第232話 雪原を踏みて
地面に降り積もった雪が白く煙のように舞い上がる。“IGLOO”は機体を旋回させ、高周波振動騎剣を右下から勢い良く振り上げた。“PATHFAINDER”改修機は隊長機である“IGLOO”に詰め寄る鋼色の人型の隙を伺い、背後に回り込もうと機体を移動させている。
人型の鋼獣は腰部から生やした烏の翼と蝙蝠羽の一対ずつを広げると“IGLOO”の振り上げを避けると、その腰部にしがみついていた鎌刃に翼を生やした生物とはとても言えぬ形状の数匹の小型ビショップ種を“PATHFAINDER”改修機に向かって投擲して牽制させ、宙に浮かんだ身体を左に旋回、勢いの乗った鎌刃を雪原の地上から見上げる“IGLOO”へと叩き付けた。
その斬撃を避けきれないと見て取った“IGLOO”は機体前面の“鋼殻装甲”を内装に仕込まれた炸薬を利用して除装すると、弾け飛んだ前面装甲を鎌刃にぶつけ、自身は爆圧の勢いを利用して機体を後退させて、人型の鋼獣の放った斬撃をやり過ごし、露出した“IGLOO”本体の胸部装甲に取り付けていた八本の炸薬投針から、その内の一本を左手に掴むと、大鎌を振り回し体勢を崩した人型の鋼獣へと投げ放つ。
人型の鋼獣はその身に備えた翼と羽で空を打って空へと飛び上がり、大鎌を旋回させて、至近から“IGLOO”の放った投針を斬り払った。その刹那に起きた爆発は人型の鋼獣がその身に纏った粒子膜を突き破ることが出来ず、しかし、軽量の人型の鋼獣を空中に押し留める事には成功する。
脚部のホバーシステムを最大稼働させ、軽量機である本体を曝した“IGLOO”は急いだその場から距離を取った。後退しつつ頭部を回し僚機の戦闘状況を走査、“PATHFAINDER”改修機は、連携し襲い掛かる小鎌のビショップ種達への対処に手間取っており、“IGLOO”への援護は期待できそうになく、後退した“IGLOO”を追い駆けて人型の鋼獣は大鎌を振り上げる。
“IGLOO”の操縦者は意を決し、前に踏み込むと右手に提げた高周波振動騎剣に腹部のリア・ファル反応炉で生成した高出力エネルギーを最大限に叩き込み、剣身の構造材が限界を超え目に見えて赤熱するほどの振動を発生させ、人型の鋼獣の身を包む粒子膜に遮られることも覚悟して騎剣の切っ先を突き出した。
“IGLOO”の手にした高周波振動騎剣の剣先は酷く重い手応えを返しながら、人型の鋼獣の身を包む粒子膜を突き込まれていく。その様に“IGLOO”の操縦者が勝利を確信した瞬間、人型の鋼獣の身を包む粒子膜の出力が強化され、突き出した高周波振動騎剣を空中に縫い留め、振り下ろされた鎌刃が“IGLOO”に襲い掛かった。“IGLOO”の操縦者は顔をしかめ、鎌刃を避けようと機体を捩らせる。しかし、突き入れた騎剣と共にそれを掴んだ右腕までが空間に固定されてしまっていた。
“IGLOO”の操縦者は為す術も無くその機体を襲う衝撃に備える。鎌刃が落ちる刹那、一つの竜影が飛び込み、特徴的な漏斗状に膨らんだ袖口をした機腕が宙を舞うと、地を覆う雪が逆さまに吹き上がった。
†
都市廃墟を望む丘から、巨大なフォモールへと砲撃を放っていたエリステラは、その場所、庁舎廃墟に待つ少年を思い浮かべて砲撃の手を止める。そして、自身の専用機“森妖精の姫君”の機体制御システムへ意思を籠めて告げた。
「“シャーリィ”、0番弾倉を装填、専用大型狙撃銃を近接格闘形態に移行。“FAILNAUGHT”および“TRISTAN”を限定解除」
『了解しました。“FAILNAUGHT”および“TRISTAN”限定解除』
エリステラは軽く呼吸を整えると機体の手から大型銃を開放する。少女の唇から放たれた先の言葉を機体制御システムは映像に出力して繰り返す。同時に機体の手から解放され、背部へと可動した“TRISTAN”が“FAILNAUGHT”の右肩部に接続する機械肢アームの接続部ごと機体右側へ移動、さらに機関部毎90°回転し、“TRISTAN”の上下が反転した。抱え込んで握っていた上下の入れ替わった銃把グリップを“FAILNAUGHT”の右手の先に伸びる金属の五指が握り込む。、“TRISTAN”の装甲に覆われた水鳥の嘴くちばしを思わせる漏斗状の細長い銃身が90°回転、銃身全体が展開し細く隙間が開く。
「“TRISTAN”反応炉開放、変性分子機械放出、分子機械結晶化」
“TRISTAN”の機関部後部が開くと、きらきらと輝く粒子が銃身に開いた隙間を満たし、急速にクリスタル状の結晶を形成、銃口と展開した機関部を繋ぐ様に一直線に伸びた。しかし、結晶構造は安定していないのか結晶化した表面から自壊した粒子光が空中へと零れ落ちている。その変化は“TRISTAN”のみに止まらず、“FAILNAUGHT”の全身に配された銀色のラインが発光、重なり合った腰部側面装甲の涙滴型装甲の先端が一番内側の物を残して僅かに展開し、コクピット内にはカウントダウンが表示された。
『カウントダウンスタート』
「脚部機動装輪展開、“森妖精の姫君”行きます!」
結晶化した分子機械粒子が疾走を開始した“森妖精の姫君”の全身を包む。地面から次々に撃ち出される禁止を思わせる触手群にエリステラは機体の右腕を一閃、そこに備えた巨大な武装から伸びた結晶刃が描いた軌跡に沿うように煌めく粒子光が空間に残り、刃そのものに斬り裂かれたもののみならず、粒子光の描く軌跡に触れた触手群も斬り裂かれて汚泥へと変じていく。極偶に刃の結界をすり抜けて女性型SFに触れんとする触手もあるが、そうしたものは、機体周囲に張り巡らされた粒子防御膜に阻まれ、“FAILNAUGHT”を傷付けることも叶わず、粒子光に焼かれて灰と化している。
『強力な砲撃だけでなく、そんな機構があるなんてね。全くうらやましい限りだ!』
連結杖を連結し、片側の柄頭に刃状放熱板を接続した薙刀形態を振り回す重装騎士型のSFから、エリステラへとそんな言葉が飛ばされる。そうは言いつつも、ハリスンの操るSFは巧みに振り回す刃で周囲の触手を寄せ付けずにいた。
「わたしは、近接戦闘はそれほど得意ではないので、こうして機体の機能頼りです。ハリスンさんのように技量のみでこの場を行ける方が味方でとっても心強いですよ」
『そうですか、では、私も少し、張り切りますか! 本気で』
エリステラ機の傍に並走する“神殿騎士騎改”はそれまで振り回していた連結杖薙刀形態を地面に突き立てると、背中に懸架していた戦棍を手に取り、鎖分銅へと変じさせた。
高速回転する鎖に繋がれた打撃部が林立し始めた触手に叩き付けられ、無理矢理引き千切りながら道を切り開いていく。
並走する二機のSfは鋼色の汚泥を後に残し、都市廃墟へと近づいていき、“森妖精の姫君”と“神殿騎士騎改”が都市廃墟の外縁に足を踏み入れると、触手に変化が起き始めた。
都市外では触手はポーン種を取り込んでいるように見えたが、都市廃墟の外縁で伸ばされる触手群は単調な触手ではなく地面から伸びる鋼色の肉塊に繋がっている物の、地上に現われている触手の先端は様々な生物を模した歪な獣形状を成し始めていた。




