第213話 世界の歪みと軋みの場所で
東には人類領域大陸を二つに分ける峻厳な中央山脈が聳え、西に巨大なコリブ湖を望む山裾の平原にネミディア連邦軍東部国境警備隊及び機械化実験連隊基地は建造されている。この基地へと通じるのは北東のパーソラン公国方面へと伸び、山脈の一部に掘られたパーソラン公国資本での山を貫通するトンネルを通る北方山脈往還道と、南東の大陸中央平原やクェーサル連合王国方面へと伸びる大陸中央街道と呼ばれる街道の二つだ。西に進むと大陸樹幹街道と合流するこの二つの街道の内、大陸中央街道は現在ネミディア連邦軍により封鎖されている。
数か月前に起こった超巨大フォモールによるクェーサル連合王国東海岸侵攻とその崩壊からは、準備も無いままに東部国境の山脈越えを敢行しネミディア連邦へと入国しようとするクェーサル難民が増加し続け、
難民の流入が始まったばかりの頃には難民キャンプを設定し積極的に難民を受け入れていたネミディア連邦政府も増加し続ける難民の数に危機感を抱いた為だ。
軍を展開し東部国境を隈なく閉鎖した連邦政府は、高圧電流の流れる鉄条網による封鎖線を張り巡らせた上で、入国許可証を持たない者を排除する入国ゲートを設置する。ゲート以外から侵入しようとする者、封鎖線を損壊しようとする者達へは国境警備隊員にむけて銃殺許可命令さえ降りていた。
東に山脈を臨むという立地故か、連邦軍の基地としては決して大きくは無かった東部国境警備隊基地は、この数か月の内に機械化試験連隊基地と統合するという名目で大規模化、今ではフィル・ボルグ帝政国へのにらみを利かすという目的によって整備された連邦軍最大の基地である“境界都市”に次ぐ規模にまで増員されている。そこに配備されている兵器に関しても、SFはARGUMENTを中心に、その派生機であるARGUMENT・I、近接戦特化改修機ARGUMENT・Eなどの改修機により構成されていた。
東部国境警備隊基地の東ゲートに今まさに発進しようとしているSF部隊の姿がある。フィル・ボルグ製のSFと違い、対人装備などまるで無いネミディア製SFだが、対フォモール用に調整された装備群の破壊力は人間に対しては過剰としか言いようがないものだった。
いかに上層部からの命令といっても、末端の兵士には無抵抗な難民への攻撃には忌避感が強く、実際に難民に対して攻撃を行う兵士は極少数に限られている。
今出撃しようとしている部隊は、一般機のARGUMENTではなく、より強力な改修機である射撃戦仕様のARGUMENT・Iを三機と前衛を務めるARGUMENTの近接戦特化改修機、ARGUMENT・Eの二機により構成されており、基地周辺に出現したフォモール群の殲滅を目的として編成されていた。
ARGUMENTの近接戦特化改修機、ARGUMENT・Eは全身の疑似筋繊維 の配置バランスを見直し、腕部機体骨格の構造材を高密度大型化して機体前面の装甲を増加、その為に損なわれた加速力を補う為、背部推進器を可能な限り高出力化し、それでも前衛機としては足りない加速力を下腿後部装甲に展開式高出力推進器を内蔵することで補っている。結果、既存の連邦製SFのどれよりも加速力の高い機体となった。展開させ折り畳み式騎剣となる腰部背面装甲は大型化され、取り外して大盾として用いることも可能で、展開状態では両手半大剣となり、斬り裂くことではなく刃の重さを以て圧し断つ為の剣である。柄を取り外すことも可能で、分子機械粒子を放出し光刃を発振させることも可能となっていた。
現状のフォモールはポーン種ですら今まで通りのARGUMENTを中心に構成された一般機の部隊を当てても損耗率が高くなるばかりとなっており、フォモールとその特殊変態個体を相手取るためにはより強力な機体と練度の高い操縦者を必要とする事態となっている。
通信機能を増強された隊長機であるARGUMENT・Eの一方から、部隊の各機へと号令が発せられる。
『こちら“E-1” 各機、準備はいいな! これより胸糞悪い難民相手の弱い者いじめではなく、天敵種との生存競争を開始する!』
『“E-2”了解!』
『“I-1”了解!』
『“I-2”了解!』
『“I-3”了解!』
隊長は自機の操縦席で口の端を上げて獰猛な笑みを浮かべ、機体の右腕を振り上げた。
『全機発進!』
音も無く開いていく金属隔壁のゲートを脚部機動装輪を展開した五機のSFが編隊を組み一斉に基地外へと駆け抜ける。基地の外には平原が広がり、そこには出撃した部隊と同数のライオン型のポーン種の群れが今まさに街道を駆けて来ていた。鬣を持つ雄型は一頭、残る四頭は雌型をしており、うち三頭は仔ライオンの姿をしていた。
『各機、フォーメーションを維持しつつ散開、ARGUMENT・Iの各機は“E-1”と“E-2”の行動を援護、チャンスの時には確実に仕留めろ! 往くぞ!』
二機のARGUMENT・Eは背面の推進器と下腿後部に内蔵された推進器を全開にさせ機体を加速、三機のARGUMENT・Iを置き去りにしてライオン型の群れに向かって飛び込んでいく。ARGUMENT・Iの内の一機“I-1”は最後尾に立ち止まると下腿後部の展開射出式射撃姿勢安定用杭打機を地面に撃ち込み、両腕で支える連装式迫撃砲“黒の枝”の射撃態勢を取った。
残る二機はそれぞれ、“I-2”は可変式長距離狙撃銃“神雷”の銃身を展開、電磁加速砲形態に変形させて構え、もう一機の“I-3”は“神雷”を通常形態のまま銃身を延伸させ構えている。
部隊長の操るARGUMENT・E“E-1”は腰背部に腕を回し、折り畳み式騎剣を手に取ると騎剣形態に変形、切っ先を前方に向けたまま雄型へと突進を開始、“E-2”は両腕に短機関銃を構え、周囲の雌型にむかって弾丸をばら撒いた。
雄ライオン型は鬣を大きく広げると牙を剥いて咆哮し、自身に向かって突っ込んで来る“E-1”に向かって駆け出す。
“E-2”のばら撒いた弾丸を嫌がってか雌ライオン型の四頭は散開し個々に別々の目標へと向かって走り出した。
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