第231話 孤軍奮闘
量子刃形成騎剣を握り締め、隻腕のSFはホールを破壊しながら姿を現した鋼獣と対峙する。硬質の樹皮のような鋼殻に包まれたルーク種とみられる鋼獣は哮一つ漏らさずに動きだし、繊維状組織をマント状に這わせた左腕を大振りに振り回し叩き付けようとした。
『自律機動攻撃兵器、通路を死守せよ』
「簡易神王機構、量子誘因反応炉全開駆動、量子刃形成騎剣を介して量子機械粒子を放出」
ジョンは自機の周囲に浮遊する二基の自律機動攻撃兵器に圧縮言語で直接命じ、デューイや子供たちの去っていった通路を守護させると、屋内故のわずかな距離を詰め、颶風を巻いて横合いから叩き付けて来るフォモールの巨腕へと斬りかかる。“救世の光神”の振り抜いた剣閃は量子機械粒子の煌きを纏い、フォモールの巨拳を迎え撃った。
容易く斬り裂けると思われた鋼獣の巨拳は、隻腕のSFの剣刃とぶつかり合う寸前に弾けるように解け、無数の糸状の触手と化して爆発的に分裂すると“救世の光神”の刃をすり抜けるように避け、剣をやり過ごすと再結集して巨拳を成し“救世の光神”の機体に叩き付けられた。
「くおっ……!? 量子誘因、ヒッグス場限定展開、重力場を偏向!!」
髪の毛状の放熱索を振り乱し、搭乗者のそれとよく似た顔貌のSFは庁舎廃墟のホールの壁へ向かって殴り飛ばされる。鋼獣は量子機械粒子の燐光を纏う騎剣を嫌がったのか、隻腕のSFの手の中に刃はそのまま残されていた。ジョンは“救世の光神”の量子誘因を作動、ヒッグス場を瞬間展開し、鋼獣に向かって重力方向を改変、壁面に足先を触れさせ蹴り出すと、隻腕のSFはルーク種とみられる鋼獣の巨体へと床と並行に落下していく。
「来い、自律機動攻撃兵器! 往け量子刃形成騎剣! 簡易神王機構、自律機動攻撃兵器と量子刃形成騎剣の軌道予測、照準補正を!」
隻腕のSFは手にしていた騎剣を鋼獣へと投げ放ち、通路を守護させていた二基の自律機動攻撃兵器のうちの片方を自機の下に呼び戻し、腰背部に懸架していた長距離狙撃銃を掴み取ると、量子機械粒子から形成された弾丸を、先に投げ飛ばした量子刃形成騎剣へと向け解き放った。
弾丸に先行した自律機動攻撃兵器と量子刃形成騎剣はそれぞれの筐体を粒子防御膜で包み込み、“救世の光神”から放たれた弾丸を騎剣と掌盾の粒子膜間で相互に跳弾、反射する。弾丸に弾かれ空中で位置を変える量子刃形成騎剣に、ジョンは連続して偏差射撃を行い、無秩序にはね返された弾丸は鋼獣の巨体の脇を反れ、弾丸に先回りした自律機動攻撃兵器は自身の粒子防御膜で弾丸を鋼獣の死角でへと誘導し、粒子光を纏った“救世の光神”の弾丸は鎧状の樹皮に包まれた鋼獣の背面に弾け、その鋼殻装甲を大きく砕き壊した。しかし、鋼獣は着弾の直後に、それまで死角であった背面に縦開きの巨眼を開き、砕けた背面装甲の破断面から無数の繊維状組織を伸ばし絡ませると、砕かれた背面装甲は瞬く間に再生され、鋼獣は鋼色の樹皮状装甲に覆われた体表に幾つもの眼を無秩序に開くと、無数の視線で“救世の光神”を睨み付けた。
「戻れ、量子刃形成騎剣! “救世の光神”、脚部機動装輪展開、跳べ!」
“救世の光神”は弾丸の尽きた長距離狙撃銃を腰背部に戻すと、回転しながら自らの下に舞い戻った量子刃形成騎剣の柄を握り締め、自身に適用させていた偏向重力場を消し去り床に足を着けると、踵部に光輪状脚部機動装輪を展開する。 自身を睨み付け続ける鋼獣の巨体までの僅かな距離で助走を取ると、“救世の光神”はフォモールの眼前で踏み切った。
「右下腿部へ量子機械粒子を流入、脚部機動装輪を介して粒子を放出」
“救世の光神”は大ホールの天井を打ち抜いて高く跳び上がると、そのまま機体右脚部を高く振り上げ、回転し粒子光を撒き散らす光輪状脚部機動装輪を鋼獣の脳天に振り下ろした。
燐光が奔流となって隻腕のSFの右脚の踵から解き放たれ、燐光の奔流は地面を穿ちながら直進し、進路上にあった鋼獣の巨体を光の刃のように真二つに斬り裂いて、竪坑を破壊しながら地の底までを断裂していく。
鋼色の巨人の巨体が左右に分かれ倒れていくのを確認し、隻腕のSFは崩壊した庁舎廃墟の大ホールに音もたてずに着地した。その死骸が汚泥へと溶け崩れていく様を見ることなく背を向け、ジョンに操られた“救世の光神”がその場を去ろうとしたその時、二つに分かれ倒れたフォモールの死骸から鉤爪を備えた触手が伸ばされた。隻腕のSFの周囲の空間を旋回する二基の自律機動攻撃兵器達が自らの掌盾としての装甲面と自動展開した粒子防御膜を用いて受け止めており、その場で隻腕のSFは機体そのものを旋回させ、その手に提げたままだった騎剣を構え直した。
†
通路の奥に残してきたジョンを気にして、デューイは妹に肩を貸して進みながら、向かっている方向と真反対の通路の奥へと何度となく視線を送っていた。肩を借りて歩いているセラは幾度も足を止める兄の顔を見上げ、咎めるように言う。
「……デューイ、気になるの? あの胡散臭い人のこと」
「セラ、そういう言い方はするな。……オレ達がここまで来れたのだって、ジョンの、あいつのお陰だ」
十人の子供達の周囲には、今も空中を浮揚するSF用の掌盾二枚が浮かんでおり、ここまで進んでくる間にも遭った触手群の襲撃をその二枚の盾は辛うじて防いでていた。しかし、粒子防御膜を広く常時展開したままでは生身の子供達への負担も大きい、その為、粒子防御膜の展開されていない間にも天井から瓦礫が落下してくる通路の途上では二基の自律機動攻撃兵器の防御は万全とはいかず、子供達全員が無傷のままではいられなかった。デューイを始めとした少年達は少女たちを庇い、致命的ではないものの裂傷や打撲、足を挫くなどの負傷を負ってしまっている。デューイが足を止めるのは、その身に負った傷が関係している事は否めなかった。
「ディー兄、おけがだいじょうぶ?」
「ああ、大丈夫! ほらクレア、前見て歩けよ。転んじまうぞ」
努めて笑顔を浮かべ、デューイは不安そうな表情を浮かべた幼い女の子の頭を乱暴に撫ぜる。その手を嫌がって、クレアは頬を膨らませた。
「やー、ディー兄のばかっ」
「フランク、また、わたし達をかばって……」
「ジョーイ、平気か? 痛かったら言ってくれよ」
「正面玄関ホールまで、もう少しだ、踏ん張れよみんな」
先頭を歩くデューイが振り返り、そう声を掛けると同時、遠く、砲声と思われる轟音が庁舎廃墟のガラスを震わせた。通路の外壁に面したガラスは砲撃の衝撃波に細かく震えると、その内の数枚がこれまでの負荷と振動に耐え切れずに砕け、通路の内側に向かってガラスの破片が危険なシャワーとなって飛び散る。
念の為、外壁側を避けていた子供達は飛び散ったガラス片を直接に浴びることはなかったが、広範囲に広がった全ての破片を避けることも出来ず、飛び込んで来た二枚の掌盾によって守られる結果となった。
背後での戦闘音は未だ鳴りやむ様子は無く、デューイは自身の草臥れ切ったSFの姿を視界の先に納めていた。
お読みいただきありがとうございます




