第45話 訓練、横槍、凶に染まる
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「──う、く、……オレいったい」
呻き声を漏らし、少年は自機のコクピットの中に目覚めた。
不格好に倒れた自機を直立させ、三重に構造材を重ねた前面装甲を兼ねたコクピットハッチを解放し、頭を振りながら外に出た。
『おお、目が覚めたのかい? 丁度佳境だよ、彼らの戦闘は』
脇に立つセルティクロスからハリスの声で話し掛けられ、神殿騎士騎は手にした武器である方向を差し示している。
示されるまま、ミックがそちらへ視線を送ると、崩れた姿勢のまま脚部機動装輪で無理矢理地面を滑り、起き上がろうとする片腕のSFとそれに構わず可変式双剣“ディルムッド”の連結槍形態で追撃を仕掛ける副団長専用騎の姿だった。
「ジョン!?」
その光景に少年は旧知の兄貴分ではない、数日前に知り合ったばかりの少年の名を呼んでいた。
思わず目を閉じたミックの視線の先、ジョンは地面を滑ったまま更に後方に跳躍してアーネストの二撃目を躱しそのついでに自機の姿勢を正すと、後進に使っていたランドローラーを逆回転させ、セイヴァーは騎剣を構えて自分からオディナへと突っ込んだ。
『君のほら、その片腕乗りの字名の由来になった機構は使わないのかい?』
自機と等速で突っ込んでくるセイヴァーにアーネストは冷静な声で問い掛け、ジョンはその問い掛けに無言の刃で返答する。アーネストは“ディルムッド”を分割しその片方でジョンの騎剣を去なし、もう片方の刃で斬りつけたがまた飛び退かれ避けられた。。
『返答なし……か。うん、……斬撃から甘えが消えたね。もっと本気出していこうかジョン君、キミ、こんなもんじゃ無いだろう』
直撃する事なく少年のSFに避けられ、続けて放った双剣を重ねた一撃も打点を見切られ受け止められた。
『話に聞いたそのSFの不可思議な機構を見てみたかったな。残念……だ!?』
アーネストに最後まで言い切らせる事なく、ジョンはセイヴァーを回転させる様な勢いで、騎剣の斬撃に加え脚部を使っての様々な蹴撃を交えて敵手に対して間断無く連続的に攻撃した。
『あぎっ……』
少年が痛みを堪える声を漏らし、何時の間にかセイヴァーはその全身にあの膜状の物質を纏っていた。しかし、それはあの夜に少年傭兵が見たそれとは較ぶべくもない程に薄く弱々しく思えた。
†
〔Extra system “Balor's fragment” stand by. - Ex effect “Balor's Shroud” - object domain building principle minimum - maximize expansion spread over〕
(──頭……痛イ、ナンだ……コレ?)
唐突に頭を走り抜けた稲光の様な激しい頭痛に、ジョンは視点が定まらない。
何らかのシステムメッセージが表示されている様だが、何と表示されているのか頭痛に苦しむ今の彼には理解は出来なかった。
少年の手足は、彼の頭脳の支配下から解き放たれたように正確に機体を操縦し制御している。
セイヴァーは左腕を無くしているため、ジョンは自由になる左手で頭を押さえていた。
ジョンは自身が操っているとは思えない程に、セイヴァーは機械的で正確な動作でオディナへと攻撃し防御して、オディナの攻撃を躱し反撃していた。
(──おかしいな、僕は……本当に人間か?)
治まらない頭痛に、少年の思考が乱れ、変に冷静な思考が脳裏を過ぎる。少年は自身が人であることさえ疑わしく思えた。
遙か遠くでアーネストが何かを言っているが理解不能だった。ジョンが終わらせようと意識した瞬間、横合いからの颶風が振り下ろしたセイヴァーの折り畳み式騎剣の刃を打ち砕いた。
起こった時と同じように唐突に少年を襲っていた頭痛は晴れ、ジョンは糸の切れた人形の様に意識を失い、セイヴァーはゆっくりと膝から地面へと倒れ込んだ。
攻撃の放たれた方向へその場の視線が集中した。
†
地面に倒れ込んだセイヴァーを見詰めるアーネストにいつの間にか現れていた新たなSFから声が掛けられた。
『余計な手出しだったか、マイヤー?』
アーネストは極力感情を面に出さないよう注意しながら、横槍を入れてきた存在へ視線を向けた。そこには神殿騎士団特有のケルト十字の意匠で飾り付けられた重装甲の機体がいた。
『ええ、団長閣下、私から要請した実機訓練でしたので』
『そうか、それは済まないな。我等が副団長殿がやられそうに見えたのでな。思わず手を出してしまった』
誰にも済まないとは思っていなそうな声で、神殿騎士団団長騎CELTICROS・DEIMNEからアーネストに返答された。
アーネストは神殿騎士団団長騎を機体越しに睨んだ。
CELTICROS・DEIMNEとは、セルティクルスの神殿騎士団団長専用騎として指揮管制支援システム“フィンタン”を内蔵している神殿騎士団の象徴であり、騎士団に伝わる槍と大剣の姿を持つ可変機械弓“MACALUIN”と大盾“FIONNMACUMHAILL”を装備する機体で、セイヴァーの騎剣を撃ったのは“マクリーン”による砲撃だった。
弾かれる様に飛び出したミックは生身のままセイヴァーの、ジョンの元へと走り、それを見た騎士団長の駆るディムナは生身のミックを狙い、マクリーンで砲撃した。
オディナのディルムッドの刃が閃光となり、マクリーンの放った鋼矢を斬り落とした。背後の遣り取りを無視してミックは急いだ。
『団長殿、あれは私の弟です。お間違いのないようお願いします』
神速の踏み込みで鋼矢を迎撃したアーネストへ、嘲る様な笑いを含んだ声で騎士団長が返した。
『ククク、スマンな。大きなドブネズミに見えたものでな? いや、ドブネズミこそ副団長殿の兄弟か』
険悪な雰囲気の静寂の中、 神殿騎士団団長騎と副団長騎の間にセイヴァーが起き上がった。ミックはジョンによりハリスの下へ運ばれている。
「そこの人、何故無防備なミックを撃った?」
『無様な雑兵風情が、誰に物を言っている。私は貴様の様な傭兵が気軽に話し掛けて良い存在ではないわ!! ふんっ、まあ良い、目障りな害獣は駆除せねばならんだろう? それだけだ』
団長の言葉にジョンは心底がっかりした。何故だか先程のアーネストとの戦闘時よりも強く。
「ハリスさん、アーネストさん、この愚か者は壊して良いかな? 良いよね、もういいや色々とうん。楽に死ねると思うなよ?」
顔には張り付いた様な笑みを浮かべ、ジョンは無手のセイヴァーをディムナへと相対させた。
〔Extra system “Balor's fragment” stand by. - Ex effect “Balor's Shroud” spread over〕
先程とは違い、スムーズにセイヴァーの隠蔽化装置、魔王断章が作動。同時に教国全体が大きく振動し、都市全体で消費される筈のエネルギーがセイヴァー唯一機に注がれた。
セイヴァーの全身が余剰エネルギーで発光する。
「主母神ダーナへのお祈りは済ませたか? せめてもの情けだ一撃で殺してやるよ」
ジョンは目障りな愚か者へと宣言し、半物質化したエネルギーの左腕を団長騎へと叩き込んだ。
言葉もなく大盾“フィン・マックール”で受け止める団長騎。しかしその甲斐もなく地面に大きな罅が走り、セイヴァー諸共、地の底へと落ちて行った。
彼らのSF二機が大穴に落ちて直ぐに構造材が何か判らない隔壁が開いた穴を塞ぎ後には困惑する人々が残された。




