第215話 鋼色の乙女
両腕を断たれたARGUMENT・Eの機体が二つに分かれて崩れ落ちる。両腕を断ち落とした二つの小鎌はその柄から生やした羽で空を打ち、円を描くように後方へ飛んでいった。
さした抵抗も感じさせず人型兵器を両断した大鎌はそれを手にする細腕に引き戻される。
そこに存在していたのは、SFと同じ程度の身長をした鋼色の肌をもつ一糸まとわぬ巨人の少女だ。足元まで伸びる長く豊かな鋼色の髪を身体の線に沿って流れるままに纏い、たった今、人一人の命を奪っておきながらそれを微塵も感じさせぬ表情で機械の人と鋼の獣との戦場を悠然と見渡していく。
隊長機を含む僚機の前衛二機を喪失したネミディア連邦軍のSF部隊の生き残り、三機のARGUMENT・Iは、特異変態ポーン種とフォモールであろう少女を前に微かな生存の目を掴み取るべく行動を開始した。
脚部機動装輪を展開し疾走を開始していたARGUMENT・Iを駆り、三機の内で最も後方にいた“I-1”は、人獅子への牽制を目的に手にしていた携行式迫撃砲“黒の枝”に装填されていた砲弾を弾倉が空になるまで連続発射する。発射の反動に崩し掛ける機体姿勢をこれまでに培った操縦技術の粋を駆使し、無理矢理に抑え込み弾倉が空になった“黒の枝”を右腕一本で吊り下げたまま、腰背部に搭載していた折り畳み式短剣を左の腕に抜き放った。
“I-2”は敵性存在へと接近しながら可変式長距離狙撃銃“神雷”の結晶状物質皮膜弾の弾倉を新たなものへと交換、電磁加速砲形態の銃身にエネルギーを急速充填しながら銃口を照準する。
“I-3”は再度通常形態となった“神雷”の銃身を折り畳み、弾倉を通常弾のそれへと交換、狙いも着けずに巨人少女へと発砲を開始した。
人獅子は主人を護る飼い犬の様に巨人の少女を庇い、その身を放たれた弾丸の前に晒し、その鬣から生えた八本の腕が放たれた弾丸を打ち払う。
巨人少女は左手で人獅子を制すると右手に握る大鎌を連邦軍のSF部隊へと突き出しその口を開いた。
「あたしは人間たちが気に食わない」
巨人の少女の言葉を耳にして、連邦製SFの動きが滞る。それは、意味の分からぬ獣の叫びではなく、明らかな人の用いる、人間の言語だ。それがフォモールと思しき存在から発せられたがために、SFを操る手に驚愕が現れてしまい、“I-2”、“I-3”の動作が覚束なくなってしまう。僅かに遅れていたがために巨人の少女の言葉を聞く事の無かった“I-1”はそのまま人獅子に向かい疾走し突っ込んでいく。
右手に提げた“黒の枝”の機関部後方に左手の折り畳み式短剣を接続、機体と有線接続された折り畳み式短剣は“黒の枝”の機関部に分子機械粒子流を発生させ、砲身内部で高濃度圧縮された分子機械粒子の奔流を放射器と化した“黒の枝”の砲口から解き放った。“I-1”は機体毎砲口を旋回させ、人獅子と巨人の少女を纏めて薙ぎ払おうとする。
人獅子は“I-1”の放つ分子機械粒子の奔流にその身を焼かれながら“I-1”の機体に爪を立てて、しがみつき、その身体で“黒の枝”の砲口を塞ぎ留め、逆流した粒子の奔流に灼かれ爆散する“I-1”と共に灰と化して地に倒れた。
地に墜ち灰と化した人獅子の身体から鋼色の右腕が空に向かって伸ばされる。巨人の少女はその手を握り締め、静かに瞑目した。
「往きなさい、かわいい子たち」
少女は彼女の周囲に飛び交っていた二つの羽の生えた小鎌に命じる。小鎌達は弾かれたように飛び出して行き、滑らかな動作を取り戻した“I-2”、“I-3”の二機のARGUMENT・Iに向かって空を駆ける。
“I-2”、“I-3”の両機は自らに向かって来る羽の生えた小鎌を手にした“神雷”で照準し、装填されていた弾丸を解き放った。二基の小鎌は不規則な軌道で飛翔し、高速の弾丸をやり過ごすとその身に備えた刃で、機体そのものではなくSFが手にする長銃を斬り裂き破壊、後方に佇んでいた巨人の少女は鋼色の長髪の内側から、後ろ腰の辺りから二対四枚の巨大な翼を大きく広げ、瞬間移動かとすら思わせる速度で距離を詰めると“I-2”の機体を、その腹部を右手に掴む大鎌で薙ぎ払う。
上下に断たれたARGUMENT・Iは反応炉から溢れ出した分子機械粒子の圧力に火球と化して消滅、その末路を一顧だにせず、最後に残った一機へと足を向け、そっと一歩を踏み出した。
刹那、最後の焔が生まれ、ただ一人がその場に残された。
†
ハリスは“神殿騎士騎”に搭乗したまま機体を歩かせ、街道を西へと進んでいく。宙に浮かんだまま先導している搭乗者の少女により“善き神”と呼ばれる可変機は、わかりやすく周囲を警戒するそぶりを見せながら地を行くハリス騎に合わせた速度で飛んでいた。
そうして先行する“善き神”からハリス騎へと通信回線が開かれる。視界の通信回線用ウインドウには、いっそ幼いといってよいであろう年頃の美しい容貌の少女が映し出されていた。
『そういえば、“樹林都市”にはどのようなご用事でいらしたのでしょう。差し支えなければ伺ってもよろしくて?』
ハリスは少女の問掛けに困ったようにこめかみを掻きながら答える。
「差し支えなどは有りませんが、なんと言えば良いのか…… 私にはダナという娘が一人おるのですが、最近その娘の行方が分からなくなってしまったのです。どうにか探しに行きたいと考えていましたが、私は長らく教国の門番をしておりましたが故に教国の外についてよく知らず。その上に神殿騎士団副団長という大変名誉ある役職を教母様より任されていただいたがために、自身の勝手でその職を辞することは出来ずに居りました」
『そうですの、娘さんが…… 立場には責任が伴いますもの、身動きが取れなくなってしまうというのは、わたくしにも解りますわ。ですが、わたくしも娘の立場としては、そんな職などさっさと辞して、早く探しに来ていただきたかったのではとは考えますね』
ハリスはその言葉に苦笑いをするしかなく、困ったように頷いてみせる。
「それを言われると大変苦しいですな。まあ、ですが仕事に真面目に取り組んだ褒美にといった様子で、教母様は私に娘を探しに行く許可とこの“神殿騎士騎”を授けてくださいました。娘の居なくなったその日の捜索データまで併せてね。結局、詳しい娘の行方の方はさっぱり見当がつかなかったのですが、それでも、捜索のための指針となる物は提示していただけました」
そこで言葉を区切ると中年騎士は懐かしい顔を見つけたといった様子で人のよさそうな笑顔を浮かべた。
「先ほども言いましたが、私は年齢の割に世間知らずなのです。私がここ、“樹林都市”を目指したのは知り合いを頼っての事です。彼ですよ、ほらあの都市街門の所にある銀色のSF。“救世者《セイヴァ―》”を駆るジョン君をね」
ハリスは“神殿騎士騎”の右腕を伸ばし、そこに立った今帰って来たといった様子の狩猟団の一団を指し示す。銀色の金属帯により編み込まれた装甲を持つ隻腕のSF、そして、それを操っているであろう少年を。
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