第235話
双子の妹を支えながら走っていたデューイは、遂に庁舎廃墟入口ホールに辿り着いた。共にここまで来た子供達の方を見れば、年少の四人は走り疲れたのかホールに走り込んで来たその場にうずくまり、肩で息をしている。ここまでに怪我を負った年中組の面々も、今まで自分達の駆けていた廊下の方を警戒しつつ、膝に手をついて息を整えていた。
「セラ、フランク、こいつらを見ててくれ。オレの扱いが悪いせいでぼろぼろだけど、あのSFが動くか確かめてみる。みんなでここから出るには、ジョンも言ってたけどやっぱりアレが必要だ」
「え、デューイ!? もうっ」
「わかった、集音マイクは点けておいて。何かあったら声を上げる」
デューイはセラ達をその場に残し、入口側に乗り捨てられたボロボロのSFへと近づいていく。機体装甲の継ぎ目に足を掛けてよじ登り、開放されたままになっていた操縦席隔壁へと身体を滑り込ませていく。この数か月の間、乗り回していたSFだ。デューイは手慣れた様子で機体制御システムを起ち上げ、機体腹部のリア・ファル反応炉を駆動、機体全身に張り巡らされた導電ラインが停止状態だった機体に活力を巡らせる。
機体の各関節に配されたサーボモータと疑似筋繊維が目を覚まし、少年の操作を受け入れたぼろぼろの“PATHFAINDER”はこちらに注目している子供達の目の前でゆっくりと起き上がった。
「ん? あ、なんか、今までになく起動がスムーズだな。打ち所が悪すぎて、一周回っていい具合になった。とか? ……いや、そんな都合のいいこと起こるわけないか。ま、なんにせよ機体動作までスムーズになってるみたいだし、今はそれでいいか」
デューイは立ち上がった機体の両腕部の上げ下ろしと、手指を開閉、させ機体動作を確認、座席の左右に配された操縦桿脇のコンソールを操作、機体に登録された武装を再確認する。昨日、手に入れたばかりの超硬化処理陶製騎剣の他、“PATHFAINDER”という機体の基本装備である両腕部の固定式掌盾とそれに格納される伸縮式電磁警棒、弾倉が空になったままの短機関銃と、この場に乗り捨てた時のまま。デューイは“PATHFAINDER”を動かして、これまでもこのSFの格納庫代わりに使っていたホールの片隅に乱雑に五つほど積み上げられたコンテナへと近づいていく。デューイの乗り込んだSFが動き出すのを見て、セラは双子の兄の乗る人型兵器へ向かって大きな声を投げた。
『ねぇ、デューイ! それ、そのコンテナ、中になにが入ってるの?』
「これに入ってんのは、この短機関銃の弾倉だ。もう、あんま残ってないけどな」
両手をメガホン代わりにしたセラの大声を“PATHFAINDER”の集音マイクが捉え、これまで一度も作動させた事の無かった外部スピーカーを作動させてセラに言い返しながら、積み上げられたコンテナの一つを開いた。コンテナの中に二本だけ残っていた短機関銃用の弾倉を抜き取ると一本は短機関銃に装填し、残り一本は機体左腰部装甲の弾倉架へと挟み込む。
アルやヒューイ、ジョーイの男の子三人は目の前で動き出したSFを目にして、庁舎の奥からここまで走って来た疲れも吹っ飛んだ様子で飛び跳ねてはしゃいでいた。唯一、フランクのみはSFを目にしても動じた様子は無かったが、それはデューイと共にこの“PATHFAINDER”を動かせるようにしたのがSF技師の息子であった彼であり、今はSFなどよりも、自身の隣で苦し気に息を整えている幼馴染のユキを気にしての事だとうかがえた。
「なんか、……すげぇ、今までより、大分、楽に動くぞコイツ」
デューイは操縦桿を介して伝わって来る機体の反応が今までになくスムーズで、単純な動作にすら感激する。少年は機体を操作し、積み上げられていたコンテナの内の一つを抜き取るとセラ達の元へと運んだ。そのコンテナは内部に簡易的な居住設備の組み込まれた物で、本来は車両に牽引させて使用するコンバージョンキャビンと呼ばれる設備だ。積み上げられていたコンテナはこの数ヶ月の間にデューイとフランクは行政庁舎近辺の廃墟から発見したコンテナから、もしかしたら使えるかもしれないと判断したもののみを積み上げていたものだった。
「セラ、フランク、ユキ、ヒューイ、ジョーイ、アル、クレア、リタ、ジュナ、みんな、こいつに乗ってくれ。乗り心地はお世辞にもいいとは言えないけど、フランクと一緒にこの中に人数分のシートは設置してある。シートに着いたら据付のハーネスで身体を固定してくれ。フランク、みんなが乗ったら頼むな」
デューイの声にフランクは頷くとユキの手を引き、セラ達、他の子供達の誰よりも早くコンテナに乗り込んでいく。フランクの行動を見て、子供達は恐れる様子も無く次々にコンテナの中に乗り込んでいった。
デューイは子供達全員が乗り込んだを確認し、“PATHFAINDER”の機械指をコンテナへ接触させ、機体との間に通信回線を開き、内部で子供達がシートへ身体を固定した事を把握すると、コンテナを“PATHFAINDER”の機体の腰背部に懸架させ、機体をゆっくりと起き上がらせる。短機関銃は機体の両手で保持したまま、腰部に懸架したコンテナに配慮して“PATHFAINDER”の膝を曲げ、重心を落とした姿勢で機体踵部の脚部機動装輪を展開、鋼色の獣達が待つであろう廃墟の街区へと走り出した。
大きく開口した庁舎廃墟の入り口をデューイの駆る“PATHFAINDER”が走り抜けた次の瞬間、吹き飛ばされたらしき隻腕の機影が砲弾のような勢いで宙を滑空し、子供達の乗る“PATHFAINDER”の脇を通り過ぎた。
†
「くそっ、量子誘因反応炉全開駆動、偏向ヒッグス場展開、重力方向改変。可動可能な自律機動攻撃兵器全基をデューイ機の直掩に!! 来い、“銀色の左腕”!!」
“PATHFAINDER”を庁舎廃墟の入り口へ置き去りにして弾き飛ばされた“救世の光神”の操縦席でジョン=ドゥは叫ぶ。廃墟の奥で損傷した二基の自律機動攻撃兵器を除き、右腕に掴んでいた量子刃形成騎剣を投げ放ち、子供達を守護していた残る二基の自律機動攻撃兵器と共に“PATHFAINDER”の守りに回させた。
地面と平行に庁舎廃墟へ向かって落下していく“救世の光神”は、空中で“銀色の左腕”を召喚構築する。
「量子機械粒子を左腕へ収束、神王晃剣発動」
隻腕のSFの左肩に量子機械粒子から編み出された左腕が固着するのを待つことなく、少年は急いた様子で機体へと命じていく。未だ廃墟入口付近にある子供達の“PATHFAINDER”の背後では、それまで破壊されていなかったのが不思議な程の勢いで建造物を砕き壊しながら無数の鋼色の触手が湧き出し、手近に存在する機械人形を飲み込まんとしていた。
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