第219話 雪花の舞う中で
人類領域大陸北東部、一年の多くを雪に閉ざされるそこにクェーサル連合王国という一角を欠いた四大国の一国、パーソラン公国は存在している。
クェーサル崩壊後、パーソラン南方国境には国内の数少ない都市から掻き集められた精鋭三百名が乗機と共に結集し、決死の姿勢で防衛線を形成していた。
集められたパーソラン公国軍はその全てが傭兵によって構成されている。だが、国境防衛部隊として召集された傭兵達は、流石に精鋭と呼ばれるだけの事はあり、金銭に執着しがちな傭兵ながら、パーソラン公国という国の命運が彼らのその双肩に掛かっていることを深く自覚しており、その背景に高額の報酬が約束されているという事実を除いても、結集した国境防衛部隊の構成員の士気は窮めて軒昂であった。
傭兵という出自から防衛部隊として前線基地に集まった隊員たちの乗機であるSFは、クェーサル製のものやネミディア製のものがその大多数を占めており、国により国外流出の制限されているフィル・ボルグ製SF、および、ごく最近になってたパーソラン公国で開発された国内製のSFは極僅かな数に留まっている。
近接戦闘仕様の機体の多くはネミディア製SFである“ELEMENT”のパイロット毎の独自改修機、中衛を任される機体の多くはクェーサル製SFの“PATHFINDER”改修機であり、後衛、射撃戦仕様には少数だが“TRAILBLAIZER”の砲撃戦装備であるG型も存在していた。
SF三百機の内十数機のみのパーソラン公国内製SFは、その機体銘を“IGLOO”といい、鶏冠のような角を持つ頭部から繋がる細身の胴体に、胴体からすれば太い円筒状の腕部と足元に向かって漏斗状のシルエットとなる脚部を持ち、他国製SFの様に脚部機動装輪を装備していないものの、足底部には雪上走破用ホバーシステムが搭載されている。細身の胴体には武装懸架としても機能する“鋼殻装甲”と呼ばれる専用の増加装甲が装備可能で、素体状態で機体に懸架した携行装備を覆い隠す様に装甲を増加させることができた。
そろそろ雪の舞い始める季節となったパーソラン公国南方国境防衛部隊前線基地から、前衛機二、中衛一、後衛一機の四機を一隊として構成されたSF小隊が八小隊、隊伍を組み発進し、それぞれの防衛担当区域へと散っていく。
雪が降り積もり白く染まった起伏にとんだ丘陵地帯の防衛担当区域に展開を完了して早々に、隊長機である前衛機に国内製SF、“鋼殻装甲”を装着し、高周波振動大斧と散弾銃を装備した“IGLOO”を置く小隊が国境を侵犯し南から侵攻してきた鋼獣群と接触した。
丘陵地帯に積もった雪を蹴り上げながら駆けてきたのは、二十頭程のヘラジカ型ポーン種によってなる群である。
“IGLOO”は“鋼殻装甲”背部に懸架されていた高周波振動大斧を抜き打ち、頭を下げ角を構えて突撃を始めた先頭のヘラジカ型数頭に向け、その刃を振り抜いた。
機体を覆う“鋼殻装甲”により機体重量を増加している“IGLOO”は走行により加速したヘラジカ型数頭の重量級の突撃に打ち負けることなく、振り抜いた斧刃はその大きく広がった大角を打ち砕きその頭部を斬り飛ばす。
先頭よりわずかに遅れていたヘラジカ型の群はSF小隊の隊長機を避け、その脇を走り抜けていき、駆け抜けた先で楕円を描いて群ごとに旋回した。
もう一機の前衛である“ELEMENT”改修機は主武装である短機関銃を内蔵した騎士槍を構え、雪上走行用に換装した無限軌道タイプの脚部機動装輪を展開、最高速で走り出す。中衛のクェーサル製SFにしては軽装型の“PATHFINDER”改修機は腕部に装備した突撃銃を掃射してヘラジカ型の群を牽制し、後衛のG型は背部に並んだ二本の砲塔を前方へ展開して砲撃を放ち始め、前衛味方機の攻撃支援を開始した。
大きなトラブルも無くヘラジカ型ポーン種の群の殲滅が果たされようとしたその時、鋼色の羽根が数枚、空から舞い落ちる。
“ELEMENT”改修機の突き出した短機関銃内蔵騎士槍が残り数頭となったヘラジカ型の内の一頭の身体に突き刺さり、抉り込んだ穂先をガイドに騎士槍に内蔵された短機関銃から吐き出された弾丸が鋼の獣を体内から完膚なきまでに抉り砕いた。
ヘラジカ型の一頭を武器の穂先に縫い付けた“ELEMENT”が隙を見せたその時、空から弧を描き、刃が振り下ろされる。
味方機への攻撃を感知した中衛と後衛の二機のSFは僚機へと攻撃を放った空に浮かぶ存在への牽制射撃を放つも間に合わず、振り下ろされた刃は隊長機のとっさに投げ放った大斧に弾かれ止められた。
“IGLOO”は鋼殻装甲背部から散弾銃を取り外し、装填されたショットシェルを狙いも着けずに空へと発砲する。
空に浮かぶ存在は手にした大鎌を旋回させ、隊長機の放った弾丸を弾き飛ばし、その身に備えた翼で空を打つと弾丸の襲い来る空間を上空に飛んで避けた。
隊長機は僚機の“ELEMENT”と後衛のG型に防衛担当区域を抜けて行こうとするヘラジカ型への追撃を命令し、自身は“PATHFINDER”と共に空に浮かぶ人型の鋼獣への対処をしようとする。
飛んでヘラジカ型を追おうとするSFを狙う人型の鋼獣は、“IGLOO”と“PATHFINDER”が飛翔経路を邪魔するべく地上から放った弾丸を宙を舞いながら避けた。自身を狙う弾丸に苛立った人型の鋼獣はゆっくりと地上へと降下を始める。
降下を始めた人型の鋼獣へ“IGLOO”と“PATHFINDER”の放った弾丸が殺到したが、人型の鋼獣はそれを意に介した風も無く、その身に当たる飛礫を無視していた。苛立ちのままに人型の鋼獣はその身を粒子膜で包み込み、二機のSFが放った弾丸は鋼獣の身体に届くことなく分解されていく。
地上に降りた人型の鋼獣は大鎌を前方に翳し、大地を蹴り付けた。“PATHFINDER”は手にした突撃銃を投げ捨てると、左前腕の固定式掌盾から電磁警棒を抜き放って構え、“IGLOO”は鋼殻装甲の腰部装甲を除装するとその内側に懸架していた高周波振動騎剣を右腕に抜き放った。
互いに刃を装備した人型の影はそれぞれの手にする刃を相手の身に届かせるべく互いの距離を次第に縮めて行く。
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