第38話 エリステラの旅路
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ドクのガレージにセイヴァーを預け、ジョンは任務の完了報告の為、教国第三区の雑務傭兵協会のダーナ教国支部へと戻ってきた。
「お帰りなさい、“片腕乗り”クン!」
協会の建物に入ろうと少年が扉を開くと直ぐに、窓口に座っていた受付嬢からいきなり字名で呼ばれた。よく見ると少年の登録時に担当した女性だった。協会の建物内に居た何人もの傭兵達から視線が注がれ、少年は気恥ずかしさを憶えながら、建物内に入り窓口へと向かった。
「あの、任務を終え帰還しました。アンディさんは後から来るそうです。それで、これ完了証です。帰還後の手続きをお願いします」
「はぁーい、承りました。あと、また身分証を提示してね!」
受付嬢に言われるまま、ジョンは認識票を差し出した。
「うん、ジョン=ドゥさん本人と確認しました。身分証はお返ししますね。依頼報酬はどうしますか? よろしければ、このまま雑務傭兵協会に口座を開設して預かることも出来ますよ。金銭データのやり取りは暗号化されてどこからでも一元化されているから、身分証でお買い物もできるわね。入り用ならその都度、現金化して引き出す事も出来るけど、お薦めはしないかな。かさばるから」
「あー、借金があるんですけど。それってどうなるのか教えて貰えます?」
控え目に少年は受付嬢に問い。ジョンの口から借金と聞いても、受付嬢は大して驚く素振りも見せず、平然と少年に応える。
「ああ、よくいるわ、借金抱えている人。傭兵って初期投資は馬鹿に出来ないもの。自分の命に直結しているからね。ジョンくんもその口かしら? 特に自前のSF乗ってる人は、整備やら、弾薬代やらどんどんお金がかかるらしいね。SFのジェネレータは特別だから燃料代はDSFと違ってかからないけど、高い技術力がないとSFはいじれないから」
「あの、話し脱線してません?」
少年は首を傾げ、受付嬢に問い直した。言われた受付嬢はアッと口を開け、取り繕う様にジョンに答えた。
「え、ああ、大丈夫よ。借金は別枠作って収入の割合で返済に当てれば良いから。ジョンくんの報酬、今回は結構良いの、何人か敵前逃亡した連中の分が残った人達に頭割りで加算されてるからね。どうする、口座作る?」
「じゃあ、口座作ります。とりあえず五割を返済に当てます」
少年は受付嬢の提案に乗ることにした。
「はいじゃ、もう一度、身分証貸してね。……出来ました。新しく口座を登録しましたよ。今回の報酬はこちらに半分、返済に半分ね?」
ジョンから諾と返事され、受付嬢は素早く処理を終え、再度預かった身分証を少年に返却する。
「またのお越しをお待ちしていますね」
「ありがとうございました、お姉さん」
笑顔で見送る受付嬢に謝意を示し、雑務傭兵協会を後にした。
†
その日、ガードナー私設狩猟団SF部隊は大きな障害に遭う事無く大陸樹幹街道を進み、ネミディア連邦西部に広がる大樹林“ケルヌンノス・ヘルシニア”を抜け、ネミディア中央平原へと足を踏み入れていた。
「皆さん、連邦首都まで、後もう少しです。気を抜かずに行きましょう!」
テスタメントのコクピット内から頭部メインカメラで僚機を見回し、エリステラは部隊に活を入れた。
『はいはい、隊長。わかってるわ、相変わらずここからは良い景色ねぇ!』
『わかったわ、エリス隊長! 教国も首都も、すごく近くに見えるね、ジェス姉』
『そうねえ、まだ三日も距離がある様には見えないわね』
エリステラの前方の物資搬送車を挟んで左右に展開中の二機のSFに搭乗するジェスタとレナから通信が返ってくる。
二人の何時もの様子に口許を綻ばせ、自機の後方の二台のSF搬送車にも通信を送った。
「こちらエリステラです。搬送車の皆さんの様子はどうですか、ベルティンさん?」
『はいよ、お嬢。弛んでる整備班の連中は俺がシメて置くわ』
副技師長の台詞に若干の不安を抱いたエリステラは、一応ベルティンに釘を刺しておく。
「あの、皆さんに怪我はさせないでくださいね?」
『はははっ、お嬢は甘いねぇ。加減は身体で憶えてるかんな。自分の首締める様な真似はしねぇさ』
ベルティンは少女に笑って返し、エリステラも一応、納得して通信を終える。
ここから連邦首都までは後三日程、エリステラは目的地の北側にある石造りの遺跡の様な教国へと視線を送り、そこに居る筈の少年を思い浮かべて自身のSFを連邦首都“ネミド”へと進ませて行く。
†
完了報告を済ませたジョンが雑務傭兵協会の建物を出ようとした所で、少年は見覚えのある少年傭兵に捕まった。
ガレージの時程の敵意を感じなかったので、ジョンは夕暮れ刻の街を、ドクからミックと呼ばれていたその少年傭兵に腕を引かれるままに付いて行った。
「僕はどこに連れて行かれるのかな? えと、ミックくん?」
ジョンから名を呼ばれ、少年傭兵ミックは目を見開いた。
「なんでオレの名前知ってやがる」
「ドクさんが呼んでたの聞こえてたから」
ミックは溜め息を吐き、ジョンに名乗った。
「ミック、ミック=マイヤーだ。知ってんなら勝手に呼び捨てにしろよ」
ぶっきらぼうにそっぽを向きそう言ったミックに、ジョンは笑顔を向けた。
「ミックはファミリーネームが副団長さんと一緒だね? 血縁だったりするの?」
ミックはまた驚いた顔をして振り返り、付いて来るジョンに答えた。
「お前、アーニーとも知り合いかよ。……オレとアーニーに血の繋がりは無いよ。オレは孤児でさ、アイツの両親がやってる孤児院で育ったんだ。そんときゃただのミックだった、十五の誕生日に院長先生から改めてマイヤーの姓を貰ったのさ。戸籍作る時、はなからミック=マイヤーで登録はされてたんだけどな」
ジョンはミックが孤児院について語る時に顔を綻ばせるのを知った。
「あれ、じゃダナさんもミックの知り合い? ダナ=ハリスンさん」
「おま、お前、何でそんな知り合いばっかなんだ。知ってるよ。従騎士の親父さんの娘だろ? あー、でもオレはアイツにゃ嫌われてる。ガキの頃アイツにイタズラ仕掛けまくったからな。その度に親父さんとアーニーからまあヒドい折檻を受けてなあ」
あれは辛かったと、ジョンを余所にミックは遠い目をしている。
「お前、いや、ジョン、お前を連れて来たかったのはここだよ」
ミックがジョンを連れて来たのは、第三区の一画にあるFish&chips店だった。
ミックは店先でフィッシュ&チップスを二包み買い込むと片方をジョンに渡してきた。
「この店のフィッシュ&チップスはうめーぞ。オレの奢りだ、食ってくれ。あ、おっちゃん、酢と塩使わせてもらうぜ」
ミックは店主に断り、店先の調味料のビンを持ってきた。
「お前、どっち使う? ここのは衣に味付けしてあるからどっちでもかけ過ぎんなよな」
「じゃあ、塩で」
ミックから塩のビンを受け取り、包みを開いて魚のフライとフライドポテトに塩をサッと振り、魚のフライにかじりついた。
「……おいしい。うわ、お昼にアンディさんが食べてたのと違って、魚のフライはサクサクだし、ポテトもホクホクだね!」
それを食べたジョンが顔を嬉しげに綻ばせるのを見てミックは無邪気な笑みを浮かべた。
「オレはさ、カメレオン型のナイト種と戦う前に、お前をDSFで脅した三人組の一人だ。けど、お前がいなかったら、きっと今、オレは生きてないからな。済まなかった。それと、助かった」
ミックはジョンに頭を下げて、Fish&chips店に調味料のビンを返しに行った。




