第47話 その地に眠る2 秘神殿
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地底湖を水面下に沈む都市街壁を越え、地上の教国でいう第三区の端にセイヴァーの手が掛かった所で、隠蔽化装置魔王断章のシステムが強制終了し、付属効果である粒子防御フィールド魔王骸布が霧散した。
それと同時に、ジョンの精神から攻撃性が低下し頭痛が消えていく。
高濃度粒子の反発効果が消失し、セルティクロス・ディムナが一瞬水中に沈みかかった。
「アレックスさん、この手を!」
『要らん!』
ジョンが咄嗟に伸ばしたセイヴァーの腕を払い、アレックスの操る団長騎は完全に水没する寸前にスラスタを噴かし、最後の何メートルかを渡りきる。
狭いながらもやっと地に足を着けた二機のSFはしばらくして対峙した。
セイヴァーに向き直ったセルティクロス・ディムナは落下時に喪失した大盾“フィン・マックール”を存在するものとした様な構えで、腰にマウントした可変式機械弓“マクリーン”を抜き放ち、ジョンへと大剣形態の切っ先を向けた。
『地上では、俺を一撃で殺すなどと随分とデカい口を利いてくれたな? ここまでくればもはや用はない、この剣の錆となれ!』
アレックスの宣言と共に、ディムナはセイヴァーに襲いかかった。
「アレックスさん、止めてください!」
斬り掛かるディムナの振るう刃を避けつつ、セイヴァーのコクピットの中、ジョンは叫んだ。
『貴様も抜け! ……いや、俺に砕かれていたな? ならば大人しく、このマクリーンの露と果てろ!!』
縦横に襲い掛かる刃に武装を失っているセイヴァーはなす術無く、狭い足場も相俟ってジョンは次第に追い詰められていった。
『──これで終いだ!!』
狭い足場に避けきれず体勢を崩し致命的な隙を曝したセイヴァーに、アレックスは裂帛の気合いと共にマクリーンの刃を振り下ろし、ジョンはとっさに右腕を盾として衝撃に備えた。
「……な……何故!?」
何時まで経っても感じない衝撃に、ジョンは当惑と疑問を抱いた。ディムナは振り下ろしたマクリーンをセイヴァーに達する直前で寸止めし制止していた。どれ程経ったかディムナはゆっくりと一歩退きマクリーンを腰に戻すと駐機姿勢を取り、襲って来たのが嘘のように静止した。
ジョンは機体を起こしディムナ向かい合わせ、セイヴァーに駐機姿勢を取らせた。ディムナから接触回線用通信ワイヤーがセイヴァーにのばされた。
『済まんな、先ずは地上での事も含めて謝罪しておこう。マイヤーの弟だという少年を撃った事も含めてな』
先ほどまでのイメージを払拭するかの様な穏やかな声音でアレックスはジョンへと謝罪を口にした。
「……どういう事ですか!? 教えてください」
『ああ、全ては私がダーナ主教教母アドラスティア様より承った指示による。
あの場でマイヤーと戦闘訓練中の君をどんな手を使っても怒らせろというのが、先ず一つ。
それから、君の機体の最大と思われる攻撃を放たせろというのが、一つ。
そして、これは確定の指示では無かったが、もし、この秘神殿を訪れるならば、素のままの君の操縦能力の査定をしろというのがもう一つ下されていた。それは合格したと言っておこう。
このまま私に着いてきなさい、地下中央神殿区まで案内する。そちらに教母様が居られる事になっているので、かの方との対面の後、君はそこで為すべきを為せ』
アレックスが言い終えるとディムナは接触回線用通信ワイヤーを収納し、立ち上がってセイヴァーを先導し歩き出す。
半信半疑のジョンは意を決し、ディムナの背を追った。
途中、無人で動くSF用の水上輸送機に乗り、誰も居ない街中を通り過ぎ、ジョンの乗るセイヴァーは地下の中央神殿へと通される。
神殿の扉の前に、白く裾の長い衣装に身を包む、人形のように整った容姿の足許に届く長い銀髪の女性が一人佇んでいた。
いつかダナがジョンに語った様に確かに綺麗な女性だったが、少年には生気ある生きた人間とはとても思えなかったが、先を歩いていたディムナは女性の前に停止し、コクピットから降りたアレックスが跪き、臣下の礼を捧げている。
「神殿騎士団団長アレックス・グラン=レグナー。私の指示通りに事を運び、ご苦労様でした。地上ではもう直ぐフォモールの侵攻が起こります。上に戻り神殿騎士団の皆と共に対処を。然るべき事は副団長アーネスト=マイヤーが手配済みではありますが。……そちらのジョン=ドゥは私に続き、神殿の内へ参りなさい」
教母は事実を述べているのか疑問を抱くほどに淡々とした声でジョンとアレックスに告げた。
「は、御前を失礼致します」
アレックスは何時もの事なのか深々と頭を下げ、ディムナのコクピットに搭乗すると、地下の何処かにある地上に戻る装置へと向かって行った。教母はアレックスを見送る事も無くさっさと神殿へと入って行った。
残されたジョンは困惑しながら、教母の後をセイヴァーに乗ったまま、追い掛けた。
神殿の大扉の前に立つと、音もなく左右に開かれて行く。
セイヴァーが足を踏み入れると神殿の天蓋の証明が点灯され、先に入っていた教母が玄室の隔壁の前に待っていた。
「待っていましたよ。ジョン=ドゥ。それとも、08と呼んだ方が理解できるかしら」
教母の言葉をジョンが理解した頃には、セイヴァーの右手は教母の身体を掴み、握り潰していた。
「せっかちね。私には替えが利くから、無駄じゃないかしら?」
いつの間にか、現れたもう一人の教母を叩き潰した。
「虐めては駄目よ、私。可愛い弟じゃないの」
またも現れた教母をセイヴァーは踏み潰した。
「初めまして、08。私たる私達は教母アドラスティアという役割を与えられた貴方の同類」
「此処に在る全てが同じ私。死んだ私は私の素でしかないのです」
二人同時に現れた教母を、セイヴァーは手のひらで薙払い壁に赤い痕を残した。
「無駄な事はお止めなさい。私のストック切れを狙っているのかしら?」
「無駄ですわよ。この場にいる限り私に限りは無いもの」
やがてセイヴァーが排除するスピードよりも、教母の数が増える方が速まっていく。
セイヴァーのコクピットでジョンは悪夢に呑まれた心地で機体を操作していた。
「何なんだ、あんたは!?」
咄嗟にジョンから零れた言葉が、セイヴァーの外部スピーカーを通して拡散された。
「やっとお話し合いが出来そうね? 教えて上げましょう」
「私達は02、貴方、08と同じ“Nameless numbers”にして、ナンバーズを私物化した01の敵対者」
「“Nameless numbers”の創設者。“Nameless One”の遺志を継ぐモノ」
「だから、私は貴方をこの先へと誘うわ。このトゥアハ・ディ・ダナーンの、“鎮波号”に眠るモノを呼び覚ます為に」
「私など幾ら踏み潰しても構わない。そのまま、奥の玄室へと“救世者”を進ませなさい」
同じ顔をした幾つもの口から、同じ言葉が囁かれた。
ジョンは現実感を感じられぬまま、足下の同じ顔をした無数の女を踏み潰し、玄室の隔壁へとセイヴァーを進ませる。
セイヴァーの右手を隔壁にの中央に嵌められたガラス状の球体に伸ばした。
隔壁にセイヴァーの指先が触れた瞬間、隠蔽化装置、魔王断章の発動時と似た頭痛がジョンを襲う。
『有資格者および、適合機体を確認。量子機械兵器封印領域の隔壁を開放しますか? Y/N』
機械的な音声のイメージでジョンの脳に直接意味が伝えられ、戸惑いながら少年はYESを強く意識した。
神殿の大扉と同じく音もなく幾つもの重なり合った隔壁が上下左右に開放されてゆく。その過程で見えた隔壁の厚さは目測ですら十m以上の厚みを持っていた。




