第46話 その地に眠る1 湖上都市
ジョンはセイヴァーが身に纏うエネルギー粒子の奔流を操作、擬似的に左腕を形成していた粒子を解放し拡大展開した魔王骸布で、足下の頑丈そうな団長専用騎までを自機諸共に包み込み落下の衝撃に備えると、二機のSFはドクから話に聞いていた地底湖に着水した。
地底湖は意外に水深が深いのか二機のSFが一瞬、上に乗っているセイヴァーの頭まで沈み込み、魔王骸布の反発力で水面に浮き上がった。
SFのカメラで見回して見ると、どうやら中央の神殿があると思われる区画からは随分と離れているようだった。
『──貴様! 此処は何処だ!?』
足元の団長騎からの問い掛けに、少年はおどける様に皮肉で返した。
「おめでとうございます。神殿騎士団団長殿、晴れて貴方も教団の指定する神敵の一員ですね!」
『──まさか、まさかここは秘神殿か!? ふざけるな!! 貴様、俺を地上に戻せ!!』
「何で僕が地上に戻せると思っているんだ? 無理ですよ。いきなり地面が割れたと思ったらここに落ちていたのは僕も一緒なんだから」
ジョンはセイヴァーのバックパックと脹ら脛の推進器を全開、足元の団長騎をボード代わりに中央の神殿区画を目指し水面を走らせた。団長騎の水に沈んだスピーカーが耳障りの悪い音を立てる。
『……ジ……ザ、き、貴様、由緒正しき神殿騎士団団長騎セルティクロス・ディムナを足蹴にするだけに飽き足らず波乗りの板代わりとするだと!?』
「取り敢えず、中央神殿区画を目指します。苦情は陸地に着いてからどうぞ。死にたいなら此処で解放しても良いですが」
喚き続ける神殿騎士団団長を封殺し、陸地へと急いだ。急激にエネルギーが放散を始め、魔王断章の機能停止が近付いていた。つまりは、魔王骸布の防御、反発効果の機能停止を意味していた。
「何とか保つか? 騎士団長、そのSFの推力も使え!陸地に着く前に沈むぞ!!」
『──アレックス。アレックス・グラン=レグナーだ、名を呼べ雑兵。……ディムナよ推力を解放せよ』
憮然とした態度で名乗った神殿騎士団団長、アレックス・グラン=レグナーは自機セルティクロス・ディムナの背面と肩部装甲に格納されたり推進器を全開で噴かし、重なった二機のSFは先程までとは比べ物にならないスピードで水面の疾走を始めた。
†
同時刻、地上に残された神殿騎士団や傭兵達には、騎士団長不在のまま、トゥアハ・ディ・ダナーン主教国に近付く脅威が伝えられていた。
『マイヤー副団長殿、我が団、都市外長距離対獣哨戒任務中の北部方面の一隊が教国方面に南侵するフォモールの大群を観測しました! 教国接触まで最低でも後数日とみられるそうです。観測した隊はフォモールが余りに大規模な為、息を潜めやり過ごすとの連絡を最後に消息不明。急ぎ報告を上げたいのですが、レグナー団長閣下のお姿が確認出来ませんが、何か存じませんか?』
オディナの通信機に入って来た神殿騎士団本部からの通信に、アーネストは息を呑み、通信手に指示を返した。
「──済まんが、団長閣下は不測の事態によりいらっしゃらない。一時的に私が副団長として指揮を揮う。哨戒報告より、予測されるフォモールの群れの規模を改めて報告、都市壊滅級の大群と予測されるならば、早急に雑務傭兵協会へ、強制の緊急都市防衛任務を半月の期間限定で発行させろ。もし事態が長引くならば随時発行に切り替える。直ちに動け!」
本部の通信手が情報を纏めている間に、ハリスのセルティクロスから質問された。
『副団長殿、本部からの通信は何と?』
「師匠、悪い事が重なりました。フォモールの大群が教国方面に向かって南侵しているそうです。レグナー団長がジョン君と共に地下に呑まれた現状、私が一時的に騎士団の指揮を執ります。ミック、悪いが君たち雑務傭兵にも都市防衛を目的とした強制任務を発行させる。期間は最低半月の間、以降も事態が終息されなければ随時任務に切り替えるので覚悟しておいてくれ。今聞いたことは教国からの知らせがあるまで口外しないよう頼む。師匠、私は失礼して本部に向かいます」
アーネストはその場の人々に言い捨てると、神殿騎士団所有のSF実機訓練場を後にして、急ぎ神殿騎士団本部の建物へと、専用機セルティクロス・オディナを向かわせた。その道すがら本部通信手からフォモールの規模予想が報告された。
『副団長、先程命じられたフォモールの規模予想を報告します』
「前置きはいい、直ちに報告せよ」
『はっ、フォモールの詳細な種別は不明、最低でも軍団規模と見られます。間違い無く都市壊滅級と予想されます。副団長殿の指示に従い、雑務傭兵協会に強制の都市防衛任務を発行しました。期間は半月、それ以上終息の見られない場合においては随時任務に切り替えるよう手配済みです』
「御苦労様、私は騎士団本部に向かっている。もし他に報告が在るならば本部にて聞こう。ダーナ大神殿、雑務傭兵協会にフォモール南侵の報告を。この件に関しては市民には教団から公示されるか、都市脱出限界点にフォモール南侵が確認されるまで、情報開示を控えよ! 都市脱出限界点確認専用の哨戒部隊を選出、結成準備を頼む」
アーネストのセルティクロス・オディナは道を行く幾つもの路面軌道車を追い越し、教国の大路を駆ける。
フォモールの姿は未だ見えず、ただ、目に見えない影だけがゆっくりと覆い被さっているようだった。
†
ネミディア連邦首都“ネミド”中央公園五千人収容の屋外ステージにて、連邦政府主催連邦首都成立五〇周年記念セレモニーの会場設営と音響リハーサルが行われていた。
クリームホワイトのスーツ姿のエリステラは首都職員が走り回っているその様子を会場に程近くのビルの窓越しに遠巻きに眺めている。
「明後日はあの場所に立たれるのでしたね?」
「失礼しました、お婆様。どのような所に立たされるのか、気を取られてしまいまして」
横合いから掛けられた声に、エリステラはフォーディジェネレーションコープ代表取締役であり、母方の祖母でもある女傑、カルディナ=ホープハイムに頭を下げた。
「好いのよ好いのよ、エリス。あのアヴィのボケ爺に押し付けられたのでしょう? 大統領とか、政府高官とかのジャガ芋みたいな奴等に、私の可愛い可愛いエリスが視姦されなきゃいけないなんて、あの爺、今度会ったら引導を渡して遣らなきゃね!」
五十代のカルディナは年齢を感じさせず見目若々しく孫と祖母というよりは母娘が並んでいる様に見え、所々の不穏な言動を除けばエリステラが歳を取るとこうなるという見本のようだった。
「あの、お婆様。わたしはまだまだお爺様に元気でいて貰いたいのです」
「もう、エリスはいい子ちゃんなんだから! しょうがない、可愛いエリステラのお願いだもの。半殺し程度で許してあげる事にしましょうかしら。
話しを変えるけれどお仕事の方ね。樹林都市ガードナーからの搬送物資、確かにお預かりしました。護衛任務、御苦労様ね! 物資の内容は半永久機関でもあるSF用ジェネレータに使用される触媒、安定器封入済のガラス状結晶リア・ファルね。樹林都市の近郊にこんな重要物質が産出されるなんて、知ってる人そんなにいないわよ」
「わたし達ガードナー私設狩猟団の者も無事に運搬出来て安堵しました。安定器に封入されていれば爆発なども起きないのは知っていましたけれど」
カルディナは孫娘に笑みを向け、エリステラは首を傾げた。
「──で、エリスの意中の男の子はどこかしら? 孫娘のお相手だもの。御挨拶しなくちゃよね!!」
「ふえ、あの、お婆様。わたしえと、その。ジョンさんはそういった方ではなくてですね」
「まあ、ジョンさんというのが、エリスのお相手の男の子なのね!? で、どちらにいらっしゃるの?」
身を乗り出して食い付いて来たカルディナに、エリステラの後ろに控えていたレナが答えた。
「ジョンはトゥアハ・ディ・ダナーン主教国に滞在中ですよ。カルディナ様」
「そうなのね! では、エリステラ一緒に参りましょうか!!」
カルディナはエリステラの手を取ると、ガードナー私設狩猟団のSF搬送車の置いてある社屋の駐車場へと駆け出した。
 




