少女は無言でダンへの通信回線を開いた。

 告げるだけ告げ少年は、少女の機体を置き去りに、先行する3機を追い抜く勢いで自分の機体を駆けさせた。


『どうした、お嬢。アイツの機体、とんでもないスピードで駆けて行ったぜ。あのガキをからかい返しでもしたのか?』


 通信先のダンは、何も認識していないのか、平常通りの呑気な答えを返している。


『冗談にかまってはいられません! 隊長、索敵を! それから、添付したファイルを各員に送信してください。

 彼に言われて、わたしも気付きましたが、何故、何も聞こえないのですか。森の中です、鳥の(さえず)りさえ聞こえないのは、いくらなんでもおかしいです!」


 少女の常に無い剣幕にダンは息をのみ、表情を引き締めた。

 少女に言われるまま、通信に添付されたファイルを他の2人に送りがてら開き、レーダーを作動させ、そして、知り得た情報に愕然としながら呟いた。


『……こりゃ、どういうこった。ジェスタ、レナ、まだやっていないなら今すぐ索敵しろ!! 先行した馬鹿を連れ戻しに行くぞ。あのガキ、銃の一丁も持ってねぇのに何する気だ』


『エリス? 隊長? ……これって』


『本当に、馬鹿な子。レナ、アナタは色々、思うところはあるのでしょうけど、こういう馬鹿な子は助けたいわワタシ』


 レーダーを確認し絶句したレナに同じように索敵を終えたジェスタが通信を送った。

 言われて黙るレナ、そこへエリステラが声を掛けた。


「あの少年とは、此処まで来る間に話しただけですが、わかった事があります。あの子、目の前の誰かに何かあった時に何も出来ないのは、嫌みたいです。

 それに、わたしも今、何も出来ないのは嫌です。

 レナは、わたしがあの子と話すのが嫌みたいですけれど、わたしは一緒に来て欲しいです。一人より、みんなと一緒の方が心強いから」


 通信機の向こう側からレナの叫ぶ声が響いた。


『ここで何もしなければ、あたし、ただの嫌なヤツじゃないの!!』

2016/6/16 改稿

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