第222話 鋼獣の変質
隻腕のSFに先行して疾駆した自律機動兵器と量子刃形成騎剣は、飛び掛かって来る巨大な蛇体を空中で迎撃しその場に押し留める。否、その量子機械粒子により形成された刃をもってしてもその大蛇型ポーン種の蛇鱗を打ち破る事が出来ず、ただ、押し留め、ポーン種と自律機動攻撃兵器それぞれがもと来た方へとはね返される結果となっていた。
瞬き程の僅かな時間に追い付いた隻腕のSFは、空中ではね返された量子刃形成騎剣に右腕を伸ばす。柄の無かった量子刃形成騎剣は瞬時に柄を形成、伸ばされたSFの右手の中に納まり握り締められると、自身のはね返された軌跡を逆さまに辿るように隻腕のSF、“救世の光神”は疾走の勢いを載せた一撃を放った。
蛇体のポーン種に“救世の光神”の量子機械の刃が接触する寸前、蛇体のポーン種はその鱗に覆われた身体に粒子光を防御膜として纏い、隻腕のSFが放った一撃を防ごうとする。
“救世の光神”の斬撃は、防御膜による斥力場を負荷として受けつつも、その刃を蛇鱗へと届かせた。だが、斥力場により僅かに斬撃の勢いが押し留められ、刃を受けることを恐れた大蛇型ポーン種がその身を捩った為に、大蛇型は数枚の鱗を砕かれるのみで、ポーン種が負った痛手はごくごく僅かなものに留まっている。
「浅いっ!? 自律機動攻撃兵器形態変化、衝角突撃形態!」
蛇体にはね返された後、隻腕のSFに追従していた自律機動攻撃兵器は、母機である“救世の光神”を追い越して前に突出、瞬時に量子刃形成騎剣形態となり、量子刃と垂直に交わる刃を剣身の中心に形成、機体全体を回転させながら宙を走っていく。
自律機動攻撃兵器衝角突撃形態は大蛇型ポーン種の顔面スレスレを横切り、注意を引き付けるとフォモールの背後へと抜けて行った。大蛇型は鎌首を擡げ頭を巡らせ十字の刃を生やした凶器を注視する。“救世の光神”は衝角突撃形態の飛び去って行く方向とは逆方向に進路を取り、ポーン種の死角へと潜り込み、大蛇の首へと右手の騎剣を横薙ぎに叩きつけた。
死角から放たれた斬撃へ大蛇は尾の一振りを以って応え、隻腕のSFの手にした騎剣の腹を打ち上げて防ぐ。しかし、それは“救世の光神”とほぼ同時に攻撃に転じた自律機動攻撃兵器衝角突撃形態の吶喊により外される結果となった。
騎剣の腹を打ち上げられ、“救世の光神”の右腕が斬撃動作を阻害される。隻腕のSFは態勢を崩され掛けた刹那、地面を蹴り跳び上がると弾かれた騎剣の動きに逆らわずその機体を空中で旋回させ、下方に位置する蛇体へと粒子光を纏った騎剣を撃ち下ろした。
衝角突撃形態はポーン種を執拗に追尾し“救世の光神”の撃ち下ろしに合わせ蛇体を下から強烈に突き上げる。衝角突撃形態の吶喊に無理矢理顔を上向きにされた大蛇型ポーン種はその頭部に燐光を纏った刃を受け、その胴までを真っ二つに斬り裂かれる。そして、遂には地面に汚泥となって広がっていった。
†
「簡易神王機構、周辺警戒はそのまま継続で」
手にしていた騎剣を左肩に戻し、掌盾へと変化させた“救世の光神”は、舞い戻って来た自律機動攻撃兵器衝角突撃形態を右前腕に受け止め、こちらも掌盾に戻すと背後の行政庁舎廃墟へと振り返った。
庁舎廃墟前の路上には今も一機のSFが倒れたままとなっている。フルフェイスのヘルメットを胸に抱えた少女染みた容貌の操縦者の少年が唖然とした顔で“救世の光神”を見上げていた。
「ねぇ、簡易神王機構、今のフォモール、あれ、ポーン種だったよね?」
『はい、対象フォモールの生体反応や内包エネルギー量は、戦闘時に実測した限りではポーン種のものに納まるかと、とはいえ特異変態個体か、という疑問点は残ると思われますが、先程の個体には特異変態変異時に見られる特徴はどこにも見られませんでした』
隻腕のSFの操縦席でジョンは腕を組んだまま頭をひねる。
「大陸中央山脈を挟んで東側の方が、フォモールという種の存在自体が強くなってる、とか?」
『この国の東海岸には超巨大フォモールの存在しています。その可能性も排除は出来ないでしょう』
「流石に、全ての鋼獣が強化されていると思うとぞっとするな。でも、ここのフォモールには今の所、あれは居なかったね。ダナさんを取り込んでいた人型鋼獣は」
『ご主人様、その点も含めて都市外にて待機中のエリステラ嬢とハリスン氏に通信を入れますか? 現在、エリステラ嬢の“森妖精の姫君”、ハリスン氏の“神殿騎士騎改”両機共に反応良好、現在、都市外に敵性存在反応なしの模様』
「じゃ、僕と“救世者《セイヴァ―》”が無事であることと、この都市の生き残りと接触してみるから、その事について伝えてもおかないと。接触の結果次第だけど、長居せずにさっさとここを立たないといけない事になるだろうし」
簡易神王機構は操縦者であるジョンの意を受け、この廃墟となった都市外で待機している二機のSFへの通信を繋げた。蜂蜜色の金髪を持つ少女の映像がジョンの視界に投影され、聞きなれた柔らかな声が少年の耳をくすぐる。
『ジョンさん? こちら“森妖精の姫君”、エリステラです。どうかされましたか?』
「うん、少し進展があったからその事を伝えようと思って。まずは僕も“救世の光神”も無事だよ。これからこの都市で生存していた生き残りと接触するんだ。その結果次第ではそのまま次の場所に移るかもだから、いつでも動けるようにしておいてね」
『ジョンさんに何もなくて良かったです。そうですか、こちらはいつでも動けますけど、現地の人と接触するのでしたら、わたしたちも合流した方が良いのではないですか?』
「まあ、“救世の光神”なら飛べるからね。何かあったら直ぐに逃げるよ。それを考えると僕だけの方が都合がいいんだ。そちらはどう、何かあった? ハリスンさんもいるから大丈夫だとは思うけど、何かあったら直ぐに僕を呼んでね」
自身の身を案じられ、エリステラは笑みを浮かべ頷くと、胸元に手を当ててジョンへと返した。
『ありがとうございます。こちらは今の所は何も、フォモールの小規模な群と遭遇戦が何度かあったくらいですね。追い詰められているとフォモールよりも人間の方が恐ろしいこともありますから、ジョンさんの方こそ、気を付けてください』
「うん、こちらこそありがとう。じゃあ、また、しばらくしたら連絡するね。行ってきます」
エリステラへの通信を終え、ジョンは今度はハリスへと回線を開いた。
「ジョンです。ハリスさん」
『ハリスだ。ジョン君、何かあったのかい?』
「都市内では今の所、僕が見たあの人型のフォモールは出てきていません。取り敢えず、それを」
『そう、か。うん、いや、ありがとう。そうだな、そんなにすぐに見つかるわけもないな。こちらもそれらしきフォモールは見ていないね。ああ、安心してくれ、エリステラさんはダナの友達だろう。娘の友人のエスコートぐらいは全うしてみせるさ』
「これから、この都市の生き残りの人に接触します。何かわかればまた伝えます。吉報を待っていてください」
ジョンからの報告に寂し気な顔をしたハリスは、了解の返事代わりとして神殿騎士団仕込みの敬礼をし、無理矢理に口角を上げ笑みを浮かべた。
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