第234話
都市廃墟郊外の丘の上から、二機のSFが脚部機動装輪の回転で土埃を巻き上げ、疾走し降りていく。二機の視線の先、両の巨腕で強かに地を叩き付けた巨大フォモールは身動ぎさえ止めたまま、時折左右非対称の女性型SFの放った弾丸をその身に受け続けていた。
「庁舎跡の廃墟で何か起きているのでしょう? ジョンさんが何かしたのかも知れませんが、あの大きなフォモール、地面を叩いた後は、こちらの砲撃に対する反応までが急に無くなりましたね」
『そうですな。先の地揺れを伴う地面への打撃には肝を冷やしましたが、だが動かないならば、今こそジョン君と合流するための絶好の機会といえる』
都市廃墟に向かって走る重騎士型SF“神殿騎士騎改”を操るハリスは、自機の背後に追走しながら装備している巨砲からの砲撃を繰り返し見舞う左右非対称の女性型SF“森妖精の姫君”の前方を駆けながら少女の独白染みた声にそう返す。
念のための直掩もこの状況では用がないと、背後に展開し吹かせていた両肩部装甲の可動式推進器を格納、無理矢理に機体を加速させていた推力を落とし、追走していた“森妖精の姫君”に自機を追い付かせ並走を開始、右手に構えていた連結薙刀の刃を分割し、外された刃状放熱板を両脚下腿部に収納、連結杖はそのまま右手に携えている。
障害の無くなった二機のSFは数分の内に巨大鋼獣の脇を駆け抜けた。更に暫く走り、ぼろぼろに崩れ欠けた都市街壁へと到達、大きく切り裂かれた都市外壁の亀裂を通り抜け、打ち捨てられた都市の中央付近に見える庁舎廃墟へ向かって進んで行く。
都市廃墟内に入ってみれば、ただでさえ崩れかけていた都市内の建築物廃墟群は、先程のフォモールの一撃の余波を浴びて都市内のそこかしこで崩落を始めており、真面に形状を保っている建築物は最早、数えられるほどしか見えない。エリステラは自機の構えていた大型専用銃を機体背部に可動させ、折り畳み式高周波振動騎剣をいつでも抜剣出来るよう腰背部から腰部装甲上端へ柄を展開させている。
『ガードナー隊長、期せずしてジョン君の居るという庁舎廃墟の位置が分かりました。都市を区画分けする内壁も疎ら、正面に見える一際大きな建造物、あれがそのようですな』
「はい、
†
九枚の竜翼が風を巻いて大きく広がる。地表から巻き上げられた雪花の舞う雪原に、高速振動する二つの曲刃が互いの中間でぶつかり合った。
耳障りな金属音を響かせながら、鋼色の大鎌は人型の鋼獣の展開した粒子膜を斬り裂いて尚も走った竜翼刃の斬撃にその勢いを押し留められ、IGLOOの片腕を斬り飛ばしはしたものの、その機体を斬り裂く事を果たせずに終わる。そのまま人型の鋼獣は粒子膜ごとその身を大きく跳ね飛ばされ、腰部に備えた二対の異形の翼羽を広げ、空中で崩された体勢を整えていた。
人型の鋼獣の、少女の顔貌が憎々し気な表情で自身の斬撃を止めたモノに向けられる。
『そんな目で睨んでも無駄ですわ。こちらのSF“IGLOO”は公国の財物です。それを操る者も含めて、あなたのような存在に無暗に壊される訳にはいきませんのよ』
竜型の飛翔形態から上空で人型へと変形し急降下して斬撃を放った“善き神”は、背に備える六対十二翼の竜翼の内の一枚が変化した曲刀を真っ直ぐに突きつけるとファルアリスの軽やかな声が雪原に響き渡った。急降下の速度が加えられた刃は、どちらかと言えば細身の機体である“善き神”の斬撃の威力を増加させ、鋼獣としては小柄な体躯の人型鋼獣は高出力化した粒子防御膜を展開していながらも同質の粒子防御膜を展開する“善き神”を操るファルアリスの不意を突いた斬撃に耐えることが出来ず、その小柄さもあり大きく弾かれている。
期せずして互いに距離を空ける事となり、“善き神”は人型のフォモールに背を向けると、背にした“IGLOO”の方を向いた。鎌型の飛行種に難儀し両機との距離を離されていた“PATHFAINDER”改修機の方はとみれば、回転し宙を舞うブーメラン状に変形した“善き神”の二つの竜翼により既に救われており、押っ取り刀で隊長機である“IGLOO”と合流しようと駆け寄って来ている。
『騎士エラン=ロッドマン、傭兵ビリー=バード、貴方がた、無事ですわね。共に本隊へ合流なさい。この場はわたくしが預かります』
常にはない真剣な口調でファルアリスは自国の騎士達へと告げると、“善き神”はその背の竜翼の全てを大きく広げ、手の中に四枚の翼翅を広げて空を滑るように突っ込んで来る人型のフォモールに立ち向かった。
『姫様、我らのような一兵卒の名を……! |Yes your Princess!』
損傷した“IGLOO”の操縦席の中で、公国騎士エラン=ロッドマンは自身の眼前に立つ竜機へと感極まった声を漏らし敬礼、駆け寄って来る僚機、“PATHFAINDER”改修機へと機体を向ける。
『おいビリー、我らが姫様からのご下命だ。この場に我らがいつまでも居座ってはパーソラン公王騎“善き神”の戦いの邪魔となる。直ちにこの場から去るぞ。――姫様、御武運を!』
『おう、あの姫様が“善き神”の全力を発揮させるってぇこったな。さっさとずらかろうぜ。隊長どの!』
著しく機体を損傷した公国製SFは、同じく機体のそここに少なからぬ破損を受けた“PATHFAINDER”改修機に支えられるようにしてその場を離脱していった。その隙だらけの状況を人型のフォモールが見逃すはずもなく、竜機へと向かっていた飛翔進路を捻じ曲げ、背を向けた“IGLOO”達に大鎌を翻して襲い掛かる。ファルアリスは自身に向かって来ていた人型のフォモールがその進路を強引に捻じ曲げ、背後の臣下に向かおうとすことを察してその進路に割り込むと、振り抜かれようとしたフォモールの大鎌の長柄を右手に掴んで押し留めた。
「やらせませんわ。“無限の大釡”解析開始、全竜翼形態DAURDABLA、初の弦、喜びの弦よ鳴け」
腰部や肩部を装甲として覆っていた物も含め、“善き神”が備える十二枚の竜翼が分離、空中を旋回しながら変形して竜の機神の左前方に組み合わさり、帯電し金色の輝きを放つ三本の弦を持つ巨大な竪琴となる。
三弦の内の一本が独りでに奏でる旋律が“善き神ダグザ”の周囲の空間を断裂、それに触れた鋼色の乙女の右手首が音もなく消失した。
右手を喪失した人型のフォモールは焦った様子で後方へと跳び退り、険を込めた眼差しで“善き神”を射抜く。
「まだ終わりませんわ。続いて双の弦、哀しみの弦よ鳴け」
“善き神”は睨み付ける鋼色の乙女と視線を交わし、竪琴“DAURDABLA”が新たな旋律を奏でると竜の機神を守護していた空間断裂波が、機神の周囲から解ける様にして放射状に放たれ、フォモールの鋼色の組織を分解し、焼却させていく。
「来なさいDAURDABLA。あれに結末を届けましょう」
機神の前方、宙に止まり旋律を奏でる巨大な竪琴が、両手を伸ばした“善き神”の手の中に収まり、竜の機神を纏う少女公王は四指の両手で抱えた竪琴の三弦に指を這わせて、今まで音を奏で続けていた二本の弦をその鉤爪の指で弾き始めた。
眼前で演奏を始めた“善き神”へと、鋼色の人型は鎌刃に翅を生やした小型飛行種をその髪から生み出し飛ばす。接近して来る小型飛行種を横目に視線を上げた“善き神ダグザ”は、最後の弦へと指を伸ばし告げた。
「終の弦、眠りの弦、それでは涅槃への儚き夢路を……」
“善き神”の指が最後の弦に触れた瞬間、旋律に乗せ、見えない何かが放たれ始める。人型のフォモールは“善き神”から更に大きく距離を空け、腰背部から生えた翼と翅を前方へ伸ばし、その翼と翅から腐食性分子機械の奔流を迸らせた。しかし、フォモールの悪足掻きも“善き神”の放った孤立波の前に放った端から掻き消され、鋼色の乙女の身体が砂像の様に端から砕け崩れ去っていく。
「DAURDABLAの旋律、止められるものとは思わぬことです」
役目を終えたDAURDABLAは十二に分割され竜翼の姿となり、見得を切る“善き神”の元へとそれぞれに舞い戻り、機体各部へと接続された。




