第41話 緊急依頼1 少年傭兵ミック
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舞台は数日前に遡る。
ジョンはミックと共にフィッシュ&チップスで夕食を済ませた後、辺りもすっかり暗くなった街並みを気の進まない顔の少年傭兵を連れて、ハリスン家へとやって来た。
以前、任務から戻ったら一度顔を出す様にと、少年はハリスとダナの双方から言われていたのだ。
流石に今日も泊めて貰うのは悪かろうと、少年は二人に挨拶をしたらさっさと宿を求めて玄関先で辞する積もりでいた。
扉の前に立つジョンがライオンの頭の飾りが付いたノッカーで来客を知らせる後ろ側では、ミックが居心地の悪そうな様子で、中から顔が見えないようにそっぽを向いて立っている。
パタパタと跳ねる様な軽い足音が聞こえ、ダナが玄関先に顔を出した。
「ジョンくん、おかえりー! お父さぁ-ん、ジョンくん帰って来たよ! あれ、その後ろに居るのって、ミック?」
「ダナさん、ただいま。戻って来たから挨拶にね。ミックとは今回の仕事で知り合ったんだ」
ジョンは笑顔で少女に答えた。ミックは少年に紹介され、渋々と少女に声を掛ける。
「よ、よう……久し振り、ダナ」
「もお、ミック、あんた今なにやってるの? マイヤー先生達、ずっと心配してたんだよ! いいわ、二人とも上がって、お茶くらい煎れるから。あ、ジョンくん、夕ご飯食べた? まだなら何か作ってあげるよ、ミックは?」
「うん、夕飯はミックと一緒に食べて来たんだ。ありがとう、ダナさん」
少女の気遣いに感謝して、ジョンは動きの鈍い少年傭兵を引っ張って、ハリスン家にお邪魔する。
二人はジョンがアーネストと対面した居間に通された。
「じゃ、ちょっと待っててね!」
ダナは二人をソファに座らせてその場に残し、台所へと小走りに消えていく。それから間もなく、家主のハリスが居間にやってきた。
「おお、ジョン君よく帰ったね。ミック、君も久し振りだな。まさか、またうちのダナに悪戯をしとらんだろうな? どうなるかは身に沁みて解らせた筈だが?」
従騎士はにこやかにジョンの帰還を喜び、ミックに挨拶した。少年傭兵には若干ふざけて問い掛けた。
「ただいま戻りました、ハリスさん」
「お、お久しぶりです……、ハリスおじさん。──っいやいや、流石にもうしませんて!?」
笑顔でハリスに帰還を告げるジョンの隣で、過去の折檻を思い出したのかひどく慌てた声で、必死にミックは従騎士の問い掛けを否定していた。
「焦り過ぎだよ、ミック。冗談ですよね、ハリスさん?」
「わはははっ、ミック。悪かったな。ジョン君の言う通り冗談さ。……半分はね」
「残りの半分はなんなんだよ!? ……油断ならねえな、おっさん!!」
ハリスの言動にミックがげんなりしていると、ダナが茶器と茶菓子を運んで居間へと戻って来た。
「お待たせ! 今日、スコーン焼いたんだ。食べてみてよ」
上機嫌な顔でダナは、居間に居並ぶ面々の前に彼女お手製のクロテッドクリームの添えられたスコーンの皿を置いていき、スプーンを添えた瓶詰めジャムのをローテーブルの真ん中に置いた。
「お好みでクリームとジャムを付けて食べてね」
少女が戻って来たからか、和やかに談笑が続いた。
どれほどの時間、会話が交わされたか、ハリスはジョンとミックの顔を眺めて口を開いた。
「君達、もう夜も遅い。今日は泊まっていきなさい。今からでは、宿も探せんだろう?」
「いや、悪いですよ。遅くに伺ったのは僕等の方ですし」
「え、良いのか、おっさん?」
ハリスの提案を辞退しようとするジョンと、一も二もなく飛びつくミック。対照的な反応をする二人にハリスは苦笑を漏らし、ミックに頷いてみせる。
「ああ、しかし、ミックだけだとダナが心配だ。一緒に泊まっていってくれないかジョン君?」
「こんなチンチクリンになんて、なんもしないっすよ?」
ミックは心外だとでも言いたげにキョトンとした顔でハリスに返し、それを聞いたダナはむくれ顔でミックに反応し、ジョンの手を取って首を傾げて言った。
「チンチクリンで悪うございましたね!? ──ジョンくん、そこのバカはどうでも良いから、君は泊まっていってね」
ジョンはハリスとダナの顔を見回し、二人が笑顔で頷いてみせると、ハリスに対して頭を下げた。
「では、ご厄介になります。ハリスさん、ダナさん二人ともありがとう」
「ああ、気にせず厄介になってくれ。済まないが二人一緒の部屋になるが、良いかい?」
「野宿や雑魚寝部屋に比べたら天国さ、オレはかまわない」
「僕も構いません。泊めて貰えるだけで、有り難いですから」
「お父さん、ジョンくんだけなら、あたしの部屋に泊めてもいいよ?」
綺麗に話が纏まろうとしたそこへ、ダナが爆弾を投げ込んだ。
グギギと音の出そうな様子でハリスはダナに顔を向け、ジョンに向き直った。
「──いつからかね。二人は一体、いつからそんな関係に?」
地の底から響く様な声で、ハリスはジョンに問い掛けた。その顔には張り付けたような不自然な笑顔が浮かんでいる。但し、その目は全く笑っていない。
「ダ、ダナさん!? なんてことを言うの!? ハリスさん、誤解ですから! 僕とお嬢さんとの間にはなにもないですから!!」
「何もないって、デートしたのに?」
「ほほう、どれ、詳しく話を聞こうじゃないか?」
ダナの言葉に父親は身を乗り出し、詳しい内容を求めた。ジョンは少女の話を焦って否定する。
「ダナさん!? さっきから、なに言ってんのさ!? 街を案内して貰った以上のことはして無いじゃないか」
「うん、二人で街を廻って、教国で定番のデートコースを案内してあげたわね」
「そりゃ、デートだわな。勘違いしようがないぞ、ジョン」
「ですって、ジョンくん!」
ミックが少女の言を聞いて肯定すると、ダナは満面の笑みを浮かべ、恨みがましく見つめるジョンをからかう。少女と顔を見合わせるジョンの肩にハリスの手が置かれ、ギチギチと従騎士の指が少年の肩に食い込んだ。
「ジョン君、お話ししようじゃないか? そう、二人っきりでねぇ!?」
ダナは両手を組んでジョンの冥福を祈ると、ミックを客間に案内して行った。
「さて、ジョン君、今度、一緒に訓練しようじゃないか。大丈夫、アーニーにも話を付けて置くから安心してくれたまえ。ちょっと、死ぬほどきついだけだから」
「……え、いや、あの、うう、はい」
何か途轍もない厄介事が少年の身に降りかかる事が確定し、夜が更けて行った。
†
その夜から更に数日、ジョンはミックと連れ立って、雑務傭兵協会に訪れていた。
「何で、連んでるんだオレら」
「まあ、良いじゃない? 僕は知ってる顔が有って嬉しいし」
大型映像掲示板の前で、スクロールされていく任務依頼を眺めながら、少年達は他愛もないお喋りをしていた。
そこへ、窓口からジョンに声が掛けられた。
「ジョンさん! ジョン=ドゥさん! いらっしゃいましたら受付窓口までお願いします!」
「ジョン、呼ばれてるぜ。行ってこいよ」
「うん、じゃ、ちょっと待っていてよ」
ジョンは傍らの少年傭兵に断りを入れ窓口に向かった。以前に少年の登録時に担当した受付嬢の姿はなく、ジョンが始めてみる女性が座っていた。
「すみません、ジョン=ドゥは僕です」
「本当に本人ですか? 身分証をお願いします」
窓口に現れた少年の姿に受付嬢は顔をしかめて、身分証の提示を求めた。ジョンは黙って認識票を受付嬢に提示した。
「……はい、失礼しました。御本人様ですね。早速ですが、本題に入らせて戴きます。神殿騎士団副団長アーネスト=マイヤー卿からの指名依頼となります。任務内容はSF実機を用いての戦闘訓練、期間は明日から一週間、機体損傷時の修理費は依頼報酬とは別にマイヤー卿が負担されるそうです。お受けなさいますか? なお、ドゥさん以外に一名までお連れの方を連れて来て良いとの事です」
特に断る理由も無いとジョンは、その依頼を受ける事にした。
「はい、受けます。そこの掲示板前にいるミック=マイヤーを連れていきますが良いですか?」
「はい、では依頼受理で処理しますね。お連れの方をお呼びください。別途、契約しますので」
その声が聞こえたか、小走りに窓口にやって来たミックがジョンに詰め寄った。
「おいおいっ、勝手に決めんなよ!」
「え、でも、報酬は良いよ。掲示板に出てた依頼の二,三割増しで。当然、ミックにも支払われるみたいなんだけど」
「え、マジ? なんだよジョンくん、それを先に言ってくれよな」
少年に報酬について教えられると、現金にもミックは目に見えて上機嫌となり、ジョンの背中をバンバンと叩いた。
「ミックも受ける方向でいいよね?」
「はっはっは、その方向で話を進めてくれたまえ!」
「じゃ、ミック、そこの受付嬢さんに身分証を提示してね」
「おう、いや、マジ神だわ、ジョン」
ミックは窓口に自身の身分証となっている腕輪を提示した。さほど待たずにミックは受付を完了しジョンの傍に戻って来た。
二人が外に出ようとすると、不意に協会の建物内に警報が響いた。けたたましい音に辺りを見回すジョン。対照的にミックは平然としている。
「──なにこれ? なんの警報?」
「騎士団からの救援要請だな。危険度の割に依頼報酬安いからスルーする奴が多いんだ。窓口行けば緊急依頼が受けられるぜ。受けて見るか?」
「うん、受けてみようかな。ハリスさんクラスの人とだったら、そんなにきつくないだろうし」
「ああ、あのおっさんはな、特別なんだよ。正騎士以上であのおっさんに勝てるのは、騎士団長と副団長くらいらしいぜ。なのにずっと従騎士身分のままで昇進出来ないのは、上から相当に疎まれているからじゃないかって、オレらのガキの時分から噂になってたんだ。だから、あのおっさんクラスの腕のある騎士はまずいねえぞ」
「まあ良いじゃない。受けて見るよ」
「仕方ねぇな、オレも付き合うさ。お前のおかげで割の良い仕事も受けられたからな」
ジョンが受付に向かうと、ミックは追いかけてきた。受付嬢はおどろいた顔をしたまま二人の緊急依頼の受付を完了した。
今回、二人の機体は南方門側の駐機場に預けられており、直ぐに南方門へ直通の路面軌道車が出るという事で、ジョンとミックは走って協会直近の停留所へ向かった。
駐機場の管理人に緊急依頼の受理済である事を確認させ出国審査を省略、それぞれの機体に搭乗し街門を通り抜け、受付時に指示された神殿騎士団の集合場所に急いだ。
ジョンとミックを除いてしまえば、雑務傭兵の姿は片手で数えられるほどしか居なかった。
立ち並ぶ四騎の神殿騎士団騎CELTICROS、その内の隊長仕様騎CELTICROS・FIANAから、集まった雑務傭兵にスピーカー越しに声が掛けられた。
『雑務傭兵の諸君、此度の緊急依頼を受理された事、深く感謝する。排除対象は憂国志士団。これの強奪行為の阻止である。強制ではないが、SF、DSFを問わず、三機から四機一隊での行動を推奨する。では、これより出陣する!!』
隊長仕様騎が剣を掲げ、神殿騎士団騎はそれに合わせて雄叫びをあげネミディア中央街道へ走り出してゆく。
それと時を同じくして、教国と連邦首都への分岐点での戦闘が開始されていた。土煙と爆炎がそちらでも戦闘が始まっていることを遠目にも伝えている。
分岐の教国側にも憂国志士団の部隊が展開し、街道を行く物資輸送車が狙われていた。
こちら側に展開する憂国志士団の部隊の内訳はSFが二機とDSFが四機のみだった。
「憂国志士団とか言う人達、随分と少ないみたいだね?」
セイヴァーのコクピット内でジョンは独り言ち、踵部のランドローラーを展開、戦闘機動で行動を開始した。
『コラ、片腕乗り。先走ってんじゃねぇよ、ジョン!』
追いかけて来たミックに字名で呼ばれた。
「僕はそんな呼ばれ方されたくないな!」
ジョンはさほど気にしていない顔で口だけそう言うと、目の前に展開を始めた憂国志士団の部隊に躍り掛かった。
神殿騎士団もミックも追い抜いて、セイヴァーはジョンの意志のまま折り畳み式騎剣を抜き放ち、自身に向けられた無数の銃口に飛び込んで行く。
セイヴァーただ一機のみに集中する火線。
弾丸と弾丸の僅かな空隙を見極め疾走するSFに、弾丸はジョンの、セイヴァーの身に掠りもしない。
「まずはキミだ」
ジョンはコクピットの内に知らず笑みを浮かべる。
相対するSFのパイロットは、自機による幾度と無く繰り返したアサルトライフルの弾丸を、掠りもしないで幽鬼の様な動きで躱す片腕のSFに恐慌を抱いていた。
するすると距離を詰め、接近したセイヴァーは敵対者の構えるアサルトライフルを騎剣で下腕ごと斬り飛ばし、もたもたと残る腕で折り畳み式騎剣を抜こうとする憂国志士団のSFの無防備となった機体の中心を返す刃であっさりと貫いた。
一応、パイロットまでは貫かない様、配慮する余裕まで見せて。
部隊の中核戦力であるSFをあっさり倒された事に、憂国志士団の部隊中に戦慄が走り、一瞬、凍りついたように部隊全体が静止した。
「さて、次はキミ」
SFから引き抜いた刃に着いた雫を剣を薙ぐ事で払い、敵が呆けている間に、セイヴァーは次なる獲物に襲いかかった。
次に討たれたのは六機いるDSFの内の一体。
これの末路は先程のSFより酷く、何も出来ぬまま、器用にも燃料に引火せぬよう騎剣で突き刺され、彼は憂国志士団の弾丸を受け止める為の盾として使われた。
「あ、さっさと降りてね。殺す気まではないから」
騎剣で串刺しにしたDSFのパイロットにスピーカー越しにそう告げたジョンに、我に返った敵部隊は無慈悲にも味方の事などまるで気にせず、セイヴァーを的に一斉に十字砲火した。
味方からの弾丸をしこたま被弾した盾に火が着くと、ジョンは爆弾代わりに眼前の敵対者達へと投げつけた。
逃げる間もなく味方の弾丸で撃ち抜かれた憂国志士団のパイロットを思い、悲しげな顔でジョンは瞑目した。
「味方だろう? 逃げる間くらいくれてやれよ!」
見知らぬ誰かの死に赫怒したジョンの操るセイヴァーは踊り続け、憂国志士団の部隊は瞬く間に駆逐され、平原に幾つもの残骸を晒した。
神殿騎士団に連行され行く憂国志士団の構成員を横目に、その間中、ジョンは表情を無くし人形の様に押し黙っていた。
セイヴァーの周りでミックを始めとする雑務傭兵の者達が何かを言っている。
ジョンの行為に対する非難の様だ。しかし、少年の耳には何も届いていなかった。




