第227話 滅びを知らぬもの
蠢くように存在していたフォモール達が、地面を突き上げて伸び出した鋼色の触手に貫かれ、自らを貫いたそれに融合するように触手の一部と化して縒り合さっていく。
“神殿騎士騎改”の操縦席で映像越しにそれを見ていたハリスンは、自機の両腕に構えていた高出力溶断鉈をそれぞれの柄尻同士で連結、両端に刃を備える薙刀形態と化し、今まで機体の立っていたその場所から大急ぎで跳び退いた。
“神殿騎士騎改”が跳び退くと、それまで騎士鎧をまとった人型兵器の存在していた空間を地面から跳び出した鋼色の触手が突き上げて伸びる。ハリスン騎は高出力溶断鉈薙刀形態を両手で頭上に旋回させ、右脇に振り下ろす様に両端に伸びる高熱の刃で鋼色の触手を薙ぎ払った。薙ぎ払われ飛び散りながら燃え尽きて行く触手を後目に、ハリスン騎の立つ場所から遠く望む、縒り合さり巨大な一つの姿を象らんとする鋼色の触手群に向かい、脚部機動装輪での疾走を開始する。
縒り合わさった多量の触手は人の形へと変化を始め、“神殿騎士騎改”の後方、丘の存在する方角から、渦巻く粒子光を纏う巨大な光の矢が真っ直ぐに伸びて突き刺さった。渦巻く粒子光は人型を形成しかけていた鋼色の触手群を撃ち貫き、その質量の大部分を抉り抜いて光の矢は空へと駆け上がっていく。
「あれならばっ!! ……何とっ!?」
抉り取られた質量を補うように、大きく半円に刳り貫かれた創痕から新たに伸びた無数の鋼色の触手が縒り合さり、何事も無かったかのように人型への変異を再開した。
走行を続ける“神殿騎士騎改”のセンサーは地面に微弱な振動を察知、ハリスンの操作により、再度跳び退き迂回して走り抜けた後に、先端に鉤爪を備えた鋼色の触手の群が林立し、騎士鎧を纏うSFへと襲い掛かる。
“神殿騎士騎改”は襲い来る鉤爪触手に向かって左腕を一閃、前腕に装備する円盾で弾いて防ぎ、機体が右手に握り締めた高出力溶断鉈薙刀形態の高熱の刃を掬い上げ、弾かれ流された触手を焼千切った。
「私が心配する必要はないのだろうけれど、一先ずは彼女と合流するとしよう。近接防御くらいは任されてもいい」
“神殿騎士騎改”はそれまでの進路を変更、踵を返して粒子光を纏う巨大な光の矢が放たれたであろう丘へと向かって疾走を開始する。
†
M字かW字を倒した様な弓状の最終攻撃形態へと変形した大型専用狙撃銃の機関部から、結晶化した変性分子機械粒子の砲撃を終えて、特殊弾の薬莢が排出された。砲撃の結果を観測し、急速に触手の縒り合さった元の姿を取り戻し、獣の特徴を備えた人型への変異を再開するという結果に、エリステラは静かな溜め息を吐く。
「……目標は依然消滅せず、ですか。砲撃そのものの効果が見られたということを、僥倖と考えましょう」
『地中より不自然な振動を感知、急速に浮上するフォモールの反応を確認。緊急回避を提案』
「足を止めていてはいけないのですね。“シャーリィ”、貴女の判断に任せます。出来るだけランダムな回避行動をはじめて、しかる後、大型専用狙撃銃へ0番弾倉の弾丸を再装填し、分子機械物質化開始」
『Yes your mistress』
“森妖精の姫君”は弓状に変形した大型専用狙撃銃を両腕で構えたまま、踵にハイヒール状に展開した脚部機動装輪を全開駆動し、その場からの移動を開始した。“森妖精の姫君”が移動を開始した途端に地面を突き抜けて鋼色の触手が無数に伸びあがり出す。行動を開始した“森妖精の姫君”の腕の中では、大型専用狙撃銃の機関部に弾倉から特殊弾がせり上がり、装填された弾丸を核として大型専用狙撃銃に内蔵されたリア・ファル反応炉が生成する分子機械粒子が結晶化し、歪な形状の粒子光に煌くクリスタル状の巨大な矢を形成した。弓の真ん中を貫いた結晶矢は“森妖精の姫君”の全高をも越える長さに伸長していく。
「左腰部、折り畳み式高周波振動騎剣セット」
エリステラに操られる女性型のSFは大型専用狙撃銃の補助銃把を掴んでいた左手を放し、腰背部から腰部側面装甲に移動した折り畳み式高周波振動騎剣の握りを掴むと抜き打ち気味に抜き放ち、正面から襲い来る鋼色の触手を斬り払った。
斬り散らされ地面に落ちた鋼色の触手の切れ端は、僅かな間に蠢きのたうつと溶け崩れて汚泥へとその姿を変じていく。
所々に大小さまざまな汚泥の水溜りが出来た地面の中心で、“森妖精の姫君”は結晶矢の番えられた大弓を両腕で構え直した。次いで間を置くことなく、粒子光を纏う結晶矢が放たれる。歪な形に形成された結晶矢から自然と砕け落ちた分子機械結晶の欠片が空中に溶け込む様に崩壊、女性型SFの全身を包む粒子膜となった。
二度目の砲撃もまた目標を違うことなく変異を完了せんとした触手フォモールの人型となった上半身に着弾、溶け混ざり一体と化しかけた鋼色の触手の縒り合さった巨体の腰から上の大部分を砕き、再度消し飛ばした。
形成されかけていた鋼色の肌に覆われた巨腕が、縒り合されていた触手の群に解け、ばらばらと散らばりながら落下を始め、その内の多くが空中で汚泥へと変わり撒き散らされていく。
「……分かってはいましたが、再生、するんですね」
質量の大部分を再度喪失した変異しかけの巨大なフォモールは、またもや傷口から無数の触手を生やし、何事も無かったかのように喪ったばかりの質量を補填すると、変異の速度を加速させた。その様子を見詰めながら、エリステラは装填されている0番弾倉の残弾を確認、あと何度、最大火力での砲撃が出来るのかを把握し、機体制御システム《シャーリィ》に弾倉の再装填を命じる。
「“シャーリィ”、大型専用狙撃銃最終攻撃形態での最大威力砲撃が可能なのはあと2回です。大型専用狙撃銃を通常形態へ移行、最大威力での砲撃はここぞという時まで温存します」
『了解しました。大型専用狙撃銃を通常の電磁加速砲形態へ移行します』
弓状に展開されていた大型専用狙撃銃が変形、可動肢に保持された大型の銃砲が機体左側から右側へ移動、更に背面へ可動し背面から機体右脇を通過して前方へとその銃口を向けた。特殊弾を内包した0番弾倉が排出され、右腰部側面装甲の内側からポップアップした通常弾の装填された弾倉を大型専用狙撃銃の機関部後方に空いた空間に叩き込んだ。




