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第217話 静寂に語らう

 狩猟団の面々が“樹林都市ガードナー”を留守にしていたのは一週間ほどの間だったが、ガードナー私設狩猟団団本拠(ハウス)の建物はそれなりに体裁を整えたと言えるほどには修復が進んでいた。しかし、焼け出された都市住民への居住施設供給を優先した結果、それまではSF(スカウト・フレーム)やSF搬送車(キャリア)といった大型装備の運用の為、広くとられていた団本拠(ハウス)の敷地は今ではその範囲を狭め、敷地のすぐ傍にまで都市住民用の仮設住居が建設されている。

 仮設住居の間の狭い通路を笑いながら駆けて行く子供たちの姿を横目に、隻腕のSF“救世の光神(セイヴァ―・ルー)”は少年に操縦され、団本拠ハウスの本館脇に併設されたガレージへと歩を進めていた。その銀色のSFの背後を、教国製SF“神殿騎士騎セルティクロス”がゆっくりと先行する“救世の光神(セイヴァ―・ルー)”に続いて歩いていく。

 二機のSFはガレージの出入口をくぐり奥へと進むと、その場に待っていた整備班員に誘導され、それぞれに指示された整備台ハンガーへとその機体を停止させた。

 隻腕のSFが停止した整備台ハンガーからは高強度繊維幕で補修された天井に空いた大穴が頭上に見える。ジョンは“救世の光神(セイヴァ―・ルー)”の操縦席コクピットから脱け出すと、接近してきた整備台ハンガー据付の機体乗降用リフトに乗り、ガレージの床へと降りて行った。

 SF(スカウト・フレーム)の機体構造はおおよそ共通しており、量子機械クァンタムマシン粒子により変異された“救世の光神(セイヴァ―・ルー)”としても、その構造はそこまで他のSFと大きく乖離していない為、現行SFの為に用意されている団本拠ハウスの設備も利用可能である。

 少年は操縦服(パイロットスーツ)の襟元へと手を伸ばし、そこに縫い付けられたカフス型通信機を作動させた。


団本拠ハウス管制室、こちらジョン=ドゥ、知り合いの神殿騎士の人を本館に連れて行くよ。それから僕の私室へやってあの後はどうなってるかな?」


『こちら団本拠ハウス地下管制室、エイナ=ブラウンです。地上の管制室は片付けが終わっていないのでこちらから失礼しますね。おかえりなさいジョンさん』


「ただいま戻りました。エイナさん。それで、今言った件なんですが」


『はい、お連れの神殿騎士のかたの件は、他の団員の皆さんからも先程うかがっています。ですが、本館に、ですか? まだ館内にはガラス片やら壁材の欠片やら大分、色々散らばっていますけど、大丈夫かしら? ああ、ジョンさんの私室に関してなら特に被害はないようですよ。元々、壊れやすい私物のたぐいも少なかったようですしね。では、これから団長に神殿騎士のかたの本館への入館許可を取って来ますから、そちらで少々お待ちくださいね。次はこちらから連絡します』


「はい、それじゃ、お願いしますエイナさん」


「連絡は着いたかい?」


 通話を終えたジョンが襟元のカフス型通信機から手を放すと、ハリスが背中から声を掛けてきた。周囲では忙しそうに走り回る整備班員達が、少年の機体より先に到着した狩猟団のSFの下に駆け寄っていく。工具の振るわれる音が響き始め、ガレージ天井付近に這わされたガントリークレーンがゆっくりと動き出した。騒音が合唱を始めたガレージの外へと少年は足を向ける。


「ええ、ハリスさんの本館への入館許可待ちです。こちらへどうぞ、ガレージの外なら、音もまだましだと思います」


「分かった、ついて行こう。確かにここでは、私もジョン君の声を聞き逃しそうだ」


 二人は本館へと通じるガレージの通用口へと歩き出し、本館入口脇の操縦者及び整備班飲用の休憩スペースに置かれたベンチに近付いた。ジョンはベンチに併設された自販機に足を向けると、操縦服パイロットスーツの襟元を寛げ、08と刻まれた認識票ドッグタグを取り出す。適当な飲み物を選んで自販機に近付け、取り出し口に墜ちてきた飲料水のボトルを手に取りながら、先にベンチに腰を落ち着けた中年騎士へと振り返り、顔を向けた。


「何か飲みますか? と、いっても、今“樹林都市ガードナー”は物資不足で選べるのはそう多くないみたいですけど」


「申し訳ないが……」


 断りかけたハリスンへ、ジョンは買ったばかりの飲料水のボトルを放り投げ、同じものをもう一度購入すると僅かに隙間を空けてハリスンの隣に腰を下ろす。


「僕のおごりです。教国ではご自宅に何泊も泊めてもらったし、こんなもの位じゃ、その受けた恩は返しきれないけれど。見た所、大して食事も摂っていないんじゃないですか? 唇も大分渇いています」


「ふふ、では遠慮なくいただこうか。ジョン君、私は君より年長で、ずっと先に大人になった。でもね、こんな私にも子供の頃はあったし、大人になるまでには色々な経験があったんだ。今、君が私に対して恩を受けたと思っていることは、私もこれまでに似たような経験をして、返せなかった君の知らない誰かへの恩を、君のような若い者達へと代わりに返させてもらっているのに過ぎないんだよ。きっとね」


 ハリスンは受け取った飲料水を喉に流し込み、ほぅ、と溜め息を吐いた。

 

「恩だ仇だと、そんなに重く受け取らなくてもいい。何時か、君も私に受けたと思ったその恩を、私の知らない誰かに返してくれればいいのさ。ま、それも私の知りたい事を君が知っているらしいが、それを教えてくれるならそれだけでもう、恩返しなんて充分だよ」


 ジョンもまた、飲料水を口に運び、一息ついておもむろに口を開く。


「そうですか、都市街門でも言いましたが、僕の見たものが本当にダナさんである保証はありません。それでも、いいですか?」


「ああ、今は何でもいい、それがあの娘の手掛かりであるなら、どんな僅かなものでも」


 ハリスは一息に飲料水を飲み干すと、ボトルをくしゃくしゃに握りつぶした。すっと、立ち上がり、中年騎士はつぶしたボトルをくず入れに落とし入れる。ジョンは、手の中の空になったボトルを見て、ダナと(めぐ)った教国の公園に設置されていたゴミ分解機(ディスポーザー)ポッドを思い出していた。


「ここにはダナさんに教国を案内して貰った日に見たゴミ分解機(ディスポーザー)ポッドみたいなのはないんですよね。あれ、すごく便利でした」


 少年の暢気な声にハリスンは鼻白んだ表情を浮かべ、ジョンの方へと顔を向ける。


「あれは、遺失技術がそのまま残っている教国ならではの装置だからね。あそこ以外の都市では、なかなか再現も難しいだろう」


「ですよね、っと、はい、ジョンです」


 相槌を打ち、少年が続けようとすると、少年の襟元でカフスが着信告げた。骨伝導の為、周りに聞かれない音声に少年の声だけが返る。


「はい、はい、わかりました。……ハリスさん、入館許可が下りたそうです。一応は、他の人に聞かれない方が良いと思うので、僕の私室へやで続きは話します」


 そういうと、ジョンはベンチから立ち上がり、本館の中へとハリスンを伴って行った。


お読みいただきありがとうございます

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