第3話 ガードナー私設狩猟団
(妙な拾いモンしちまったなぁ……、絶対に訳ありだぞ、コイツぁ)
そんなことを思いつつ、日に焼け灰色がかった金髪を短く刈り込んだ頭の白系人種の中年男性、ダン=マクドナルは眉間を揉みながら、目の前で修道女の様に手を組んでこちらを見上げる少女に言った。
「本当に、団本拠まで連れて行く気か、お嬢?」
(説得とか、ムダだろうな……、暖簾に腕押しか糠に釘か)
ダンは無性に煙草が恋しくなった。ちなみに、狩猟団の規則でSFパイロットは部隊行動中は禁煙である。
「えっ、と、ダメですか? この子、そんな悪い子じゃないとおもうんですけれど……。
お爺さまにはわたしから伝えますから」
瞳を潤ませ、哀しげに少女が懇願している。
ゆるくウェーブのかかった長い金髪を肩の後ろで一つにまとめ、白いパイロットスーツに身を包んだ可愛らしい顔立ちの十六歳の少女、ガードナー私設狩猟団団長アーヴィングの令孫、エリステラ・ミランダ=ガードナー嬢だ。
その胸部は年齢不相応に大きく膨らみ、パイロットスーツを変形させている。
それらが組み合わせれば、大抵の男はホイホイ言うことを利きそうな表情だった。
しかし、少女を幼い頃から知るダンには通用しない。
「お嬢にかかりゃあ、どんな奴でもイイ奴ダロが!! 大体、さっきまで脅されてたんはお嬢、お前さんだろうがよ。
ちったぁ、身の危険とか感じてくれ!」
ダンはこれ見よがしに溜息を吐くと、視線を横に流した。
この状況の元凶である十五、六歳程の年頃の少年が、地面に転がっている。
両手両足をワイヤーで縛られ、芋虫の様な態勢をさせられながら、ニコニコしていた。
特に目を惹く様な容貌はしていない、何処にでも居そうな茶金の色の髪をした細身の少年だった。
ダンは正直、この少年のことがとても気持ち悪かった。
こんな状態でも少年さえその気なら、自分達四人が諸共に殺されそうな、そんな焦臭さにも似た気配がするのだ。
「いや、さっきも言ったけどさ、僕の記憶って奴はどこかに消えちゃっててね。悪いけども、本当に何にもわかんないのですよ。乗ってたSFもあんなでしょう」
少年が顎をしゃくって示した先に、片腕のSFが片膝を立てた駐機姿勢で座っている。
少年曰わく、機体名をSAVIORとかいうらしい、偉そうな名の機体だ。
残る仲間二人が少年のSFを簡単に調査しているそちらへと、ダンは声を掛けた。
「どうだ、何か解ったか? そのSF」
ダンの声に振り返った長身の美男子、長いくすんだ色の金髪をうなじで結び背中に流した青年、ジェスタ=ハロウィンが振り返りダンに答えた。
もう一人はハッチを開放したまま、少年のSFのコクピット内部に入り込んでいる。
「こんな状態のSFで、お嬢が言っていた様な機動が出来たなんて、とてもじゃないけど信じられないわね。
ヒッドイわよ、特に腕の無い左半身がボロボロ、爆発したロケット弾だかミサイルだかの破片が装甲のそこら中に食い込んでるわ。至近で爆発するような攻撃を、回避しようとでもしたのかしらね」
オネェ口調で話す青年が、地面に転がる少年に視線を送った。
「どうなのかしら? キミ」
問われた少年は、笑顔を止めジェスタへと視線を向けて、真面目な口調で答える。
「よくわからない、あ、誤魔化してるわけじゃないよ。多分、お兄さんの言った、その攻撃の後からなんだ。僕の記憶が連続しているのは。
しかし、真面目に話すには締まらないね。この格好だと」
「そう、仕方ないわね。レナ、ちょっと出ていらっしゃい」
少年の戯れ言を無視して、コクピットの調査をしている少女、レナ=カヤハワへ話し掛けた。
黒髪で幼さの残る怜悧な容貌をした東方諸島人の少女が、潜り込んでいたコクピットから頭のみを出し、切れ長の瞳を瞬いて傍らに居る青年の方へ顔を向けた。
「呼んだ、ジェス姉?」
「ええ、何か解ったかしら」
レナは難しい顔をして、首を左右に振った。
「わっかんない、解ったのは、最新設備を満載してる事くらいよ。そんなレイパーほっといて、こっち手伝ってよジェス姉」
聞き咎めたエリステラがレナを窘める。
「あら、ダメよ、レナ。そんなことを言ったら可哀想よ。
わたしと彼が変な体勢になってしまっていたのは本当、でも、あれは転んでしまったわたしが、彼に受け止められて助けられた結果なの。彼から変な事をしたワケじゃ無いわ」
エリステラの物言いに、レナは彼女をきっと一瞥し、機体から降りると唸るようにエリステラへと返答した。
「エリスは危機感が足りないの!! もし、エリスがコイツに本当に変な事されてたら、こんなので済ましてないわよ!!
……話を戻すけど、ダン隊長、ジェス姉、この機体、詳しく調べる気があるなら、あたしもソイツを団本拠に連れて行くくらいしかないと思う。
これも基本はSFだから、あたしたちの機体とも共通してる。でも、このコクピットには機械式のスイッチの類が一切ないのよ。有るのはコントロールグリップとフットペダル、後はグリップ近くに画面が在るだけだわ。これがタッチパネルになってるみたいだけど、何も画面上に表示されないの。
落ち着いた環境で、操作に習熟する時間が少しでもとれるならともかく、余程の変態か天才でもなければ、今すぐここから動かすのは正直な所、厳しいわね。今、私たちに訓練をしている時間なんて無いでしょう? ソイツを使った方が早いわ」
「ぐぬ、おい、ジェスタ、このガキを連れて行くのか、置いていくのか、お前はどちらだ?」
レナの言に、ダンは唸り声を漏らし、ジェスタを睨み付ける様に見やった。
「あら、コワい。ダン、残念だけどワタシも彼を連れて行くのに賛成よ。
ワタシ等は軍人じゃない、だから戦闘中でもなければ、隊員同士の意見がぶつかったら多数決、でしょう?」
「だぁ、チクショウ! 俺以外全員賛成かよ。はあ、わかった連れて行く、仕方ねえ」
ダンは不満げにそう言い、自身のナイフで足下の少年を拘束するワイヤーを切った。
「ほれガキ、テメエの機体に乗れ! 笑ってねえでお嬢、ジェスタ、レナ、お前等もだ!」
怒鳴る様に告げ、ダンはさっさと自分の機体に搭乗して行った。
「では、みんな行きましょう。レナ、ジェスタさん機体へ搭乗を。
あ、あなたは機体にこのメモの帯域の通信波を登録してくださいね」
ニコニコしながらエリステラが号令を掛け、少女を残し、団員それぞれが自身の機体に向かう。
それをよそに一人、手をプラプラ振りつつ起き上がった少年に、少女はメモ書きを渡し、自機の通信回線を教えた。
「イタズラ通信とかしても良いの? こんなの僕に渡しちゃってさ」
エリステラの目を見てちゃかす少年に、優しく微笑んで少女は返した。
「戦闘機動中でもないのなら良いですよ。わたしもおしゃべりは好きですもの。女の子ですからね」
エリステラはえっへんと胸を張り、少年は徐に少女の強調した胸部に手を伸ばし、ふにふにと揉んだ。
「うんっ、デカい! 女の子だね!!」
少年は直ぐ様、手を離し、満面の笑みを少女に返して、逃げるように急いで少女の機体の傍に佇む自機へと搭乗した。
「あわ、あわわ、わたしのむねぇ!? ふぇ、男の方に、初めて、も、揉まれたぁ」
残された少女は両腕で自分の胸を庇い、逃げていく少年の背に恨みがましい視線を送る。
そのままエリステラは、トボトボと短い距離を歩き、SF脚部の簡易操作パネルを使いコクピットハッチのウィンチを起動し自機のコクピットへと搭乗した。
エリステラがSFに搭乗しジェネレータを起動、機体システムが覚醒した直後、新しい回線から通信が来た。
回線を開いた先の相手は少年だった。
『僕だよ! さっきの今で、ナンダコノヤロウって感じかな? エエモンを揉ませて戴き、有り難う御馳走様です! っと、こんな感じで馬鹿をするよ。そう決めた。
あれ以上のイタズラは、僕と君がどうにかならない事にはしないことをここに誓おう。
一方的で悪いけれど、さっきのイタズラは謝るよ。ごめんなさい、でも君、不用心過ぎる。許せとか言わないけど、気をつけて。きっと君には、僕の知らない人達が沢山、帰りを待っているのだろうからね、それでは、以上通信終わる』
エリステラはその通信に脱力感を得、怒ればいいのか、笑えばいいのか分からないまま、自然と吹き出すように笑みを得て、少年に通信を返していた。
「そういう、意図があったのですか? わたしに注意を促すような」
しかし、少年はあっさり返す。
『いや、あまりに立派なモノに自然と手が出たのさ!!』
いい笑顔を見せる少年に、少女はある思いを胸に抱いた。
ああ、コレは怒って良い、と。
そして、少年はガードナー私設狩猟団本拠へと向かう道すがら、通信機越しに少女からの長い長い説教を受ける羽目に陥ったのだった。
自業自得であるのだが。
†
ネミディア連邦南西部、フィル・ボルグ帝政国国境付近、試作SF教導訓練地。
転がる何体ものSFの残骸から、幾条もの数え切れない黒煙が揚がる中、肩口で緑の黒髪を切り揃え、両の眼を閉じた黒衣の少女がその場にそぐわぬ落ち着いた声で傍らの相手に問うた。
「私の08はどうなりました? あの子、まさか、死んではおりませんわよね?」
問われた軍服の青年は、少女に肯定してみせた。
「生きている。いや、死ななかった、か。至れるかは判らんが、工程は消化している。あれが愚かにも直撃を受けるのを見た時は、或いはそれで仕舞いかとも想ったが」
そう言うと鼻で笑い、青年は黒衣の少女へと向き直り、続けた。
「07、貴様の出番、そう待たぬかも知れぬ。いつでも出られる様、怠るな」
少女は肯きをもって返答とし、恍惚とした表情で嗤う。
「待っていて08、私が抱き締めに参ります」
2016/6/16 改稿