第208話 言葉の裏で
防塵布を投げ捨てたSFは、ガードナー私設狩猟団の用いていたSF“TESTAMENT”の面影を残すネミディア連邦製最新鋭SF“ARGUMENT”を改修したものであることが伺えた。
本来、“ARGUMENT”は“TESTAMENT”に比べて装甲を厚くし、森妖精の騎士を思わせる線の細い印象の“TESTAMENT”や“ELEMENT”よりマッシブなシルエットをしているものだが、そのSFにおいては腕部装甲を最低限必要な部位を残して撤去した上で空いたペイロードを背面へと伸びる大型化された両肩部装甲に精密射撃用高性能センサーユニットを増設することに当て、腰背部には通常機の装備する折り畳み式騎剣より小型で片刃の、握りに不自然な角型孔の穿たれた折り畳み式短剣二振りを連結したものが腰背部装甲として接続されている。小型化によりこの装備は掌盾への変形機構をオミットされていた。
腰部左右にはそれぞれ六つの弾倉を提げることの出来る弾倉架が存在するが、現在、左側の弾倉架は上端の一つを減らした状態となっていた。脚部装甲の下腿部背面には展開射出式の射撃姿勢安定用杭打機を内蔵している。
SFはネミディア連邦軍に所属している事を露わす所属№を左肩に、“ARGUMENT”の長射程射撃戦仕様“ARGUMENT・I”というペットネームが右肩部装甲前面にプリントされている。
「電磁加速砲身、急速充填開始」
、天から自身目掛け降り注ぐ破壊力を秘めた銀光の雨を“ARGUMENT・I”は脚部機動装輪を用いた疾走で駆け抜ける事でやり過ごし、両手に構える折り畳み銃身を備えた可変式長距離狙撃銃“神雷”の銃口を天より降下して来る片腕の機影へと差し向けた。
「先程の様子見はクリアか。まずは、合格をくれていいのかね? さて、こいつはオマケだとっときな」
弾倉に残されていた結晶状物質被膜弾が、上下に展開した砲身から残らず吐き出され、空に向かって駆け上がる。
隻腕のSF、“救世の光神”は接近の為、牽制としての光弾を放った長距離狙撃銃を空中に放ると、周囲に展開した自律機動攻撃兵器の一基を量子刃形成騎剣へと瞬時に変化させて掴み取り、自身に迫る弾丸を剣の一閃で斬り払った。
量子刃形成騎剣の粒子力場に包まれた刃に触れた結晶状物質被膜弾は、弾体を覆う結晶状物質を乱散させる間もなく斬り裂かれ、諸共に燃え尽き砕け散る。
「ありゃ、これ、まっずいかー。腰背部装甲変形、折り畳み式短剣セットアップ」
“ARGUMENT・I”は“神雷”を右脇に抱えると左腕を腰背部に廻し、起き上がった短剣のグリップを逆手に掴み取り構えた。よく見れば折り畳み式短剣の握りの柄頭から伸びたケーブルが機体内部へと繋がっている。
「リアファル反応炉出力上昇、左腕部折り畳み式短剣より出力」
脚部機動装輪により疾走を続ける“ARGUMENT・I”の目前に、急降下した“救世の光神”が降り立ち、手にしたままの刃を振り抜いた。しかし、量子刃形成騎剣の量子機械粒子の力場を纏った一閃はARGUMENT・I”の逆手に構えた短剣から伸びた極短い光刃により止められ、逆に“救世の光神”は“ARGUMENT・I”が右脇に構える。いつの間にか銃身の畳まれた“神雷”の銃口を胸部装甲に突き付けられていた。
「さて、チェックメイトだと思うが……、どうする?」
『うん、あなたの機体もね?』
「っちぃ!?」
“ARGUMENT・I”の操縦者は外部スピーカーから言いかけるが、量子刃形成騎剣へと変化し、自機の周囲に音も無く忍び寄っていた四基の自律機動攻撃兵器達により、自身の側もまた詰んでいることを悟り、思わず舌打ちを響かせてる。
『多分、あなたが思うより、僕の騎剣はずっと早いよ? これ以上抵抗しないなら、今はこれで手打ちにするけど。僕も急いでいるからね』
「そんなはずは? っと、ああ、わかったわかった」
“ARGUMENT・I”の僅かな動作にも切っ先を向け直す量子刃形成騎剣の様子に、“ARGUMENT・I”の操縦者は、機体の装備する“神雷”を始めとする武装群を除装すると地面に落とし、機体の両腕を挙げさせて降伏の姿勢を示した。
“救世の光神”を操るジョン=ドゥは、“ARGUMENT・I”の周囲に浮かぶ量子刃形成騎剣達はそのままに、機体を追うように落ちてきた自身の長距離狙撃銃を手にしたままだった量子刃形成騎剣を放り投げつつ、受け止めると腰背部にマウントさせる。
『でも、その短剣すごいね。出力が落ちているとはいえ、“救世者”の量子刃形成騎剣を受け止めるだなんて』
「ま、そりゃあな。曲がりなりにも連邦ご自慢の最新兵器なんだ。機体丸毎じゃ古代兵器にゃまだまだ敵わんが、それでも手持ち武器くらいは拮抗し得るようになってくれんとな」
『そういうものか』
機体の頭部を動かして頷かせジョンは、納得したような声を漏らした。
『じゃあ、今度は追ってこないでよ。とりあえず量子刃形成騎剣達は暫くそのままにしとくから』
ひとしきり頷くとジョンは五基の量子刃形成騎剣で“ARGUMENT・I”を包囲したまま、“救世の光神”に地面を蹴らせて空へと舞い上がっていく。“ARGUMENT・I”が僅かにでも動こうとすると周囲を取り巻く五基の量子刃形成騎剣がその径を狭め、“ARGUMENT・I”に切っ先を突き立てんとしてみせる。刺されちゃまずいと、操縦者は機体の動作を止め、彼方に去っていく隻腕の機影を見送るほかなくなった。
「わかったわかった。はぁー、こりゃあ、任務失敗かねぇ。行政長官になんて言や良いんだろうなぁ。ああ、もうあんなに……。本気出すと速いんだな、あの片腕」
操縦者がぼやいている内に、“救世の光神”がこのSFでは追跡不能な距離に到達したのか五基の量子刃形成騎剣達は“ARGUMENT・I”の周囲から浮かび上がりながら離れていき、空中に円陣を組むと虚空に穿たれた穴のような転移空間を形成、一斉にその転移空間に飛び込んでいき消え去った。
「すげえな。あれが機体毎出来るとしたら、脅威なんて言葉じゃ済まんぞ。まったく……」
地面に落とした武装を拾いながら“ARGUMENT・I”の操縦者は呆然とした声を溜め息の様に吐いた。
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