第218話 地下に遺されていたモノ
ガードナー私設狩猟団団本拠地下、天井そのものが発光する金属的な質感の樹皮を持つ樹木によって形成された地下施設の廊下をエリステラはしっかりとした足取りで進んでいた。柔らかな金色の髪を揺らす少女の数歩後ろには、小間使いのお仕着せを纏ったレナ=カヤハワがついていく。
長く続く廊下を進んでいたエリステラは、途中に存在した扉を幾つかやり過ごすと、ある扉の前で足を止めた。
「ああ、ここ、ここですよレナ!」
エリステラはレナの方へと笑顔を向け、足を止めた扉を指差す。その扉の向こう側は、地上であれば狩猟団のSF格納庫の存在するであろう場所だ。扉の脇、樹皮に埋め込まれたように見える操作盤を操作し、柔らかな金色の髪の少女はこの場所に来るまでは知らなかったはずの、その扉の解錠用暗証番号を慣れた動作で入力し、扉に掛けられていたロックを解除した。その操作盤画面に映る文字は現在地上で用いられている物とは違っていたが、エリステラはそれすらも、特に苦にしている様子はない。
「まぁ、お爺様のおっしゃっていた通りですね。この場所にいると、わたしの知る筈のない情報が、頭の中にどんどん湧いてきます」
「エリス、頭痛はしてない? 苦しかったりとか……?」
エリステラよりも背の低い黒髪の少女は、心配そうな顔をしてエリステラを見上げている。エリステラは親友である少女に柔らかい笑顔を向け、胸の前に両手を合わせ身体を僅かに揺らして応えた。
「うーん、そういうのはまったくないです。ずうっと昔に教わった物事が、ふわっと浮かんでくるみたいな感じ、とでも言いますか。でもでも、今はこの場所の方が重要ですよ」
「そう、エリスが苦しくないなら、それは今は置いておくわ。……で、エリス、ここってなんなの? 何があるのかしら?」
レナはきょろきょろと頭を巡らせ未だ開かぬ扉と、長く続く廊下とを見回している。
「ここはですね、古代の人型兵器用携行装備格納庫です。この扉は格納庫の裏口に当たりますね。SFの由来が古代兵器にあるように、少し調整すれば現行のSFでもここの武装は利用可能なはずなんですよ。今も“樹林都市”は物資不足で、フォモールが出てきても弾薬だって無暗に浪費できません。それだって、ここにある武装を利用できれば何とかなると思うのです。ガードナー家のご先祖様が団本拠の前身であるお城をこの上に立てたのは、現状のような万が一の際に、この扉の内側にある兵器や弾薬を利用可能にする為だったのかもしれません」
エリステラは操作盤を操作し扉の開放を命じ、建造から少なくとも数万年を数えるであろうその扉は、降り積もった時間を感じさせる事無くスムーズに動作し壁に引き込まれ、その奥に広がる広大なスペースを廊下のそれよりも強烈な照明が照らし出した。
林立する人の形を持つものが用いる巨大な兵器の懸架された武装懸架の間へとエリステラは進んでいく。レナは迷いのない足取りの金色の髪の少女の後をおっかなびっくりといった様子でついて行った。先を歩くエリステラは、銃の形をした兵器の載せられたある武装懸架の下に歩み寄ると、武装懸架に接続されていた板状端末を手に取り、取り外す。古代言語の表示されているその板状端末はこの人型兵器用携行装備格納庫の内訳を解説するデータベースと繋がっているようで、エリステラは金色の髪を揺らして表示されている文面を読み取っていった。
「やはりというかなんというか、ここの形は上のSF格納庫と同じような作りですね。用途が同じだと、同じような形になるとは聞きますが、ここにある武装懸架も、地上のSF用武装懸架とはよく似ています。――では、レナ。ここにある武装をざっと確認しておきましょう。あ、下手に触らない方が良いですよ」
手の中の板状端末を見詰めたまま動かなくなったエリステラをよそに、近くに置かれていた現行のSF用騎剣によく似た騎剣型武装に触れようとしていたレナは、エリステラのその声に弾かれたように手を引っ込めた。
「え、なんで?」
「人の大きさでは真面に動かせるものは少ないはずですけど、現用兵器と同じで、有事の際には人の手で動かせるものもあるようですからね。安全第一です。冒さなくていい危険は冒さないで行きましょう。では、わたしは解説を読みますね。まずは目の前のこの銃から」
金髪の少女はそういうと目の前にある武装懸架を右手の人差し指で差し、その周辺にある幾つの武装懸架の前の空間をなぞるように腕ごと指を振る。
「そちらからこちらまで、これらは全て同じ武装のようですね。現行兵器で例えれば突撃銃と似通った用途の銃器になります。中間距離用の射撃兵装。今の言葉で表すなら突撃粒子砲とでも呼ぶのでしょうか。弾薬の消費なしに分子機械反応炉、現代でいう所のリア・ファル反応炉からの粒子供給があれば連発可能の粒子弾が撃てるようです」
エリステラの解説にふんふんと頷いていたレナは、先程、自分の触れようとしていた騎剣型武装を指差して口を開いた。
「じゃエリス、ねーこっちの騎剣みたいのは? 用途はまんま一緒だと思うけど?」
エリステラはレナの指さす方へ顔を向け、手元の板状端末を操作する。
「そうですね、騎剣と同じような形状からも分かるように、そちらは人型兵器用の斬撃武装です。ただし、その剣身自体には刃は無くて、剣身の周囲に反発し合う二つの力場を展開して、力場間に発生した斥力場そのものや、または剣身基部から圧縮放出させた分子機械粒子を刃とするそうです」
「なんか、話を聞くだけでも使い辛そうだね。昔の武装って何でもかんでも分子機械粒子なんだもの」
「んと、ここに残されているのは、古代においても骨董品とされていた武装のようですよ。この地下都市が航宙艦として現役だった頃の人型兵器は、今のSFよりも遥かに高出力の分子機械反応炉と、分子機械粒子を物質化する装置を標準装備していたようですから。ここにあるような武装は副装備でしなかったみたいです。ジェーンさんの“聖母の盾舟”はその当時の機体の改修機ですし、ああいう風に、その時々で武装を形成させて戦闘を行っていたみたいですからね」
そういうと、エリステラはまた別の武装懸架の方へと歩き出し、置いて行かれたレナは小走りにその後を追い駆けた。
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