第228話 焦る心と
庁舎前に跪いた隻腕のSFの操縦席で、機体制御システム簡易神王機構が静かに起動を始める。
『地中より接近するフォモールと思しき反応を多数確認。当機体戦闘記録走査、ポーン種、ナイト種、ビショップ種の何れにも合致せず、それぞれの反応は微弱なもののルーク種のものに類似。“救世の光神”操縦席隔壁閉鎖、量子誘因反応炉稼働、自己防衛行動開始』
一際大きな地揺れが巻き起こり数瞬後、庁舎廃墟前に放置されていた隻腕のSFの瞳が発光、独りでに起き上がると人型兵器は操縦者もないままに自律可動を開始した。
隻腕のSFは、機体の各部に装着していた五基の五角形の掌盾は腰背部の一基を喪失している。右肩に接続されていたを右前腕に移動させ、掌盾五角形の先端に量子機械粒子を放出、固着させ短剣程度の刃を形成させた。朽ちかけた舗装路面を突き破り地面からとび出した鋼色の触手を、掌盾の装甲面で受け止めて弾き、機体の右脇へと抜けていく触手へとその掌盾に形成した刃を振り抜き、斬り飛ばす。
機体の存在する周囲のみならず、都市廃墟の全域にてその異変が一斉に始まった事は機体に搭載されたセンサーユニットが捉えており、地中より更に多くのフォモールのものである触手の反応が接近しつつあることも把握していた。
『ご主人様との合流を最優先に行動を開始。都市運営システムとリンク。ご主人様の生体情報を把握、現在位置を中心とした庁舎内の全避難経路を取得。ご主人様の進行ルートから逆算し、ご主人様が姿を現すであろう脱出口へと向かいます』
隻腕のSFは踵部に光輪状脚部機動装輪を展開し疾走を開始しようとするも足を止め、庁舎廃墟入口ホールに存在する壊れかけのSFを一瞥すると、庁舎廃墟内の入口ホールへと隻腕の人型はその巨体を近づいていった。その間も、周囲から飛び出してくる鋼色の触手群を右腕の刃で迎撃し、光輪状脚部機動装輪を叩き付け、斬り捨てながら進んでいく。そして、庁舎廃墟の前に辿り着くと同時に鋼色の触手群は不自然なまでにその攻撃を止め、その場所を攻撃できない何らかの理由が存在することが推測できた。自身にすら通り抜けやすいガラス張りの扉を潜り抜け、隻腕のSFは一都市の庁舎のものとしては広大に過ぎる入口ホールに足を踏み入れる。庁舎内の受付カウンターに四つん這いで横付けされた壊れかけのSF、PATHFAINDERへと歩み寄った。
『対象のSFの走査を開始、当該機のリア・ファル反応炉出力は六十%にまで低下、装甲面の多くは圧壊、関節部もほぼ全てが損傷。この機体は兵器としての意義を果たすには役者不足ですね。機体制御システムをリンク、当機体戦闘記録を一部転写、無理矢理ではありますが、数分間程度であれば、この機体も戦闘に耐えうるでしょう。では、ご主人様の下にお迎えを急ぎませんと』
隻腕のSFは、四つん這いのPATHFAINDERに右掌を掲げ、自身に出来る限りの処置を施すと、踵に展開した光輪状脚部機動装輪で庁舎の奥へと向かい走行を開始する。
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デューイ達が退避所の小部屋に入って行くのを見届け、宙に浮いたままゆったりとっ回転する掌盾の横で、ジョンは一人深く息を吐く。数分、弾む息を整えると、左手で襟元のカフス型通信機を起動、都市廃墟の外に存在するエリステラとの回線を開いた。
「こちらジョン、僕の方は庁舎の地下から地上に向かってる途中だけど、そちらの方はどう。何かあった?」
『ジョンさん!? ごめんなさい、こちらは、わたし達は戦闘中です。ジョンさんのいる都市廃墟のすぐ傍にコリブ湖に出現したものとよく似た巨大なフォモールが出現しています。軟体動物の様な触手を地中から伸ばす攻撃を多用して来るようです。それ自体は避けようがあるのです。が、こちらの攻撃には決定打が足りないみたいで、攻撃そのものは通じていますが、直ぐに回復されてしまうので、ハリスンさんもわたしもどうにも攻めあぐねています』
「触手を地中から伸ばす攻撃だって!? 僕達が地上に戻るのを阻んでいるのも、多分同じものだよ。避難経路の床を破って鋼色の触手が突き上げてくるんだ」
『そちらもですか!? っく、“シャーリィ”、弾倉交換急いでください!』
エリステラの声に混じって、“森妖精の姫君”の機体制御システム《シャーリィ》の合成音声が背後に響いている。
「……悠長に通信している場合じゃないんだね、僕もなるべく急いでエリス達に合流するよ。それまで何とか保たせて」
『こちらはどうにかして、時間を稼ぎます。ですから、ジョンさんもお早めに……』
「うん、エリス、……気を付けて」
少年は襟元から左手を離しエリステラとの通信を終えると、デューイ達の入って行った退避所の小部屋の扉を開いた。小部屋の中では、子供達はめいめいに座り込み、室内に備蓄されていた飲料ボトルを握り締めている。突然、開かれた小部屋の入り口に佇むジョンへと子供たちの視線が集中する。
「すまないけど、休憩はそこまでに。さっきこの都市の外にいる仲間と連絡をとったんだけど、外にとても巨大なフォモールが出現しているらしい。この地下を襲っている触手もおそらく、そのフォモールのものみたいだ。こういう閉所で襲われるのはマズい。なるべく急いで地上を目指そう」
「巨大なフォモール? それが、あの触手の元だってのか? ていうかジョン、アンタ都市の外に仲間がいるのか?」
セラはジョンを睨み付け、とげとげしい声を出して言う。
「この子達は、今やっと一息ついたばかりなんですよ! あなたに何の権利があって……、ひぅ」
セラが全てをいい終える間を与えず、ジョンは太もものナイフ鞘から大振りの高周波振動ナイフを抜き放つとナイフを投げつけた。小部屋の壁を溶解液で溶かし突き破ろうとした触手が
投げ放たれた高周波振動ナイフの刃により壁に縫い付けられる。顔の脇スレスレに甲高い音を立てるナイフを投げ付けられたセラは腰が砕けたようにへなへなと床に座り込んでいき、年少の子供達も少女の心配をしたのか纏わり付いていた。
「見た通り、この辺りも危ないようだ。……ごめんね、セラさん脅かせて。地上では僕の仲間たちも危ないみたいだ。僕は仲間たちの事だって見捨てたくはない。――デューイ、ここから地上まではあとどれ位かかる? 小さな子には酷だけど、ここも安全じゃない。直ぐに行こう」
ジョンは声を掛けながら壁面に縫い付けられたまま汚泥へと変わった触手から、高周波振動ナイフを抜き取る。抜き取られた高周波振動ナイフの刃は付着した熔解液によりそれは既に使い物にならない程に歪みきっていた。




