第207話 形無き射手
長い銃身が蒼穹に向けて伸ばされた。その狙撃銃の射線の延長線上には隻腕のSF、“救世の光神”の姿が存在している。機体に備えられたレーダーやセンサーユニットを使用せず、防塵布に包まれたSFは、その操縦者は機体から外部に発せられる情報を最小限に抑えたその上で、長柄の先に覗いた銃口は悠然と空を征く機影を捉えたまま、脚部機動装輪での疾走を続けていた。不意に、防塵布のSFの前方、巨樹の合間から光が幾筋も射し始め、操縦者は大樹林の外縁に近付いている事に気付く。
「こりゃ拙い。奴さんからの視認領域に侵入するまでに、ここいらで一発いっとくか……」
操縦者はそう呟くと同時に、操縦桿のトリガーを押し込んだ。
撃鉄が叩き込まれ、薬室に装填されていた強装弾に伝播、爆発的に発生した燃焼ガスの圧力により押し出された弾丸は長い銃身の内側に刻まれた施条により回転を加えられ、硝煙を棚引かせ風を巻いて銃口から飛び出していく。一先ずの役目を終えた銃口を下げ、防塵布のSFは脚部機動装輪での疾走に専念した。
「ふむ、手応えはあったが、さてどうなる?」
飛翔し去っていく隻腕のSFと、地上を、大樹林の木々を縫って駆ける防塵布のSFとの間には大きく距離が開いていた。だが、機体に備わったレーダーでの測距を行わぬままに、カメラアイを通しての目視の身でのマニュアル操作により長銃身から解き放たれた牽制を目的とした弾丸は高速で飛翔、“救世の光神”の粒子防御膜を押し込み、銀色の装甲面に弾頭を触れさせるとそのまま砕けて弾け飛ぶ。
「動きが止まったな。牽制だったんだが、まさか、まさかだが、今のに中ったのか。あれの操縦者は大分若いな。一仕事終えたばかりといった体だろうが、……油断のしすぎだ」
大樹林の巨樹達の間を飛び出す寸前、木々の陰を疾走していた防塵布のSFは足元で土煙を立てながら脚部機動装輪の回転を止め大樹林外縁の巨木の幹に背中を預けて機体を停止、両腕に抱える銃口から白煙を立ち昇らせる長距離狙撃銃から弾丸を撃ち尽くした弾倉を排出、防塵布下の腰部サイドスカートから取り出した新たな弾倉を装填した。弾倉の上端に露出した弾丸は結晶状物質に被膜された見るからに特殊な物となっている。
「狙撃銃銃身変形、電磁加速砲形態選択。この弾は避けてみせろ。……避けられないならそれまでだが、それはそれでこの仕事が無為になるか」
防塵布のSFが手にする長距離狙撃銃の折り畳み式銃身の下半分が接続部を基点に下方に展開、銃本体の側面から反動制御の為かフォアグリップが起き上がる。機体の踵に装備された脚部機動装輪での巨木の陰から駆け出す間際、機体の左手は右の肩口に当てられ、せめても目眩ましにと防塵布を引き剥がす様に天に向かって高く放り投げた。結晶状物質に被膜された弾丸が電磁加速砲により高速で撃ち出され、舞い上がった防塵布のど真ん中を撃ち抜いて空へと駆け上がる。
†
高高度を飛翔しており、まだ日が昇ったばかりの明るいこの時間に、まさか、地上から狙撃されるなど想像すらしていなかったジョン=ドゥは空中に機体を制止、同一空域にランダム機動で機体を浮遊させ、五基の自律機動攻撃兵器を機体周囲に展開し、次いで放たれるであろう狙撃に備えた。
「“簡易神王機構”! さっきの攻撃から、敵機の存在する領域を特定、早く!」
『承りました、ご主人様。機体の感知した衝撃から狙撃弾の弾速、射角および発射点を推定、敵性機体の存在領域を出力します』
簡易神王機構が出力したのは、眼下に広がる大樹林の一角、外縁にほど近い地点の周辺映像だ。狙撃地点の可能性の最も高い領域を中心に同心円状に段階的に色分けされ分割されている。
現実の映像と重ねられ表示されたその場所から、脚部機動装輪を作動させた一機のSFが土煙を上げて駆け出した。その機体は身に纏う防塵布を放り投げ、機体の挙動を隠すと防塵布を突き抜いて弾丸が宙を走った。
「な、速い! 自律機動攻撃兵器!」
その弾丸の速度は少年の“救世の光神”はとっさに右腕を突き出し、ジョンの意思に従った五基の自律機動攻撃兵器は内包する量子機械粒子を放出、高強度の粒子防御膜を形成し謎のSFからの狙撃に備えた。
ランダム機動での空中浮揚をものともせず、決められたものが決められた場所に納まるが如く、弾丸は“救世の光神”の中心、腹部に納められた量子誘因反応炉を目指して、隻腕のSFの粒子防御膜に突き刺さった。
結晶状物質に被膜された弾丸は“救世の光神”の粒子防御膜に刹那、押し留められるも被膜となっていた結晶状物質が崩壊し、量子防御膜に風穴を作り出す。直系数cm、弾丸一発分が通り抜けられる程の、ごく小さな風穴を。
「この!」
ジョンは粒子防御膜に覆われた空間の中で機体の身を捩らせ、僅かに弾速を落とした弾丸を辛うじて避けようとする。しかし、完全に避けることまでは出来ず、銀色の金属帯によって形作られた装甲表面に無数の亀裂を走らせていた。即座に機体内部から滲出した量子機械粒子が装甲に刻まれた創の修復を始める。
「“簡易神王機構”、機体の損傷状況を報告。次弾に備えて!」
『承りましたご主人様、前面装甲表面にごく軽微な損傷以上です』
「なら、このまま機体修復を継続、あの機体がこちらに対して害意を持っているとしても、今はそれよりもジェーンさんを迎えに行くのが優先、これ以上、狙撃ができないようにあの狙撃銃だけは排除する」
ジョンは半球状操縦桿を握り込み、“救世の光神”は地上に向かって高速で降下を始めた。
「自律機動攻撃兵器、機体前方に集結! 弾丸を受け止めろ!」
“救世の光神”は腰背部から長距離狙撃銃を掴み取ると銃身を展開せず、量子誘因反応炉とのエネルギー経路を直結、荷電粒子砲としての機能を解放し地上へと幾筋もの光条を解き放ち始めた。
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