第225話 世界がそれを正しいと認めても
非常灯に照らされる薄暗がりの中、ジョンは手元の端末を確認しこの地下空間も朝を迎えている事を知る。デューイを含むこの地下ホールの住人の子供たちはすでに目覚めているのか、それぞれに寝具代わりにしていた布やマットなどを片付けており、食堂となっている段ボールで区切られた部屋へと移動していた。子供達の住処である段ボールで区切られた部屋は地下ホールの隅にある簡易キッチンやシャワールーム、トイレなどの水回り設備に隣接して作られており、生活に必要なものを何処に求めたのものか子供達が頭を巡らせていたであろう跡が伺える。
ここで使用されている水道設備は閉鎖型シェルターに付き物の広大な空間に併せた循環型浄水設備となっているらしく、都市全体で使用されるエネルギーを賄うに足る反応炉の容量から見れば極々微量のエネルギーのみで稼働し続けていた。この地下空間に非常灯とはいえ灯りが点いたままであることや、前述の水道設備などが今もなお利用可能な点から見ても、この都市の中枢反応炉は出力を落としてはいるものの、都市襲撃後も停止してはいない事が分かる。
操縦服のポケットに忍ばせていたガードナー私設狩猟団SF部隊隊長である蜂蜜色の髪の少女が手作りした携帯糧食を腹の中に落とし込み、ざっと一通り身だしなみを整えたジョンは子供達の居るであろう食堂へと足を踏み入れた。味気ない非常用糧食とはいえ、わいわいとおしゃべりしながら、デューイやセラなど、年長の子供達は騒ぎすぎる年少の子供達に注意しながらも、それでも子供達は楽しそうに食事を摂っている。その様子にジョンは嬉しそうに目を細め、元気よく声を掛けた。
「みんな、おはよう! ゆうべは遅かったから簡単なあいさつになっちゃったから、改めてするね。僕はジョン=ドゥさ。じゃ、はい、質問のある人~」
「はーい」
和気藹々《わきあいあい》と食事を取っていた子供たちの視線が、見慣れない年長の少年へと集中する。優し気なジョンの言葉を受けて、五歳位の年頃の男の子が元気よく手を挙げた。
「ええと、アルくんだね? どうぞ」
「おにいちゃん、だあれ?」
舌足らずの高い声での問い掛けに、ジョンは男の子と視線を合わせて優しく笑みを浮かべ、その場の他の子供達全てにも聞こえるよう声を張って応じる。
「名前はさっきも言ったけど、ジョン=ドゥだよ。デューイと同じように僕もSF操縦者さ。ここからずっと西、ネミディア連邦にある“樹林都市ガードナー”という都市で狩猟団の一員をしてるんだ」
「おにいちゃん、すごーい」
「あのおにいちゃんがすごいなら、ディーにいもすごいの」
「ん~、なにしにきたの~」
クレアやリタ、ジュナといったアルを含めた年少の子供達は口々に黄色い声を上げ、この目の前の年長の少年が何故ここにいるのかと疑問に抱いた点をそのまま口にする。ヒューイとジョーイの兄弟、フランクとユキの幼馴染同士は見慣れないジョンに対して警戒を含んだ視線を投げていた。
「デューイに連れられてね。それから、僕は君たちをここから連れ出そうと思う。今の所は、何とか生活出来ているみたいだけど、でも、もう限界なんじゃないかな? 僕にはそう見えるよ」
「突然、いきなり来た人が、知ったようなこと、言わないでください!! あなただって、本当は助けてなんてくれないくせに!!」
先に挨拶を交わしていたデューイの双子の妹であるセラには、デューイから「みんなを助けてほしい」と頼まれていた事は隠していた。ジョンの放った言葉を耳にして、セラは兄とそっくりな整った顔を紅潮させ、めったに出さない大声を上げる。
「セ、セラ!? いや、ちがうぞ。……オレが、オレがジョンに頼んだんだ。みんなを助けてくれって、だから……」
デューイは妹の剣幕に目を白黒させながら、今にもジョンへと掴みかかっていきそうな双子の妹に抱きついて止め、自分がジョンに対して依頼したことを口走ってしまう。自身を抱き留めるデューイを涙に滲んだ険の籠った視線で睨み付けるセラに顔を向け、ジョンは静かに言葉を紡いだ。
「セラさん、信じてくれ、とは言えないけど、僕自身が思ったんだ。誰かに頼まれたからじゃなくて、この場所を見て、君達を見て、君達を助けたいってね。……どうやっても、僕の出来得る限りには、なってしまうけど」
成り行きを見守っていた幼馴染の片割れ、黒い髪をしたユキが顔を上げ、ジョンをまっすぐに見詰め問い掛ける。
「どうして、どうしてわたし達を助けようって思ったんですか? ただ、この場に居合わせただけの、赤の他人、なのに?」
「うん、だってさ、デューイはすごく頑張ってる。僕がここに来るまで、今まで一度も弱音なんて吐いてなかったんじゃないかな、この子もセラさんも。二人とも意地っ張りそうだしね。でも、そんな、デューイに頼まれたんだよ。……みんなを助けてくれって」
ジョンは、子供たち一人一人の顔をゆっくりと見回しながら、自らの声を響かせた。
「……僕は、誰かのためにと頑張っている人が報われない世界なんてイヤだ。――それが正しい世界のあり方だとしても、その先にある未来が最善ではないとしても、頑張った君たちが、少しでも報われてほしいと思うんだ。君達からしてみたら、大きなお世話でお節介でしかないだろうけど、ね」
ジョンがその言葉を言い終えるのを待っていたかの様に、彼らをその内に孕んだ地下ホールが瞬間、大きく揺れ、大空間を区切る段ボールの壁が無秩序に倒れ込んでいく。非常灯の灯りは不自然な明滅を始め、段ボールの壁で遮られていた向こうに、表面に粘液を塗りたくったかのような鋼色の触手がうねうねと不規則に蠢いていた。
「運が良かったよ、本当に、君たちは。……だって僕がここに居合わせていたんだから!」
、
ジョンは駆け出しながら、逆手で操縦服の右太ももから大振りの高周波振動ナイフを抜き放ち、口の中で圧縮言語を唱え、命令に応じて空間を越え、一基の自律機動攻撃兵器を呼び寄せる。自律機動攻撃兵器はその身に内包した量子機械粒子を放出し、浮遊する掌盾に子供達の防護を任せると、ジョンは再度の圧縮言語を用いた命令で量子機械粒子を高周波振動ナイフの刃に纏わせ粒子光を纏い、伸長させた刃でフォモールのものであろう触手を斬り飛ばした。
斬り飛ばされ汚泥へと変じる様を見る間も無く、地下ホールの床を突き上げて無数の触手がその姿を現せ出す。
「デューイ!! みんなを連れて逃げろ! その盾が護る! 君たちの前には、僕が道を開く!!」
ジョンは粒子光を纏う大振りの高周波振動ナイフを右手の先に握り直し、左手を振って子供達に避難を促した。




