第236話 願えども
高速回転する脚部機動装輪で駆け出した“PATHFAINDER”の背後に異様な気配が忽然と現れる。操縦席のデューイはフットペダルを目一杯に踏み込み、脚部機動装輪の回転を限界まで上げた。しかし、“PATHFAINDER”の機動装輪は接地面との間から焼け焦げた黒煙を立てるばかりで、壊れかけた機体は縫い留められたようにその場に留まったまま、満身創痍な機体骨格が軋みを上げている。
自らのSFに振り向かせようとしても、思うように動かせず、背部カメラを作動させ、自身の操る“PATHFAINDER”に起きている事態を知る事となった。
「何だ!? 糸? 何だよこれ!?」
夥しい量の強靭な鋼色の菌糸が“PATHFAINDER”の機体へと、無数に絡みついている。特に腰背部に懸架したセラ達の乗っているコンテナは絡みついた菌糸の量が多すぎて、最早、繭玉の様にしか見えなくなっている有様だった。デューイが何よりも怖気を覚えたのは、それほどの量の菌糸が絡みついているにも拘らず、機体の動作が思うようにならなくなるまで一切気付くことが出来なかったという事だ。無様を晒そうと僅かにでも足掻こうと、デューイはその両手に掴む操縦桿を滅茶苦茶に操作する。“PATHFAINDER”の操作性は格段に向上しているのに、デューイの機体は操縦席からの操作を受けつつも物理的に行動を阻害され、少年の意思に反して思うように足掻く事すら出来ずにいた。
“PATHFAINDER”の脇を吹っ飛ばされていったジョンの乗る隻腕のSFが空中で反転し、こちらに向かって舞い戻ろうとしている姿を“PATHFAINDER”のメインカメラが捉える。その姿を自分達の救援に向かっているのだと解釈したデューイは機体右腕の短機関銃の筒先を無理矢理に後方へ向け、操縦桿の銃爪を引き絞った。
連続する激しい破裂音を響かせて“PATHFAINDER”の右脇で躍る短機関銃の銃口から弾丸が断続的に吐き出される。
始めの内は高速で撃ち出される弾丸の威力に菌糸群も引き千切られ、僅かな間、人型兵器も自由を取り戻すことが出来た。しかし、引き千切られる傍から次から次へと無数に伸ばされる内に、鋼色の菌糸群は“PATHFAINDER”の四肢を再度拘束し、ついには自らを引き千切る弾丸になど意に介する様子も無く銃口から放たれた端から絡め獲り始め、やがては弾丸を吐き出し続けていた短機関銃の弾倉が空になった。
菌糸に後方へと引き戻されながらも、それでもデューイに操られたSFは足掻くことを止めず、脚部機動装輪を限界以上に加速させ、手足を振り乱して拘束から逃れようと藻掻く。そうこうしている内に、“PATHFAINDER”の腰背部に括り付けられていたコンテナとの接続部から金属の軋み砕ける音が鈍く響き、双子の妹や共に生き抜いてきた子供達を内部に納めているコンテナへと鋼色の菌糸は幾重にも絡みつき、デューイのSFから無理矢理、引き剥がした。
「や、やめろよ!? セラ、ヒューイ、ジョーイ、フランク、ユキ、アル、クレア、リタ、ジュナ!!」
“PATHFAINDER”は腰背部からコンテナを無理矢理に引き剥がされた反動で大きくバランスを崩し、前に向けてつんのめり倒れ込みそうになる。操縦席のデューイは離れていくコンテナへと思わず“PATHFAINDER”の手を伸ばし、菌糸の蠢く都市廃墟の路面へと機体を倒れさせてしまった。
†
機体制御システムにより、“PATHFAINDER”のチャンネルと同期されていた通信回線から少年の慟哭の声が届く。
刹那、目を瞑り、見開いたジョンは“銀色の左腕”を左肩に装着し、フルスペックを取り戻した“救世の光神”の操縦席で、圧縮言語を唱えた。
量子誘因反応炉が一瞬で最大駆動、“救世の光神の全身から噴き出した膨大な量子機械粒子が機体を包み込み、物理法則の内にありながら、それに囚われることのない量子、超高速粒子の特性を“救世の光神の機体の全身に付与、機体に備わる質量を限りなく零に近付け、光に準ずる速度での動作を“救世の光神に与える。
世界の全てを置き去りにして、“救世の光神は亜光速での機動を開始、全てをその速度のままで行ってはゼロ質量のままであっても多大な破壊を撒き散らすことになる。その為、次の刹那には質量と速度を通常のそれへと戻しながら、空間そのものが“救世の光神”の亜光速機動により発生した衝撃波で小さな爆発を巻き起こし、“PATHFAINDER”との間にあった距離を詰め、“救世の光神”は量子機械粒子によって“銀色の左腕”の先から形成された“神王晃剣”を幾度か奔らせ、廃墟の奥へと引き込まれんとするコンテナの表面に幾重にも絡みつく鋼色の菌糸群を焼き斬り、機体の右手を伸ばしてコンテナを引き寄せると、地面に倒れ込んだ“PATHFAINDER”の元へ跳び退り、地面へと光刃を一閃、“PATHFAINDER”にも伸ばされていた鋼色の菌糸群を斬り裂いた。
ジョンはぎこちない動作で起き上がったデューイの“PATHFAINDER”へと右手で掴んだコンテナを押し付け、自律機動攻撃兵器と量子刃形成騎剣の全基を機体の周囲に呼び戻す。呼び戻された、自律機動攻撃兵器は損傷を受けていた二基も含め、“救世の光神”の発する膨大な量子機械粒子に触れた瞬間にその損傷を回復し、量子機械粒子を急速充填させた。
起き上がった“PATHFAINDER”が機動装輪で走り去るのを後目に、“救世の光神”は右腕に量子刃形成騎剣を、左手に“神王晃剣”の光刃を構え、目前で縒り合さりながら人の形を取り始めた鋼色の菌糸群へと斬り込んでいく。
救い出したはずの子供達を載せたコンテナ、その外部隔壁に僅かに開いた亀裂とそこに入り込んだ菌糸に気付かないままに。
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