第223話 吹けば飛ぶような小さな火だとしても
外から見た廃墟と同じ建築物内であるとを思わせない、庁舎廃墟内の整然と金属パネルを敷かれた通路に規則正しい足音が二つ重なって響いている。天井付近から通路を照らす照明は非常灯のみで、その事だけが
先を歩く操縦者の少年は、廃墟の中から見つけて来たであろう非常用ザックを肩に掛け、携帯糧食をあふれんばかりに詰め込んだフルフェイスヘルメットを胸元に抱えたまま、ちらちらと警戒を込めた視線を背後を歩くジョン=ドゥへと何度も送っていた。ジョンはその視線に気が付いていないように装いながら、自身がここに来た理由を淡々とした口調で垂れ流している。
「僕はジョン=ドゥ。さっき君も見た通り、あの片腕のSFの操縦者だよ。ここには、ある人を探しに来たんだ。僕と同じくらいの年頃でね、僕にとっても友達だし、世話になった人の娘さんでもある、ダナ=ハリスンていう女の子なんだけど、君何か知らないかな?」
先を行く少年は、顔だけをジョンの方へ向け、ゆっくりと顔を横に振った。
「そんなヤツ、知らない。……あんた、一五、六才か? ……ここには、一四のオレより年上は居ないんだ。もう、この地下にはオレも含めて十人しかいないし。――あ、こっちだよ、この先のホールの一番太い柱の中に非常用のシューターがあるんだ」
少年は首を傾げてジョンへそう返すと、右手を上げて通路の先に広がるホールを指し示す。二人はすぐにホールに足を踏み入れるとホールの中央に立つ円柱の前に立った。ジョンは入口のある方へ顔を向けると、入口から入ってすぐのホールに膝を着いている少年のSF、|PATHFAINDERを指差し、少年へと問い掛ける。
「そういえば、君のSFはあのままで良かったの? この建物の入口ホールに乗り捨てるみたいな感じになってるけど」
「しょうがないんだ。ここにはもう、まともにSFを整備できる大人なんていないし。辛うじて動いてたSFもあの一機だけなんで、あれだけならあのホールに置いておける。なんでだかフォモールは、この行政庁舎の敷地には入り込んでこないんで、あそこなら置いといてもいざって時に直ぐ乗り込めるのさ。まあ、いざって時、とは言っても今日みたいに、都市の中に食い物やらなんやらの調達に出る時だけなんだけどな。それより、あんたのSFこそ庁舎の外に放置してていいのか? あんなスゲーSF初めて見たぜ、オレ。あ、そうそう、名乗ってなかったな。オレはデューイ、デューイ=コーレルだ。ほらここだ、開けるぞ」
少年、デューイは円柱に隠されていたレバーを操作し非常用扉を開きながら、振り返り自己紹介をした。
「デューイだね。僕のSFなら大丈夫、短時間なら自律駆動が出来るからね。防御に徹するだけならどうとでもなるよ」
ジョンはにこやかに少年デューイの名を繰り返し、自身の機体について既にその目にしており明かしても問題ない情報を口にする。ジョンの言葉を耳にして、少年は納得を含んだ感嘆の声を上げた。
「へー、やっぱ自律駆動なんて出来るんだ。すげーんだなアンタのSF。まあ、この庁舎前に置いておくならフォモールの奴らなんてめったに来ないけどな。じゃあ、来てくれチビ共に、この飯を届けてやんないと」
デューイは非常扉の奥、シューターの縁に手を掛けるとその身を滑らせる。ジョンはデューイに倣い続いてシューターに身を任せた。体感にして一分ほど、シューターの終点に辿り着く。そこは地下に大きく広がった広間に繋がる通路となっており、通路の先には幾つもの円柱が支える大ホールとなっている。大ホールには段ボールで作られた大小さまざまな小屋が二十近く並んでいた。デューイとジョンはその段ボール小屋の間の通路を進み、一際大きな小屋を目指していく。
通路のそこここに散らばる投げ捨てられた携帯糧食の包み紙に目を丸くしたジョンにデューイはバツの悪そうな顔をしてぼやいた。
「ったく、チビ共にゃみんなが使う所はきれいにしてろっていつもいってんだけどな。ここの所、この庁舎近くの目ぼしい物資は取りつくしちゃったもんで、少しオレが留守にしてたらこの有様さ」
一番目立つ小屋の扉替わりの分厚いアコーディオンカーテンを乱暴に押し開けて、デューイは大きな声を放つ。
「戻ったぞ!! アル、クレア、リタ、ジュナ、フランク、ユキ、ヒューイ、ジョーイ、それとセラ!!」
デューイの声を耳にして、小屋の奥から幾つもの小さな足音が駆け出し、小屋の入り口に陣取る小柄な少年に小さな子供たちが飛びついた。
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「このオレそっくりの女がセラ、双子の妹だ。そっちのヒューイとジョーイは兄弟で、街が襲われる前まではオレ達の家の近所に住んでた。こっちのフランクとユキもそれぞれ近所に住んでた幼馴染同士だとか。それ以外のアル、クレア、リタ、ジュナはここで合流した奴らな。みんな、オレたち兄妹も含めて、街がフォモールに襲われた混乱の最中に親とはぐれたり、置いて行かれたらしい」
携帯端末のライトを囲んで、デューイとジョンは顔を突き合わせている。久方ぶりに腹一杯になったらしく、年少の子ども達を中心にしてデューイ以外の九人の子供達は穏やかに寝息を立てていた。デューイは子供達一人一人を指し示し、それぞれの名前をジョンへと教えていた。と、突然、デューイは大きなため息を吐く。
「はぁ~、今日は死ぬかと思った。ちがうか、カッコつけてもしょうがねえよな。ジョン、アンタも見ただろ、今日も、死ぬかと思ったが正しいや」
見ればデューイの身体は震えが収まっておらず、今もその瞬間の恐怖を払拭できずにいるようだった。震えの納まらない自分の手を見詰め、デューイは震えの止まらぬままその手で自分の両肩を抱く。戦うのは怖い、その果てに死ぬのも怖い、幾つもの戦闘を重ねてきたジョンですら抱くその感情に共感し、ジョンは助言ともいえぬ助言を口走ってしっていた。
「そか、でも、今、君が、この子達が無事ならそれでいいんじゃないかな。それにSFがある。君はそれを動かすことも出来る。なら、どんなに小さくても逆転の目は消えていないさ」
「そうかもな、だけど、何とかSFを動かせる程度のオレじゃあ。みんなを連れてこの街から逃げ出すことも出来やしない。なあジョン、あんなSF持ってるんだ。アンタ雑務傭兵かなんかだろ? できたらこのチビ共をこの街から連れ出してやってくれないか? 依頼料がいるなら、あのおんぼろSFをやる。それで足りなきゃオレが何でもする。コイツらを、このままこんなところで死なせたくないんだ。頼む!」
デューイは床に手をついてジョンへと懇願する。
「デューイは、良い子だね。ああもう、駄目だなぁ、僕は。――良いよ、依頼料だっていらない。ここに来たのは僕にも目的があってだもの、そのついでだ。でも、この子達を連れ出すのは君だよ、デューイ。この子達はあったばかりの僕の事なんて、信用できないだろ。僕は君たちがこの都市から脱出するのを手助けは出来る。伝手を頼る事にはなるけど、脱出した後に落ち着ける場所も用意できると思う。でも、主になるのは、あくまでも君だよデューイ、それでいいのなら君を手助けしよう」
真直ぐに自信を見詰める瞳に撃ち抜かれ、ジョンは抱いてしまった感情のままそう提案した。デューイは何時の間にか震えの止まって両手を見詰め、周囲で寝息を立てている子供達に視線を送り、拳を握り締め、しっかりと頷きを返した。
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