第211話 とある中年騎士の西方行
トゥアハ・ディ・ダナーン主母神教の聖印である円と十字を組み合わせたケルト十字を全身のいたる所に配したSFが脚部機動装輪を展開し、大陸樹幹街道を西に向かって駆けて行く。通常、トゥアハ・ディ・ダナーン主教国周辺以外でその姿を見ることのない“神殿騎士騎”は、街道を行く周囲の車列やそれらの護衛機であるSF、DSFの群からとても目立っていた。
「教国の外に出たのも、もう二十年振りか。この街道も変わっていないようで結構変わっているなぁ」
その“神殿騎士騎”は射撃兵装の一切を排し、身に着けて居るのは背部に吊るした近接戦闘装備であるケルト十字型の打撃部を持つ戦棍と左前腕に装着した円盾、それから補助装備なのか腰部の左右に剣の柄を思わせる棒状武装を一対提げている。周囲からの訝し気な視線などどこ吹く風と、その機体を操るハリス=ハリスンはのんびりと呟いた。
重装の全身鎧を纏う騎士を思わせる風貌をした“神殿騎士騎”は基本的には推進器を背部に一基しか持たないため、機体重量と推進力の比から鈍重な機体と言える。ハリスが教母から下賜されたこの機体は、かつての“神殿騎士団団長騎”と同様に肩部装甲に可動式推進器を内蔵しており、“神殿騎士騎改”とも呼べる機体となっており、戦闘機動においては通常機体の様な鈍重さは見られない。
「しかし、当然とはいえるけれど、教国に二十年も引き籠っていたから行く当てがなぁ。……何故か教母様から勧められたし、“樹林都市”へと向かってはいるけれど、受け入れてもらえるんだろうかね?」
ぼやきながら機体を操作する。熟練の技か、鍛錬の賜物か、若干集中力を切らした体のハリスの操縦にも“神殿騎士騎”は滑らかに駆け抜けて行き、その動きを滞らせることは無かった。
不意に、街道を行く車列の流れが滞り始め、やがて渋滞を成し完全に停滞する。
「何かあったかな? こういう時には身軽な一人旅もいいね。直ぐに動ける!」
顔を引き締めたハリスは“神殿騎士騎”を操作、制御システムに戦闘機動を命じ背部と両肩の推進器を起動、それまでに倍する速度に乗り、鎧の巨人は車列の隙間を縫うように駆け抜け始めた。
一瞬の判断を繰り返し、舗装された路上に一歩を踏み出せる隙間を見い出しては跳び込むように踏み込んで駆ける。駆けつつも“神殿騎士騎”の右腕は背部の戦棍の柄に伸びており、いつでも得物を抜き打てるようにしていた。
駆け抜けた車列の先、“神殿騎士騎”の前方に、SFによるのものと思われる幾つかの爆発とそれに次いで黒煙が立ち昇る。ふと周囲を見回し、幼い娘と我が子をなだめている親子の姿を見て取ったハリスは機体に最大戦速を発揮させ、爆発と黒煙の発生源へと接近していった。
“神殿騎士騎”は左前腕を前方に向け、円盾を掲げて突進する。爆発の発生源、そこに存在していたのは黒に塗装されたSFやDSFで構成された二十機を越す集団だ。
『我々は憂国志士団である!!』
機体の拾ったその音声が聞こえた瞬間にハリスは機体の集音マイクをオフにして、放たれた矢のような勢いで駆け抜ける。敵集団の内取り回しが利く短機関銃を装備した機体達は突出して来るハリス騎に銃口を向け一斉に発砲を開始した。前方に掲げた円盾や機体の装甲面に幾つもの弾丸が弾けるが、ハリスはそれをものともせず背部へと回された機体の右腕を抜き放つ。振り抜かれた右腕の先、機械の指にしっかりと握り込まれた戦棍が一体の黒の機体に撃ち込まれ、装甲の破片を撒き散らしながら街道の脇の木々の奥に放り込まれると僅かに時間をおいて爆炎に飲まれた。
ハリスはそこで機体の動きを止めることなく戦棍の打撃部の連結を解き、戦棍の柄に仕込まれた給鎖装置を起動、振り向く勢いを利用し、動きを止めたDSFへと戦棍打撃部を投げ放つ。
戦棍打撃部を撃ち込まれたDSFは、エンジンを圧壊されその場で爆散、それを見届けることなくハリス騎は戦棍打撃部が柄元に巻き戻される間に次の敵機に向かって行く。銃撃では効果が薄いと見た敵機群は折り畳み式騎剣をそれぞれに抜剣、剣を振りかぶり、ハリスの“神殿騎士騎”に斬り掛かった。
ハリスは左前腕の円盾で最前のSF一騎の騎剣を打ち払い体勢を崩させると、敵機の腹部に喰らわせる。右肩部の推進器を刹那に噴かせ、翻った戦棍を頭部へと叩き込み胸部までめり込ませて沈黙させた。
ハリス騎は戦棍を敵機にめり込ませたまま右手を放し、半歩後退、右腰部に装備した剣の柄を思わせる形状の棒状武装を手に取り構えた。
右下腿部装甲の側面が展開、開いた空間に手にした武装の柄側の先端を突き入れる。がちりと金属同士の噛み合う音が響き、次いで引き抜かれた棒状武装は先端に刃を生やしていた。
「本来、私はこういう武装は好きじゃないんだ。確殺するしか末路が無いからね。だが、まあ、仕方ない。反応炉全力駆動、高出力溶断鉈セット」
ハリス騎は自身に叩き込まれる騎剣、その刃の尽くを高温により赤熱する鉈刃により斬り裂き、機体を諸共に砕いて捨てる。それから数分の内に憂国志士団を名乗った武装集団は壊滅され、後には砕けた装甲片と融け割れた黒の残骸が残された。戦闘を継続しようとする敵機の姿は既になく。ハリスは機体の足を止め展開していた武装を機体各部に戻すと一息を吐いた。
「はて、どこだろうか。ここは?」
戦闘を続けるうちに街道を随分と西に進んでしまっていたらしく、遠く道の先には焼け落ち廃墟同然にしか見えない都市街壁が見えている。
「まさか、あれが“樹林都市”だってのかい? いや、話には聞いていたけどなんとまあ」
ハリスが見詰める都市街壁の上部から、何か大きな鳥のような何かが飛び立つ。その様子を見守っていたハリスはその何かは一直線にハリス騎へと向かい接近して来ているのだと気付き、ハッとした。その何か、六対一二の翼をもつ飛竜はハリス騎の上空に浮揚すると人型に変形、一翼を曲刀へと変形させ掴み取ると滞空したままハリス騎へとその切っ先を突き付けた。
『ここは既に“樹林都市”の領内、そんな処に神殿騎士が何用です? 其方の返答次第では、わたくしの“善き神”がこの場で断じます』
予想外に幼い少女の声に面喰い、ハリスは操縦席の中でやれやれと頭を掻いた。
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