第230話 そして輝神は剣を取る
量子機械粒子の燐光を撒き散らしながら隻腕のSFに先行し、掌盾から刃翼を生やした形状の五基の自律機動攻撃兵器達が螺旋を描いて上昇して行く。
「あの子たちは……、うん、大丈夫そうだね。簡易神王機構、あの子たちの保護を優先、防護空間の生命維持と粒子膜強度は可能な限り高目に、でも、怪我はさせないように」
『承りました、ご主人様』
「そろそろ、下をどうにかしないと」
粒子膜に包まれた子供達に怪我がない事を見て取ると、ジョンは視線を竪坑の下へと落とし、機体腰背部に装着する長距離狙撃銃を機体の右腕で掴み取った。
竪坑の天井までの深さは数十m、生身の子供達の身体へのしかかる影響を考慮して上昇速度を落としていた為、“救世の光神”と子供達が竪坑を抜け出せるまでは十後数秒といったところで、竪坑の地下構造体の側壁を形作る建材を突き抜けて、数えるのも馬鹿らしい数の鋼色の触手群が恐ろしいほどの速度で隻腕のSFを追って伸びあがる。
“救世の光神”は手につかまれた長距離狙撃銃のスライド展開式の折り畳み銃身を伸展させぬままに下方へと向け、上下二連銃身の上側の銃口から弾丸を発射、絡まりあい縺れあいながら伸びあがる触手群の先頭を撃ち抜いていた。長距離狙撃銃から発射され銃口から吐き出された弾丸は、蠢く触手群を打ち砕き、その進行を押し留める。しかし、限りが無いと思わせるほどに湧き続ける触手群は砕かれた先頭にとって代わり、新たな触手が先頭となって伸びあがり続けた。
「あれはどんなフォモールなんだ? ああもう、キリがない!」
ジョンは長距離狙撃銃に装填された弾倉が空になるのも構わず発砲、触手の先頭が入れ替わるまでの僅かな時間を稼ぎ、弾丸を惜しまずに連射する。それでも、装填されていただけでは弾丸は足りず、代わりとばかりに量子誘因反応炉と長距離狙撃銃の機関部との間のエネルギー伝達経路を解放、破壊力を持たせた量子機械粒子を光線と化して照射、粒子に与えられた光圧で触手群を竪坑の底まで圧し潰し、高圧縮による閉鎖空間そのものの温度上昇と光線が纏う焦熱とで鋼色の触手を汚泥とせぬまま焼き払った。足元で巻き起こった爆風が隻腕のSFとその周囲に漂う五基の自律機動攻撃兵器達を押し上げ、竪坑の天井までの距離を一気に縮められ、竪坑の天井となっていた隔壁を突き破り、地上へと飛び出した。SFの操縦席に在るジョンは粒子膜に包まれた子供達の身の無事を案じ、とっさに五基の自律機動攻撃兵器を視線を送り確認する。
“救世の光神”と五基の自律機動攻撃兵器が姿を現したそこは、庁舎廃墟の受付ホールのある入口とは正反対の建物奥の地下まで通じる吹き抜けのホールだ。ホールの床はジョンの機体と自律機動攻撃兵器達が下から突き破ったために床材や隔壁を形成していた構造材の欠片が飛び散り、歩くには苦労するだろう有様となっている。
長距離狙撃銃を腰背部に戻した隻腕のSFが入口ホールに続く通路側に足を着けると、五基の自律機動攻撃兵器達も“救世の光神”の元に舞い戻るとそれぞれが展開していた粒子防御膜を解除し、その内に保護していた子供達を通路の方へと解放した。
「簡易神王機構、周辺警戒を密に、それから外部スピーカーを作動」
『――君達、怪我をしたりしてないかい?』
デューイとセラの方に集まって来ていた子供達に機体を通してジョンはそう問い掛ける。
『なんなんですか!? あ、あな、あなた、絶対、普通じゃないっ!?』
『な、何言ってんだ、セラ!! アイツがどうあれ、ジョンは俺達をここまで連れて来てくれたんだぞ!? あのままじゃ、どうしたってここまで間に合わずに触手に飲まれてたはずだ』
瞳に涙を一杯にためたセラが、隻腕のSFを見上げて怒鳴り、デューイは妹を止めようと声を掛けるが、それも逆効果としかならず、セラはその場にへたり込み、声を上げて泣き出した。他の子供達は突然の出来事におろおろとするばかりで、年少の子供達が泣き出したセラを慰めようとわいわいと声を掛けている。
『僕の事は、なんて言ったっていいんだよ、セラさん。僕は結局、君の世界に土足で踏み込んだ部外者でしかないもの。それで君の気が晴れるならね。でも、この場に留まり続けようとするのはダメだよ。少しは時間を稼げたけど、多分あれは一時しのぎにしかならない。まだ、みんなの脱出が完了した訳じゃないんだ』
ジョンは“救世の光神”の顔をセラに向けてそう言うと、デューイへと視線を移した。
『ここは見ての通り、庁舎の奥に当たる建物だ。デューイ、君の機体がある受付に急ごう。この子達を護るんだろう。それには、僕の“救世の光神”だけじゃ足りない。君の機体も必要だ』
デューイは妹の肩を支え立ち上がらせると、“救世の光神”に向かって頷きを返す。
『この“救世の光神”の行動記録によると、あちらの受付付近は触手が出てこないようだよ』
『そうか、みんなも、立てよ。ここから少し距離はあるけど受付までは一本道だ。行くぞ! 急げ!』
デューイは妹を支えたまま子供達の先頭を歩き出し、八人の子供達はその後に着いて進み出した。ジョンは五基ある自律機動攻撃兵器の内の二基を子供達の守護に回し、子供達に背を向けると後方に向かって向き直り、周囲に展開させたままの自律機動攻撃兵器の内の一基を量子刃形成騎剣へと変じさせ、その柄を握る事無く機体の左肩へと右手を伸ばす。
「長距離狙撃銃、弾倉排出、量子誘因反応炉、全開駆動。量子機械粒子、物質化、弾倉生成再装填」
左肩から放出した量子機械粒子を固着させた弾倉を腰背部に装着した長距離狙撃銃の機関部に叩き込む。
『ご主人様、大きな反応が一つ。当機体の上がって来た竪坑を急速浮上中』
「分かってる。多分、そいつが本命だ。少なくともあの子たちの逃げ切る時間を稼ぐ。往くよ!!」
『Yes、your majesty』
“救世の光神”の周囲を浮遊し巡る二基の自律機動攻撃兵器と一振りの量子刃形成騎剣、隻腕のSFが右腕を前方に伸ばすと刃を地面に向けた騎剣は“救世の光神”の手の中へ独りでに納まった。同時に床の穴を大きく広げ、SFに倍する鋼色のの巨躯がその姿を現す。眼前に現れたフォモールは古木を思わせる鎧状の樹皮に覆われ、幾筋もの繊維状の組織によるサーコートの様に翻した。




