第33話 刻まれる字名
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しばらくして爆音が轟き、空に広がった炎が風に散らされる。
その場に残されたジョンを除いた二人の傭兵達は、まるで先程まで自分達が銃撃していた空を舞うフォモールよりも恐ろしいモノを見る視線を靄状のナニカに包まれるセイヴァーに注いだ。
『おま、おまえ、何なんだ!? 何なんだよ!』
『ぅ、うわああああああああああっ!?』
少年の操る片腕のSFに銃口を向け、一方の傭兵がわめく。残るもう一人の傭兵は恥も外聞も投げ捨て絶叫を上げると、セイヴァーに向け、手にした突撃銃をフルオートで射撃した。
『おっ、おい? 待て!っ?』
うろたえた仲間に制止されるも、絶叫を上げた傭兵のDSFにより放たれた連続する弾丸はフォモールに向け騎剣を振り上げた姿勢で動きを止めたジョン機に襲いかかった。
短時間に弾倉が空になるまで放たれた銃弾の雨はセイヴァーの周囲を漂う靄状の物質に空中に留められ、ばらばらと地面に零れ落ちる。
まるで何も起こらなかったかの様に、セイヴァーが銃撃したDSFへと発光するツインアイを向け、制止していた脚部機動装輪を稼動、バックパックと脹ら脛の推進器を噴かし、騎剣を前に向け一直線に突っ込んだ。
『ひいっ!』
『なっ!?』
情けなくも短い悲鳴を漏らし弾丸の尽きた突撃銃を投げ捨てたDSFと、残る一方の傭兵は息を飲み突進して来るジョン機へ向けた銃口がマズルフラッシュを閃き、突進するセイヴァーの構える折り畳み式騎剣の切っ先を中心に渦を巻く靄に銃弾は噛み砕かれた。
銃を投棄し両腕で機体を庇う傭兵達の二機のDSFの間を通り過ぎ、ジョン機は彼等の背後に夜闇に紛れ密かに忍び寄った存在へ、突進の勢いをそのままに螺旋を纏う騎剣を突き入れた。
セイヴァーが襲いかかった相手は鉄塊を無理矢理引き延ばした様な形状の棍棒を手にしたカメレオン型のナイト種だった。
セイヴァーの刺突はナイト種が盾にした鉄塊棍棒に阻まれ、騎剣の剣身を包む螺旋状の靄が塊を削り、金属同士の擦れる甲高く耳障りの悪い擦過音を響かせた。
カメレオン型のナイト種は口を開き、鞭の様に舌を斜めに振るった。ジョンはとっさに機体をしゃがませて、ナイト種の鞭撃を躱すも、ナイト種は続けて身体ごと回転し長い尾を振り抜いて攻撃され、セイヴァーは脚を掬われそうになりながらも後方に飛び退いた。
ナイト種はその回転を利用して飛び退いたSFを狙い、回転の勢いを加えた棍棒による高速の打撃が見舞われ、騎剣を機体の側面に縦てセイヴァーはナイト種の棍棒を受け止めた。
ジョンの剣身を包む靄状の物質にナイト種の棍棒は更に削られ、カメレオン型はまた口を開き長い舌を今度は槍のようにセイヴァーの胸部を狙い撃ち出した。
ナイト種の棍棒を剣で打ち払い、セイヴァーは右半身で右側に機体を跳び退かせた。
機体全身を覆う靄状の膜を貫通したカメレオン型の舌に、ジョンは胸部装甲を削り取られるも致命傷を避けた、そこへセイヴァーを援護する様に弾丸がナイト種へと撃ち込まれた。
『おい! 呆けるな! 加勢するぞ!』
それは突然、背後に始まった攻防に、呆然としていた傭兵達の一人がジョンを助ける為に短機関銃から放った弾丸だった。
『う、う、うおおおおおお!!』
セイヴァー相手に弾丸を撃ち尽くしたDSFが折り畳み式騎剣を振り翳して気勢を上げ、ジョンとナイト種の戦闘の場に突進した。
「来るな!!」
ジョンは反射的に傭兵に叫び、ナイト種と切り結ぶ。
ナイト種は柄だけになった棍棒を地面に落とし、鞭のように使う舌や尾で近接距離のジョンと傭兵を牽制、四つ脚で地面に伏せ、二本の棍棒を両手に形成した。
連続する四つの打撃がセイヴァーに襲い来る。傭兵のDSFは円上に広く振るわれるナイト種の攻撃に踏み込めずにいた。
後方のDSFが放っている弾丸もカメレオンの表皮を貫通出来ず、それでも諦めず攻撃を重ねる。
ジョン達とフォモール、双方共に決定打を打てぬまま、戦闘が続く。
騎剣に靄を纏わせ隻腕のSFがナイト種に斬撃を見舞う。
カメレオン型のナイト種はジョンの攻撃を両手に持つ二本の棍棒の片方で受け、払いのけ様に口を開いて舌を撃ち出し、体勢を崩したセイヴァーに残る一方の棍棒を振るう。
ナイト種の攻撃を避けるセイヴァーを援護し、傭兵達のDSFがナイト種に繰り返す攻撃も、カメレオンの左右の眼がギョロギョロと動いて周囲を見回して、別々の方向に存在する敵対者の姿を捉えられており、ナイト種へのダメージに繋がらないでいた。
『ジョン! 俺等も援護する!』
一進一退にもならずカメレオン型のナイト種とジョン、傭兵達の戦闘が何処までも続き、時間ばかりが経過しようとしたその時、彼方から疾走して現れたアンディのブレイザーが右肩に構えた回転式弾倉を砲尾に備えた無反動砲による砲撃がセイヴァーの脇を飛び、カメレオン型へと襲いかかった。
発射直後にブレイザーの肩上で弾倉が回転、即座に再装填され発射準備が完了する。
撃ち込まれた高速の成型炸薬弾は、尻尾をバネの様に使って跳ね跳んだナイト種に避けられ、方向からするとコリブ湖へと向かって放たれた弾体は飛んで行った。
『ありゃ、避けられちまったか。やっぱり走りながら撃つもんじゃねえな!』
『お節介野郎、何しに来やがった!?』
近接距離で騎剣を手にナイト種に斬り掛かりながら傭兵がアンディに叫ぶ。それを無視してアンディはブレイザーの左下腕の電磁警棒を伸ばしてスパークを纏わせて振り、背後へと合図を送った。
アンディの後方から現れた数機のDSFがカメレオン型へと銃撃を集中させる。ナイト種も流石にこの飽和攻撃には耐えきれず、幾つもの銃創をその身に刻まれ、多勢に無勢とジョンや傭兵達から距離を取り鳴き声を上げると、地面から煙が立ち登り数十匹のポーン種を呼び出した。
それを見てざわめくジョンとアンディ以外の傭兵達。ジョンはそれを後目に騎剣を振りナイト種とポーン種の集団に突っ込んだ。
『俺はジョンを援護しに来ただけだぜ?』
アンディはいっそ呑気な風情で騎剣を振っている傭兵に返し、再度、無反動砲をポーン種の群れに撃ち込み、ナイト種と戦うセイヴァーの後方へブレイザーを動かした。
「アンディさん、助かりました!」
『気にすんな。だが、こいつを撃ち込むにゃ隙がねえな。あのナイト種』
平然としているジョンとアンディのやり取りに気を取り直した傭兵達がフォモールへの攻撃を再開した。
傭兵達からの銃撃にポーン種は次々に溶け崩れていく。
「ナイト種は僕とアンディさんで引き受けます。皆さんは先ずポーン種を!」
ジョンは後方の傭兵達に告げ、ナイト種に立ち向かう。その瞬間、セイヴァーの全身を覆う靄状の物質が密度を増し、機体出力が端から見て解るレベルで増大する。
『勝手に決めたなぁ、まあ仕方ねえ。そういうことだ! 雑魚は任せるぜ?』
アンディはぼやき、少年の様に傭兵達に言い残し、ブレイザーにセイヴァーを追って走らせた。
傭兵達がポーン種と戦う中、ジョンはカメレオン頭と切り結んでいた。
カメレオン頭の打撃は先程までのようにセイヴァーを覆う膜を突き抜けず、粗末な棍棒の一方はジョンの騎剣に断ち斬られた。
感覚で察した少年はセイヴァーを後方に飛び退かせ、そこへアンディの砲撃がセイヴァーに釣られ飛び退いて避けようとしたナイト種の左腹部を吹き飛ばした。
その勢いでカメレオン頭は身体ごと吹き飛ばされて空を飛び、ジョンは吹き飛んだナイト種を追い掛けて疾走し、アンディは吹き飛んでいくナイト種に駄目押しの砲撃を喰らわせた。
アンディによる成型炸薬弾の砲撃に更に右腕と尻尾を砕かれ、カメレオン頭は地面を長々と転がされ止まった。
瀕死のナイト種は這いずり、近場に見つけた傭兵達と戦うポーン種の一体へ舌を伸ばし巻き取ると、一飲みに取り込んだ。
カメレオン頭の身体の欠損部位が泡を立て再生を始める。
そこへナイト種に追い付いたセイヴァーは疾走の勢いを乗せ、振り翳した右手の折り畳み式騎剣を全力で振り下ろした。
セイヴァーの全身を覆っていた靄が剣身に渦巻いて収束し発光、夜闇を切り裂く烈光の剣が醜く足掻くカメレオン頭を両断し平原に深く溝を刻み込んだ。
その時から、少年は“片腕乗り”の字名で呼ばれる者となった。