第229話 地上へ
大型専用狙撃銃の水鳥の嘴を思わせる砲身から吐き出された音速を超過した弾丸が、鋼色の巨人に着弾した。着弾から数秒遅れで轟音が鳴り響き、音速超過に伴う衝撃波が突き刺さった弾丸を後押しして巨大フォモールの胸部の体表面を半球状に抉り砕く。しかし、鋼色の巨人は自身を襲った攻撃の威力に体勢を崩すことすらもなく、ただそこに存在するままに“森妖精の姫君”の砲撃に抉り取られた銃創から生やした無数の細い触手群で編み込むと瞬く間にその身体の再生を遂げていた。
大型専用狙撃銃の砲身に仕込まれた冷却機構が水蒸気を白く吐き出し始めると、“森妖精の姫君”の機体制御システムが警告を発し、エリステラは自機の踵部に展開した脚部機動装輪を急速回転させ、“森妖精の姫君”をその場から移動させる。左右非対称に意匠された女性型SFを、地中より突き上げた鋼色の無数の触手が追い立てるように屹立した。
女性型SFを直掩していた騎士を思わせるSF、“神殿騎士騎改”は連結杖を柄尻同士で接続し、片側にのみ刃状放熱板を接続した薙刀形態を構え、脚部機動装輪で駆け出すと両肩部装甲の可動式推進器を作動、大幅に機体を加速させて触手群と擦れ違い、赤熱する刃を薙ぎ払う。林立する木々が倒されたかのように斬り倒された触手群が焼き切られ炭化した傷口を残して汚泥へと変じて行った。
「ありがとうございます、ハリスンさん」
『気になさらず、エリステラ君。私の機体は近接特化、あのデカ物にはここからだと攻撃の通しようがない。この場での直掩ぐらいはお任せあれ』
触手群をやり過ごしたエリステラは自機のカバーに入ったハリスンへと礼を告げる。ハリスンは機体の左手を振って返し、連結薙刀形態を機体の両腕で構え直した。
『しかし、あの鋼獣の目的がはっきりとしないな。こちらの攻撃には反応して地中からの触手攻撃を仕掛けてはくるが、能動的な攻撃は行ってこないようだが』
「そうですね、とは言ってもあれがフォモールであることは間違いないですし、どうにか排除できないと、この先の都市を目指すにも障害になります。次の都市にも生存者が存在するとして、避難してもらう為にもできれば排除しておきたいです」
『まあ、それももっともだね。しかし、その為には今の私達には戦力が足りなすぎる。ジョン君が戻ったら撤退も視野に入れないと。例えジョン君の機体であれば、あのフォモールを撃退できるとしてもだ』
ハリスンがそう告げるのを待っていたかのように、それまで身動きせずにいた巨大フォモールがゆっくりと身動ぎを始めた。コリブ湖に現われたルーク種の半分にも満たない、しかし、それでもなお大きな巨躯を誇る鋼色の巨人は下半身を地中に埋もれさせたまま両の巨腕を大きく振り上げ、勢いよく地面へと叩き付けた。
†
ジョンと子供達が地上へと通じる過去の竪坑を兼ねた広大な避難階段へと辿り着いたその時、一際大きな揺れが庁舎廃墟の地下空間を襲った。
壁面に這う螺旋状の階段を昇っていたデューイとセラはとっさに年少組の子供達を庇い、大柄なフランクは小柄なユキを抱え込み、脚の竦んだヒューイとジョーイは壁に張り付いて身動きを止める。一番先を進んでいたジョンは自律機動攻撃兵器を操作し、剥落した壁材などの落下物から子供達を護る防御膜を展開させた。ジョンの手の中からは既に唯一の武器であった大振りの高周波振動ナイフは喪失している。退避所の小部屋でのフォモールの触手を攻撃した際の投擲や、この場所に至るまでの避難経路での触手の排除の為に使い物にならない程に損傷しており、避難階段に至る直前の通路に放り捨てていたからだ。
ジョンが見上げると避難階段は崩落しきっており、自律機動攻撃兵器の展開した防御膜の範囲以外は何も残っていなかった。
「な、なんだよこれ!? ここからじゃ上れないぞ!」
デューイの上げた声にジョンは振り返ると、視界に入った年下の少年はその顔を絶望に染めている。ジョンは勤めて冷静な声でデューイへと問い掛けた。
「デューイ、ここ以外に避難経路は無いの?」
「……ある、あるけど、無理だ! こいつら皆を、あの触手だらけの通路を大分戻らせなきゃなんねぇ。それにチビ共がもう限界だよ」
「セラさん、デューイの行ってることは間違いない?」
ジョンは気落ちした様子のデューイから彼の双子の妹へと視線を移し、声を荒げず話し掛ける。セラは自分に話し掛けられるとは考えていなかったのか、険しい目でジョンを見上げた。
「デューイの言っていることが嘘だとでも? 本当よ、まで通ってきた通路を四区画分は戻る事になるわね。あたしやユキの体力でも、あの通路を触手を避けて通るのは難しいと思うわ」
「フランク、ユキさん間違いないね?」
「は、はい」
「……ああ」
ジョンはフランクとユキにも確認し、その答えに頷くと圧縮言語での命令を宙に浮かぶ自律機動攻撃兵器に告げる。自律機動攻撃兵器はいわば彼のSF“救世の光神”にとっての子機だ。機体の一部である自律機動攻撃兵器を基点に、“救世の光神”との量子通信を接続、存在位置を再定義し、量子空間転移を発動させる。崩れた螺旋階段の中心に突如として片腕のSFが出現した。ジョンは螺旋階段から機体へと飛び移ると操縦席隔壁を解放させその中へその身を滑り込ませる。
『お帰りなさいませ、ご主人様』
「簡易神王機構、挨拶は抜きだ。自律機動攻撃兵器、全基起動、この場の子供達を護り、地上へと連れて行くよ。外部スピーカーの起動を」
『了解しました、ご主人様』
ジョンは簡易神王機構へと頷き、網膜に投影される外部映像の出力と外部スピーカーの作動を確認し、徐に口を開いた。
「今から君達を地上に連れて行く。一番近くにある盾に掴まって、行くよ!」
“救世の光神”の存在を感知してか、上下左右四方から触手が伸ばされ始めた事を感知し、警告が視界の隅に表示された。“救世の光神”は床を蹴り、地上へと向かって上昇を開始、子機である五基の掌盾はそれぞれに子供達を高濃度の量子防御膜で強制的に包み込み母機の後を追い、空中に舞い上がって行く。




