第214話 相容れぬ摂理
雄ライオン型ポーン種は、脚部機動装輪での疾走の勢いのまま自身へと突き込まれる“ARGUMENT・E”の構えた長大な剣を激突の寸前に横に跳び退いてさけると、その雄々しく広げた鋼色の鬣を幾房も纏め、獣毛を縒り合せた先に鉤爪状の刃を形成、それと同じ刃を鬣の全周に無数に発生させ、首を振る勢いのままに人型の機械人形へと叩き付けんとする。
“E-1”はその足を止めぬまま突き出した片刃の騎剣を手元に引き戻し、剣の腹を盾として不規則な軌道を辿る獅子型の放った無数の斬撃を受け止め弾いた。攻撃を受け止めた衝撃により体勢を崩し掛けた“E-1”の機体の後方から、その隙を突かせまいと“ARGUMENT・I”の内の二機、“I-2”、“I-3”の“ARGUMENT・I”二機の構えた可変式長距離狙撃銃“神雷”から放たれた二発の弾丸が、追撃を仕掛けようと駆け寄った雄ライオン型の鼻先をタイミングをずらして空間を通り抜けて行く。
機先をそがれ、雄ライオン型がたたらを踏んでいる間に、“E-1”は手にする両手半騎剣の二つ折りの剣身を大盾形態へ変形させ、剣身の回転部を左肘に接続、固定すると前方に掲げ、騎剣の柄を抜き放ち刃も無いままに左半身の構えをとると、騎剣の柄から分子機械粒子の光刃を発生させた。
“E-2”は牽制により弾丸を撃ち尽くした二挺の短機関銃を放り捨て、“E-1”と同じく腰背部装甲を両手半騎剣へと変形、抜き放つと、四頭の雌ライオン型の内、一際大きな個体を目掛け疾走を開始する。
千々に分かれた仔ライオン型の三頭へは、“ARGUMENT・I”の内の一機“I-1”が曲射する迫撃弾により巻き起こされる爆発にSF部隊のSF各機への接近を妨げられ、既にその内の一頭は砲弾の直撃を受けて砕け散り、汚泥へと変わり果てていた。
“E-2”は騎剣の切っ先側に施されたギミックである高周波振動子を起動、大騎剣の片刃の半分を高周波振動刃として目覚めさせる。金切り声を上げる両手半騎剣を振り被り、脚部機動装輪による疾走の勢いを載せ、雌ライオン型ポーン種へ真一文字に騎剣を振り抜いた。雌ライオン型はその凶器の威力を本能的に悟り、刹那、地を駆ける四肢を縮こまらせ、騎剣の斬線から逃れようと跳ね、尾の先に生えた獣毛を雄ライオン型と同じように鉤爪状の、より長大な刃を形成し身体を捻る勢いのままに“E-2”の斬撃と打ち合わせようとする。
機体の行う斬撃を維持したまま、“E-2”は下腿後部装甲を展開、内蔵した高出力推進器を露出、機体に備わった全ての推進器を最大稼働させ、斬撃の軌道から逃れようとする雌ライオン型へとその切っ先を届かせた。
鉤爪状の刃を生やした獅子の尾が宙に舞い、雌ライオン型は悲痛な声で咆哮し、慣性に逆らえず上下に分かれた鋼色の体躯は別々の方向を向き崩れるように倒れ、やがて汚泥に変わっていく。
フォモールといえど、番だったのか雌ライオン型が斬り倒される様を見せ付けられた雄ライオン型は目を見開き、対峙する“E-1”とその僚機を憤怒を込めた視線で睨み付ける。しかし、僅かな睨み合いの間に残っていた二頭の仔ライオン型の内の一頭が“I-2”の放った結晶状物質皮膜弾により撃ち抜かれ自らの意思に反してその身体が弾け飛ばされる。結晶状物質皮膜弾に撃ち抜かれたコライオン型の身体は、性質の違う分子機械同士の反発により自己崩壊を起こされ、起き上がろうともがきながら、身体の端から砂のように崩れていき、起き上がると同時に砂像の様にひび割れ崩れ去った。
仔ライオン型の最後の一頭は自らの家族にもたらされた末路に恐慌を来たし、雄ライオン型一頭をその場に残して踵を返し、目的も定まらぬままその場から逃げ去ろうと駆け出す。そして、その無防備な背中を冷静に照準した“I-3”は可変式長距離狙撃銃“神雷”の銃身を電磁加速砲形態へと変形させ、通常弾の装填されていた弾倉を結晶状物質皮膜弾の装填された物へと変更、クリスタル状結晶に皮膜された弾丸が“神雷”の機関部に確実に納まり、電磁加速砲のコンデンサに発射に用いるエネルギーが充填されるのを待ち、操縦桿の銃爪を押し込んだ。
“I-2”の物と違い、皮膜物質である分子機械粒子のみで形成された“I-3”の結晶状物質皮膜弾は大気に触れて崩壊を始めた皮膜物質の尾を流星の様に棚引かせ、渦を巻く光線の様に空中を駆けて行き、やがては背を向けた仔ライオン型に追いつくと真直ぐに貫通する。
光の渦に撃ち抜かれた仔ライオン型は、この世界にその存在の一片すら残すことも出来ぬまま消失した。
残されていた我が子の最期をその目に留めた雄ライオン型は動きを止め、“E-1”の振り抜いた分子機械粒子の光刃に斬り裂かれる。
†
悲しみの声が聞こえる。
その場所までの距離は遠く、我が声も届くことは無いだろう。
だが、それでも、この手はその場所に届くのだ。
こうして、空間を越えて、我が欠片を埋め込むために。
†
雄ライオン型が倒れたのを見て取ると、“E-1”は光刃を解き、騎剣の柄を左前腕の大盾に戻し、僚機の方へと向き直った。
その背後で、半身を溶け崩した雄ライオン型ポーン種がゆっくりと起き上がる。女性のものと思しき鋼色の右腕が無数に生え、身体に穿たれた創痕を無理矢理に縫い直した。
雄ライオン型が起き上がっていく、四足獣の姿勢を越え、人体にも似た姿を採って二つの足で起き上がる。ライオン型の鬣の合間から女性のものと思しき鋼色の右腕が八本伸び、獣毛に覆われてネコ科の肉食獣の前肢に変わる。
人のそれに似た腕へと変じた自前の前肢からは鋼色の爪が長く伸び、真直ぐに突き出された獅子の右腕が背を向けた“ARGUMENT・E”の背を機体前面装甲まで貫いた。
人獅子は右腕を捻りながら腕を引き戻し、その場に跳び上がると鋼の爪が伸びた左足で頭から“E-1”を踏み付けにする。
隊長機が撃破されるのを目撃した“ARGUMENT・I”三機、および“ARGUMENT・E”は迅速に攻撃を仕掛けようと走った。しかし、既に“I-3”の“神雷”は先程の重結晶弾と呼ぶべき弾丸の砲撃により、現在は通常形態での射撃が精々であり、最大攻撃力を未だに保っているのは“I-1”、“I-2”、それから“E-2”の三機だ家であった。
“I-1”は地面に縫い付けていた機体を解放し、脚部機動装輪を展開しその場から走り出す。“I-2”は電磁加速砲形態を取ったままの“神雷”を抱え旋回、弾倉に残された結晶状物質皮膜弾を連続発砲、しかし、その弾丸は前方に突き出されたライオン型の鬣から伸びた八本の鋼色の獣腕が尽く掴み取り、獣爪が窄められ、受け止められた弾丸は粉々に砕け散る。
“E-2”は果敢に攻め掛かり、空に鋼色の羽が舞ったかと思うと、羽の生えた小鎌二挺が回転しながら落ちてきて、“ARGUMENT・E”の両腕が地面に落ちる。両腕を失った人型兵器を影が覆ったかと思うと、そして、振り下ろされた大鎌が腕を失ったSFを頭から両断した。
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