第221話 新たな出会い
大地に投げ出され、反応炉の火が落ちた“PATHFAINDER”、その緊急灯により赤い光に照らされた操縦席で、フルフェイスのヘルメットを被り、連日の休む間もない連用に草臥れ切った操縦服を小躯に纏った操縦者は機体が強制停止する寸前に自身の行った攻撃を激しく後悔していた。
(……一瞬見えた、あの片腕の奴は、助けてくれた? 得体は知れないけど、そんな相手に……)
外部操作盤から操縦席隔壁へのアクセスされていることを“PATHFAINDER”の機体制御システムが省電力モードの小型スクリーンに表示する。操縦者がそれを目にすると間も無く、機体頭部が圧搾空気の圧力により胸部側へ可動し、機体頸部背面に隠蔽されていた操縦席隔壁が露わにされていた。
隔壁の間から圧搾空気の漏れる音がして、操縦席隔壁がゆっくりと開放を始める。隔壁がすっかりと開放され、外部を照らす陽の光が操縦席内を照らし出した。
今にも撃たれるのではないかと、逃げ場も無く狭い空間の中に身を縮こます操縦者へ、逆光に影を落とした人物、隻腕のSFの操縦者であるジョン=ドゥがが“PATHFAINDER”の操縦席を覗き込み声を掛けてくる。
「おーい、操縦者の人、ケガしてない? 大丈夫かい?」
その声は一般的にSF操縦者として想像される人物像のものよりもよほど若く、操縦者へと向け、掛けられた言葉はいっそ暢気というべき程にのんびりとしたものだった。
「怪我がないならとりあえず操縦席から出てきてくれないかな。それで、もし余裕があるなら、この数か月間に、この都市に何があったのか、良かったらそれを教えて欲しい」
声の主である少年は自機に向かって攻撃してきたそのSFの操縦者へ、声を荒げる事無く続けて言葉を掛ける。その言葉に直ぐ様、自身が攻撃されることは無いと悟ったか、フルフェイスヘルメットを被ったSF操縦者は意を決し、その身の納まる狭小の空間から出ていく事を決めた。高い声の持ち主が無理矢理作ったような低い声で、外にいる得体の知れない人物へと返答する。
「……今から出て行く。抵抗はしない。そちらの温情に期待するぞ」
「抵抗? いや、僕は、君に危害を加える気はないよ。そうだ、じゃあ、少しでも安心できた方が良いね。僕は君の機体から少し離れるからその間に出てきてよ」
ジョンは自身を見上げ宣言した“PATHFAINDER”の操縦者へ応じ、“PATHFAINDER”凸凹の目立つ装甲の上を飛び跳ねるようにして分かり易く大きな音を立て、地上に倒れたSFの機体上から離れて行った。フルフェイスを被った小柄な操縦者は、不格好な姿勢となりながらも操縦席からおずおずと這い出し、都市廃墟を駆け抜ける乾いた風の中にその身を晒し、操縦席隔壁の縁を蹴り地面へと跳び降りる。
「うん、良かった。見た所、大きなケガは無さそうだね」
地面に足を着けたフルフェイスを被ったままの操縦者の姿へさっと目を遣り、その身に操縦服の上から見てわかるような重傷を負って居ない事を見て取ると安心したように笑顔を浮かべた。
フルフェイスの操縦者が頭を巡らせると、地面に倒れ伏した自身の“PATHFAINDER”の向こうに片膝を着いた駐機姿勢を取った隻腕のSFがある。地面に倒され無数のフォモール群に取り囲まれた際に一瞬見えた、空飛ぶ騎剣の姿は見えなかった。
「言っちゃ悪いけど、君、ずいぶん身体が小さいね。――あ、女の子?」
首を傾げ、その操縦者の身体の小ささにそう問いかけたジョンへ、もぎり取るように頭から外したフルフェイスヘルメットを投げつけ小柄な操縦者は甲高い声を上げて叫ぶ。
「ちげーよ!! 姿はこんなだって、おれは男だ!!」
ジョンは投げ付けられたヘルメットを両腕で受け止め、フルフェイスの内側に隠されていた少年を見やった。その操縦者は明らかにジョンよりも年少で、その少女染みた容貌や高い声はその訴えを真に受けても変声期を迎える前の年代に特有のものであるかのように思われた。
「……え、ほんとに?」
「こんなことで嘘なんか吐かねーよ!」
困惑顔のジョンに向かって、より背の低い年少の少年は噛みつくようにがなり立てる。
「……そうか、分かったよ。うん」
「おま、ぜってー納得してねーな! おれは男だかんな! 本当だぞ!」
そんなどうしようもない遣り取りの内に、ジョンとその小柄な操縦者の少年の間には弛緩した空気が漂い始め、なあなあのうちに馴れあいだしていた。
不意に空気の変化を感じ、ジョンは顔を上げて周囲に目を配る。行政庁舎廃墟から放射状に延びる道の先、崩れたビル群の陰に鋼色をした何かが蠢いていた。そこで鎌首を擡げたのは、ニシキヘビ型ポーン種、鋼の鱗に覆われた蛇体が引き絞られた弓に掛けられた矢のような勢いで宙を跳び、ジョンと操縦者の少年を狙って襲い掛かる。
ジョンは声も掛けずに操縦者の少年に飛び掛かって押し倒し、それまでと打って変わり鋭い声で自身のSF、“救世の光神”に向かい圧縮言語での命令を発した。
『“救世の光神”緊急起動、量子刃形成騎剣及び自律機動攻撃兵器射出、防げ!』
「うわっ、な、なんだ!? うわあああああ!!」
突然押し倒され、ジョンに耳元で耳障りな声で叫ばれた操縦者の少年は、目を白黒させくらくらする頭で蛇体のフォモールの姿を視止め、襲い来るポーン種の姿に悲鳴を上げ大声で叫ぶ。
ジョンの命令を受け、“救世の光神”は自律起動、立ち上がった隻腕のSFはジョンと少年を庇うように移動し、ポーン種の前に立ち塞がり、右腕を真っ直ぐに突き出した。
前腕に装着されていた掌盾が刃翼を生やし、機体から分離し蛇体目掛け飛翔を開始、左肩に装着されていた掌盾は機体から分離すると量子機械粒子の刃を形成、蛇体へと斬りかかっていった。
ジョンはさらに命令を重ね、“救世の光神”にその場で跪かせると押し倒した少年をその場に残して、跳び上がるように立ち上がり、自機の操縦席を目指し、機体を駆け上がる。
機体の項に解放された操縦席へ続く暗がりに身を投げ入れ、据えられたパイロットシートに身を沈めた。
操縦者をその体内に納めた“救世の光神”は滑らかな動作で、剥げ掛けた舗装路面を駆け出して行った。
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