第233話
ジョンの視線の先では二つに分かたれ倒れ込んだ鋼獣の巨体が、常の様に汚泥へと溶け崩れることなくそのままその存在を保っていた。
自律機動攻撃兵器達が防いだ鉤爪の触手の後を追い、数え切れない程の膨大な数の微細な菌糸状組織がそれまで擬態していた巨体の骸を見る間に解きほぐし、爆発的に膨れ上がると怒涛の様に隻腕のSF“救世の光神”へと殺到を始める。微細な菌糸群は先端に備えた針のような爪に溶解性粘液を溜め、隻腕のSFの周囲に展開された粒子防御膜を突き破らんとした。しかし、微細すぎる菌糸触手は粒子膜に触れた瞬間に焼かれ蒸発していきつつも、次から次へと殺到する菌糸触手の物量に粒子膜の防御が次第に押し込められ始める。
隻腕のSFは右腕の騎剣を真っ直ぐに前方へと突き出し、随伴する二基の自律機動攻撃兵器はその切っ先の周囲で輪を描いて旋回を開始、“救世の光神”本体の発生させた粒子防御膜“銀腕光輝”に、騎剣の前方を旋回する自律機動攻撃兵器達は自らが発生させた粒子防御膜を重ね、積層化させることでその防御力を飛躍的に高めた。菌糸触手の消滅に伴い、溶解性粘液は揮発して猛毒のガスと化しホール内に充満、ガス塊に触れたホールを形作る建材をぼろぼろに溶かし始める。
「一気に殲滅できればいいけど……、僕の背後にはあの子たちがいるんだ、指向性の無いような威力の大きな攻撃は出来ないか」
気密性の高いのSFの操縦席で少年は独り言ち、“救世の光神”が右手に掴む量子刃形成騎剣を手放すと、機体前方の空中に旋回する二基の自律機動攻撃兵器と合流させ、腰背部から長距離狙撃銃を掴み取らせた。
「ダメもとでやってみるか。――量子機械粒子制御、仮想砲身展開、収束決戦砲撃機構“AREADBHAIR”低出力砲撃」
『量子刃形成騎剣は量子誘因増幅器形態“CRIMAILL”へ、自律機動攻撃兵器各機は超高速粒子砲形態へと移行』
積層化していた粒子膜は手から離れた量子刃形成騎剣はその剣身からイチイの葉を思わせる無数の針状結晶を生じさせ機体背部へ移動し、ゆっくりと回転を開始する。“救世の光神”は長距離狙撃銃を掴んだ右腕を、機体前方で掌盾の装甲面を上下に向け回転を始めた二基の自律機動攻撃兵器の中心に向けて真っ直ぐに突き出した。
『収束決戦砲撃機構砲撃準備完了』
「球状仮想砲身形成、放出範囲限定、量子機械粒子開放!」
簡易神王機構の合成音声が聞こえるやいなや、ジョンは操縦桿のトリガーを引き絞る。最大威力での砲撃とはいかないためか、疑似銀腕は生成せず、もちろん、銀色の左腕の召喚も行わないまま、機体腹部の量子誘因反応炉で生成した量子機械粒子を右手に掴んだ長距離狙撃銃を介し、自律機動攻撃兵器の旋回する軌跡の中に量子機械粒子で形成された球状仮想砲身へ流入を開始する。高濃度に、更には高圧縮された粒子光は量子機械粒子の結界を透過しながら球状の塊を形成し解き放たれ、炸裂した光弾は“救世の光神”の前方の広範囲に拡散し飛び散った。
フォモールの菌糸触手は量子機械粒子の散弾に曝され、斬り裂かれ撃ち砕かれて急速にその繁茂する面積を減少していく。その様子を目にしてジョンは機体にさらに高出力での粒子放出を命じた。粒子放出の圧力に“救世の光神”の手にする量子機械粒子により形成されている長距離狙撃銃全体に無数の亀裂が走り出し、尚も砲撃を続けようとする“救世の光神”の手の中で無数の亀裂が走った長距離狙撃銃が唐突に爆発する。
万全の状態での収束決戦砲撃機構には、“救世の光神”は搭載する自律機動攻撃兵器及び量子刃形成騎剣の五基、その全てを使用する。
収束決戦砲撃機構において、全ての自律機動攻撃兵器と量子刃形成騎剣は、砲撃フォーメーションを組む際、極大威力砲撃の安定性を高めるため、量子力場を形成、この際に発生する量子力場は機体へのバックファイアを抑制する効果も併せ持ち、驚異的な破壊力を制御する自律機動攻撃兵器達の筐体と“救世の光神”の機体の防御性能をも底上げしていた。
自律機動攻撃兵器の五基全てがそろっている状態であれば、自律機動攻撃兵器同士間相互の作用で量子機械粒子操作能力の相乗効果が得られ、それは自律機動攻撃兵器の能力を飛躍的に高める。しかし、自律機動攻撃兵器五基の内、二基を欠いている状態では簡易砲撃であっても収束決戦砲撃機構を放つには展開される量子力場の強度も足りず。処理しきれない負荷が機体そのものよりも強度の低い長距離狙撃銃に掛かり、“救世の光神”の銃を自壊させていた為だった。
咄嗟に爆発する銃から手を離した“救世の光神”は自機の周囲に浮揚する量子刃形成騎剣と二基の自律機動攻撃兵器を呼び戻し、伸びてくるであろう菌糸触手へと備える。
「来い、量子誘因増幅器形態! 自律機動攻撃兵器!」
砲火の巻きあげた粉塵の中から数え切れない量の菌糸触手が縒り合さって造られた獣と人のそれを捏ね混ぜたような形状の鋼色の巨腕が空を裂いて突き出された。イチイの葉を思わせる針状結晶を纏った量子刃形成騎剣を掴み取った“救世の光神”の右腕が風を巻いて閃くと巨腕の握り締めた拳へと叩きつける。針状結晶の刃と打ち合った刹那、巨拳を包む鋼色の皮膚は破れ、内部に湛えた溶解性粘液を炸裂させ、広範囲にぶちまけた。
“救世の光神”の機体の元に舞い戻った二基の自律機動攻撃兵器は粒子防御膜を最大展開し、本体に届かんとする溶解性粘液を防ぎきるが自身はそれを避け切ることが出来ず溶解液に飲まれ機能を喪失しホールの床へと落下していった。
後からサブタイトルをつけます




