第212話 束の間に笑顔を交わし
ジョンはジェーンの“聖母の盾舟”との合流を果たした。その際、ジェーン機の自己修復の完了を待つ為に少年は数時間を待つ羽目となったが、今、“聖母の盾舟”と共に彼の乗機である“救世の光神”は“境界都市”を東側へと大きく迂回しながら大樹林の内部、木々の合間を駆けている。
両機ともに原理は違えども飛行能力を持ち、大樹林の上空を飛翔していくことも出来たのだが、ジョンがジェーンを迎えに行く際に追跡機の存在があった事を警戒し、地上を行く事を年上の少女に提案、ジェーンがそれを了承したので二機の人型兵器は現在地上を駆けている。
隻腕のSF、“救世の光神”は機体下腿踵部に光輪状機動装輪を発生させ疾走する隣を、“聖母の盾舟”は機体両脚踵部に配置された高出力推進器の出力を絞り、地上から僅かに機体を浮揚させ、ホバー移動で走行していた。
少年の身を置く隻腕のSFの操縦席に、隣を行く機体から少女の声で通信が繋がる。
『ジョン、“聖母の盾舟”の再生を待つ間、エリステラ達との連絡はどうでしたか?』
「ああ、僕らに先行して“樹林都市”に向かうってさ。途中の衛星都市のどこかで合流できるようなら合流しましょうって」
『そう、まあ急いで合流せずともどうにかなるでしょう。ですがまあ、この先であの娘達と合流できそうな衛星都市の候補を私の方でもいくつか調べて置きますわね』
「そっか、じゃあ、それはお願い。そっちの機体の、“聖母の盾舟”だっけ? まだ修復が完了したてで慣らしもまだだろうし、もしフォモールが出てきたら僕と“救世の光神”が先行するよ」
ジョンがそう言うと、ジェーンは花が咲いたかのように顔を綻ばせ、喜色満面に身悶えた。
『まあ、まあ、ジョン、貴方はなんと好く出来た弟でしょう! 姉はとても嬉しいですわ。“聖母の盾舟”に関しては問題はないとは思いますが、ですが、せっかくの弟の心遣い、姉は喜んで受け入れましょう。では、その際はお願いしますわ』
オーバーアクションを返すジェーンに、少年は苦笑を漏らし首肯した。
「うん、こっちには自律機動攻撃兵器達も有るからね。哨戒でもなんでも任せといて」
『はい、お任せしますわ。最低限、こちらでも警戒は怠りませんけれど』
ジェーンがそう言うのを待っていたかのように、“救世の光神”の機体制御システム“簡易神王機構”が警報音と共に警告を発する。
『ご主人様、機体進路上、2時方向に敵性存在の反応を複数確認、このままの速度ですと約120秒後に接敵します』
「わかった、ジェーンさん、そっちにも反応は?」
『ええ、こちらのセンサーも感知しました。フォモール、ポーン種のようですけれど、通常のポーン種より内包するエネルギー量が多いわ。特殊変態とみられる個体が、二体から三体のようですね』
ジョンは誰も見ていない操縦席内で一つ頷くと、操縦桿を握る指先に力を込めた。
「それじゃ、僕は先行するから。出来たら援護をお願いします」
『あ、お待ちになってジョン……』
何かを言いかけた年上の少女の機体を置き去りに、片腕のSFは地面を蹴って加速していく。“救世の光神”の機体各部に装備された五基の自律機動攻撃兵器達は自ら分離・変形して刃翼を展開し空中を滑るように飛翔、主機たる人型兵器を追い越してその先に存在するであろう敵性存在へと突っ込んでいった。
†
困ったように頭を掻いたハリスは少女の声を耳にしながら、その声が自騎の操縦席内に響いているという事実に戦慄する。神殿騎士騎の外部集音マイクは停止していた。で、あれば、外部から強制的に機体制御を奪いでもしない限りには、外部の音声が自らの存在する機体内に響いて来る筈もないのだ。
ハリスは操縦席のコンソールを操作し外部集音マイクを急いで起動、それが作動すること自体に一先ずは胸を撫で下ろす。一度、深く息を吸い込み、外部スピーカーを作動、中年騎士は空に浮かぶ機影に向かって機体頭部を向けさせた。
「私はハリス・ハリスン。貴女の言う通り、教国にて神殿騎士団の騎士に任ぜられて……、なっ!?」
ハリスがそこまで言いかけると竜型から人型へと変化した機体は竜翼の変形した曲刀を振りかざし斬り込んで来る。ハリスは機体を咄嗟に操作、左腕の円盾を翳し、“善き神”と名乗る機体の斬撃に備えた。しかし、斬撃を受け止めたかと思えど、左腕から機体へと衝撃は走らず、その斬撃は円盾の表面に紙一重で押し留められている。
『神殿騎士団の新しい副団長が、このようなへき地まで何の御用だといいますの?』
刃を走らせた少女の声が、ハリスに向かってそう伺いを立てる。問い掛けられた中年騎士は盾に隠れた左腰部に右腕を伸ばし、そこに吊るされた剣の柄を思わせる形状の連結杖を掴み取った。下腿部側面装甲内に内蔵された刃状放熱板には接続せず、右腰部に吊るされたもう一本の連結杖と柄尻同士を連結、背部の戦棍の通常形態よりも軽く、攻撃範囲の広い打撃武器である戦闘杖に変え、竜の機体を打ち払うようにして間合いを広げる。
「これは失礼、まさか、私のような木っ端騎士の名を存じ上げる方とは知らず、無礼をご容赦いただきたい。しかしながら、この地への用向きは私自身の私用によるもの。私のこの行動の背後に、教国の意思は存在しないと主母神ダーナの名において宣言しましょう」
軽やかに舞い上がった“善き神”はハリス騎の振るう戦闘杖を避け、手にしていた竜翼の曲刀を背部に戻し翼と化した。
『神殿騎士がダーナ神の名において宣言するのでは、取り敢えず、その言は信用しましょう。問答無用に斬りかかるわたくしに対しても、殺意を以て返すこともありませんでしたし、ね』
僅かに笑みを含んだ少女の声に、ハリスは戦闘杖を分割して腰部の左右に戻しながら返す。
「勿体無いお言葉ですな。貴女の方こそ、私の機体など、最初の一太刀で斬り捨てることも出来たはず。其方からの殺意を感じずにおればこそ、刃を手にする意思が湧かなかっただけの事です」
『では、わたくしの“善き神”の後に着いていらして? どのような用向きかは存じませんが、“樹林都市”に案内いたします』
神殿騎士騎は再び竜形に変じた“善き神”を追って街道を西へと向かい進んでいった。
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